そして俺たちはバス停に居る。
「雨、強くなってきたな」
「そーだね」
「傘、持って来てるか?」
「まぁ、どうにかするよ」
「…………」
「…………」
………いや、図書館には、閉館時刻というものがあってだね。
………気まずい。いや、気まずいというより。
気になる。
ちら、と横を見ると、爆はいつも通りな顔で通りを眺めている。一体、何を思って考えているかは、全くの不明。
さっきのセリフも。
……あれって、やっぱり……そうなんだろうか……って、よく考えたら、俺の返事も貰ってねーし、でもくりかして言うとしつこいって嫌われるかもしんねーし、あーうー。
えぇい止めだ止め!こんな風に一人で悶々するのは!!
思った事は全部口にしてしまえよ!全部、爆に言うんだ。
だって、その内居なくなってしまうんだから。
「……………」
よし、決めた。言う!
「なぁ!爆!!」
「?」
変に気張って、場面にしては馬鹿でかい声になってしまった。爆が首を傾げて俺を見る。
「さっきの、その、お前が言ってたのって、」
まずは、こっちから。
「つまり、だから、」
あー、接続詞が多い!!
「俺の事、」
「……………」
「好、」
バシャベェェェェェ!!!!
「……………」
「……………」
思いっきり水を引っかぶり、こうなると案外放心してしまい、車のナンバーを見ることすら、出来なかったという。
チクショウ、最悪だ。最も悪いとはまさに今の俺の事だ!
最悪な理由その1.水を被った事。その2.セリフを途中で邪魔された事。
その3.濡れたままバスに乗らなければならなくなった事。
座れねぇなぁ。さすがに。今日は天気が天気のせいか、本気で俺たちしか居ないのが、ちょっと救いだろうか(そうでもないかもしれない)。
風邪を引くかどうか……微妙だな。
爆も、当然ずぶ濡れで。
俺が被ってなかったら、上着あげれたのにな。
あ、くしゃみでそう。
「……っくしぃ!!」
「激」
「ん?」
爆が俺を呼んだ。
「……オレの家に来い。着替えた方がいい。そのまま、電車に乗るわけにも、いかんだろう」
と、その時ちょうど駅前にバスが留まった。
俺は。
降りなかった。
「ちょっと、待ってろよ」
着いた爆の家は、俺の家より1.5倍くらい大きかった。玄関なんて、2倍くらい広い。
どうしていいか解らない、って感じの俺を置いて、爆は一旦部屋に引っ込み、タオルを持って戻ってきた。それで、何とか上がれるくらいに水分を吸い取る。
「シャワーでも浴びろ。冷えただろ?」
「爆の方から………」
「お前、着替えとかタオルのある場所が解るのか?」
「…………」
そう言われると何にも返せないんだけど……でも、俺より爆の方が寒そうに見えた。眉もいつもよりずっと顰めているし、肌がもっと白いように思える。何だか、震えているようにも思えた。
甚だ不本意ながら、俺は先にシャワーを浴びる事にした。風呂もこれまた機能美なもので、将来こんな家に住んでみてぇもんだな、と思う。
熱いシャワーが心地いい、って事はやっぱり身体冷えてたんだな。あのままで居たら、風邪になってたかも。
いやしかしなぁ。こーしてシャワー浴びてるとなぁ……
なんかなぁ………
…………
……どーせ俺は穢れてるさ。
風呂場のドアを開けて、脱衣所に出る。と、爆が居た。
「おわ!?」
別にしなくてもいいはずなのに、慌てた(さっき考えていた事も手伝って)
「ちゃんと温まったか?」
「え、あ、あぁ、まぁ……」
「着替えだ。ほら」
と、シャツを手渡される。炎の、だろう。
「居間で適当に過ごしていろ。冷蔵庫に作った茶があるから」
「解ったから、早くお前も浴びろよ」
拭いたとはいえ、身体の温度までは変わらない。
「そう急かさんでも、ちゃんと浴びる」
何だか子供のわがままをきく母親みたいな顔で、爆はそう返事する。
俺は爆を風呂場に押し込むような感じで、外へ出た。
まだ髪とかは濡れてたままだから、しばらくその場で拭いていた。そうしていると、ばさ、と布の塊が落ちる音がした。
「……………」
思わず顔の温度が上がってしまい、それを紛らしたくてガシガシと強く拭く。
……今はこんな風に、馬鹿な事考えたり出来るけど。
その内、そんな事も出来なくなるんだよな………
”イタリアに行く”
そう言った爆は、強い目をしていた。もう、俺がどれだけ言ってもその考え、変えないだろうな……
炎に両親の事を訊かないと、自分で決めたように。
爆が、遠くに行ってしまう。
それは、確実な未来として、待っている。
カラカラカラ……と、中でドアの開く音がした。
「……爆?」
俺は呼ぶ。
「何だ、ずっと其処にいたのか?」
そんな筈はあるまい、というように爆は訊いたんだろうけど、ずばりその通りだったりする。
……だって離れたくなかったんだ。爆から。
それから、ずっと考えていた。
「さっきのお前の質問……正直、解んねぇ」
寂しそうだと言ってくれたのが、爆でなかったら、俺は爆を見つけて追いかけたかと訊かれたら。
それは、解らない。
でも。
「そう思うと余計、爆に会えたのが嬉しい」
「…………」
「……なんて、卑怯な言い方かな」
はは、と何となく笑ってみる。
「だから、爆も、もう考えなくてもいいよ」
「…………」
「俺を叔父さんの代わりにしたって、それでいいよ」
「…………」
「相手にしてくれなかった場合を考えれば、その方がうんといいや」
がら、と今度は風呂場と廊下を隔てるドアがわずかに開く。その隙間に、爆が見える。
爆は、言う。
「……怒っていないか?」
結局爆が俺に会いに来なかったのも、俺が爆に会えなかったのと同じで。
爆が怒ってないなら、俺も怒ってないよ、と返事した。
何も考えずに、今まで爆と会ってたけど、かなり危うい均衡を保って俺たちは成り立ってたんだな、と。
ちゃんと並んで立っている、今なら気づけた。
次の週末は完璧な晴天で、空が何処かへ出かけなさいって言ってるようなもんだった。
時間はちょっと早い。午前6時。実は今回は、神社の蚤の市へ行く予定なんだ。
その後、今日のメニューは和食テイストで決めようと思う。田楽が美味い所知ってるんだー。ふふーん♪
どうせなら着物でびしっと決めてみたかったけど、夏の浴衣まで我慢しようかね。
改札口から人の波が押し出る。電車が来たみたいだ。
雑多な人ごみの中、俺の眼は的確に一人を見つける。
「よー、爆ー」
「激」
何があっても、こんな風に会っていたいと思うのは、爆だけだよ。
とか言ってみたら、どんな顔すんだろ。
「…………」
「どうした?」
「いや、何でも」
「変なヤツだな」
……ま、ちょっとこれは保留っていうか。もっとこういうのは雰囲気を盛り上げてからだね、いや決して俺がへたれな訳ではなく。
いつかは、言うんだ。
でも、ただ言うんじゃなく、もっと相応しい言葉を見つけて。
言葉の一個一個に想いをつめて、遠く離れてしまっても、爆が思い出してくれますように、って。
長い間経っても、いつまでも。
俺にとって、爆はそんな存在。
「お、この古裂いいな」
「よしよし、値切っちゃる値切っちゃる」
<完>
|