最近、同じような夢を見る。
目の前に、爆が居る。俺に、背中を向けて立っていて。
俺は声が掛けたいのに、どうしても声が出ない。爆も、歩き出してくれれば俺も諦めがつくのに、まるで俺の声を待っているみたいに其処から動かない。
酷く疲れる夢。
醒めたら、俺は泣いている。
人は向き合うと自分の右が相手の左になる訳で。
左頬が痛い。
雹がめちゃくちゃ輝いた笑顔でやって来た。
「やぁ!我が校イチのダメ男!」
「………オメー、さっそく言ってきてくれたな?」
「いいよいいよ、認めたくない気持ちは解るよ。まさか、君ともあろうものが女にキレられて平手打ちされるなんて……プププーvv」
もし、人生で誰か一人だけ殺してもいい権利ってのがあったら、俺は今まさに目の前のコイツに使う。
「で、何したのさ」
「何もしてねーよ」
そう、何もしないのがいけなかった。世の中難しいよな。
初めての失態だったなー。女選び目が曇ったかな。
遊びだって、言ったのにさ。俺。何時の間に彼女気取りされてなんだろ。あー、うかつだった……
で、仕舞いにはバチン。ま、あれで気が済んだらそれでいいさ。
「君らしくないね」
「何が」
「顔が」
わー、こいつマジ殺してぇー。
「まるで失恋したみたいな顔だね」
「…………」
「そいつにマジだったわけ?」
会話の上っ面だけなぞると、雹はまるで慰めているようだが。実際は事実の裏づけを取って、より一層俺のダメージになる情報を探ろうとしているに他ならない。
「そんなんじゃねーよ」
そう、そんなんじゃない。
ただ。
「例えるならな。
今まで快適に乗ってた車が故障してるのに気づいたって感じだな」
直せるのはたった一人。
それを教えた人。
でも。
テストを言い訳に、爆とはもう3ヶ月も会っていない。小学生だから気づかないのかな?
でも、歳の近い叔父が居るから、解ってんのかもな。
テストなんてもうとっくに終わってるよ。
お前に会えるのに。
会わないんだよ。俺は。
そしてテスト結果が出た日。俺は担任に呼び出しくらった。まぁ、成績表見た時、自分であちゃーと覚悟してたけど……
「どうした、激」
担任が言う。どーしたもこーしたも無ぇよ。とか思いながらも、俺も相手に合わせて沈痛な表情を忘れない。どーでもいいんだけど。こんな事。
こんな。
「前回より20番も落ちてるじゃないか。いつもは、結果を残しているのに」
授業態度は不真面目だけどなー。
担任は、一応眉を顰めているけど、内心きっと笑い出したいんだろうな。それ見た事かと。俺の言う通り、授業に真面目に出てれば良かったのに、とか。
あーぁ、下らねぇ……
「どうした。お前らしくも無い。悩み事でもあるのか?」
あったとしてもテメーに言うかよ。相談相手くらい選ばせてくれってんだよ。
お前らしく無い、ねぇ……
「うーん、悩み事ねぇ……」
「何でもいいんだぞ?」
気持ちいいだろ。聖職者ごっこは。
「あぁ、ある。あります」
「そうか、何だ?」
「昨日の夕飯の五目御飯、鶏肉が無かったんですよ」
お前が期待してる俺なんて知らないねー。
二時間後----とかいうテロップがテレビだったら入ってそうだな……あぁ、夕暮れが綺麗だ……
あれくらいでキレるんだから、今頃の大人って困るよな。
しかし、て事は彼女に3桁単位の指輪贈った後別れられたって噂に信憑性が出てきたな……明日、みんなに言ってやろ。
てな事考えて気を晴らしていると。
「現郎?」
「よぉー」
こいつがこんな時間まで居るなんて……
もしかして俺を待っててくれてたの?あぁ、友情って美しいね、とか思うのは現郎の頬に見られた服の袖で作られたであろう皺の跡を発見して霧散する。
机に突っ伏して寝ている現郎、ってのはロッカーの上にある地球儀より教室に馴染んでいる風景だからなぁ……皆、起こそうともしやしねぇ(当然おれも思いやしねぇ)。
「何でお前居るんだぁー?」
いかにもおきぬけです、という口調で言う。
「んー、ちょっくら説教」
「珍しいな」
「たまには青春?」
けけけ、と笑ってみせる。現郎は眠たそうに欠伸した。
途中まで道が同じなんで、並んで歩く。
ふいに、現郎が口をきく。
「……逃げるな、なんて言わねーよ。俺ぁ」
相変わらずの寝惚けた声で。
「でも、それが辛いなら、止めといた方がいいんじゃねぇの」
「……………」
「じゃーなー。激」
「……………」
俺は
爆に会わないんだけど
俺は
爆に
会いたい
ちょっと前まで、簡単に会えてたのにね。
朝起きた。
晴れだか曇りだかよく解らん天気だった。
「…………」
学校、サボろ。
一応俺は高校生な訳だけど、見せようと思えば大学生ぽくもなる。ま、違いなんか無ぇけど。
前から標準規定以上の長身だったせいか、補導員に引っ掛かったためしは1度も無い。
さて。何処行こうかな。
街に出ると、俺の同胞かそうでないのか、それなりに人ごみが発生していた。
CDや本屋を冷やかしたり、靴を物色したり。新しい店でも開拓しようかなと思ったけど、それはいまいち気が殺がれた。
ふぅ。
3階まで吹き抜けの大ホール。舞台があって、たまに芸人やらアーティストやらが開演するんだ。
「…………」
上を見るとシンプルなデザインのシャンデリア。
何しよう。
何処行こう。
俺は何がしたんだろう
”充実してただろ?”
「……………」
図書館へ行って、積み木遊びをしよう。
目の前には、図書館。人といったら俺だけしかいなくて、何か世界の終わりを彷彿させる。
中に入る時、例の壁を横切った。
小さい掌の中、一際小さい爆の手を見つける。まるで、紅葉みたいだ。
爆がしたみたいに、そっと手を重ねると、そんな訳ないのに、温かみが伝わるようだった。
……こんなに会いたいのに、どうして俺は会ってないんだろう。
何だか全部が難しい。
もっと簡単だと思っていたのに。
悲しんだり、悩んだり。
そんな事はせずに。
さすがに以前作った要塞はもう無かった。まぁ、時の流れとはかくも無残な事に、形ある物を皆無くす効力を持っている。
とか文学チックになっても仕方無ぇやな。
此処に来るのは3回目なのに、妙に記憶に馴染んでいる。
知ってる所に、行きたい所にようやく来れたような、そんな感じ。爆と居る感じにも似ている。
……爆、今頃何してるのかな。
俺に会えなくて、寂しいとか思ってるのかな。
俺の教えた店とかに行ってるのかな。
今日も、馬の散歩を見てるのかな。
俺には色々足りないものがある。
足りないのは、爆が入る場所だから。
なんて、勝手な意見かな………
つらつらとそんな事を考えながら、積み木をドミノみたいに並べていく。考えなくぼけーっとしながらやったせいか、出来上がったのは子供の描くヘビみたいにひたすら並べまくったコースになってしまった。
うーん、鈴鹿サーキットのコースにしたかったのにぃ。
ま、出来たものは供養してあげよう。
パタン。と倒す。
パタパタパタ……と前に倒された積み木で次を倒していく積み木。出来上がる歪な模様。何だか俺みたい。
倒れる積み木を目で追う。
パタン、と最後の一個が倒れた。
その先に、足が見えた。
「……………」
視界の上の方に見える手に、見覚えがあった。壁の小さな手形が、大きくなったもの。
まさか
「たまには、図書館で本でも読んだらどうだ?」
ちなみにオレの学校は、今読書週間だ、と。
爆は、言った。
◆◇◆
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