嫌いなものは努力です





 ここ二月くらいで俺的に何か色々あった。内容てんこ盛りだ。
 寂しそうと言われてみたり、馬の散歩に驚いたり図書館で積み木遊びに興じてみたり。
 そんな俺の方が好きだと言われたり。
 誰かが仕組んだ事柄なら、俺に何をしたいのか、何がしたいのかを是非訊いてみたいもんだ。
「おいコラ激」
 と、窓際の席でアンニュイにぼやーっと物思いに深け込んでいた俺に声をかけたのは雹で。
 珍しい。俺が犬ならアイツは猿だ、って間柄で何の用だ。
「どーした」
「どうしたもこうしたもないよ!」
 雹は怒っている。とても怒っている。
 たぶん、つまんねー理由だろうが。
「って言うかどうしたはこっちのセリフだね。この所の週末、何してるのさ?
 君がちゃんと相手しないから、僕にも誘いの声がかかって迷惑してるんだよ!」
 ばん!と机に叩きつけられる掌。ほら、やっぱりつまんねー理由だった。
「別に俺ぁオマエのプライベート守る為に女の子と遊んでる訳じゃねーんだけど」
 ともすれば退屈で埋まってしまいそうな学園生活に張りを出すためだ。大丈夫。相手もそれを承知っつーか同じだろうし。
 雹の怒りはまだ収まらないようで。
「別にそれだけならいい……いや、それも許せないけど。
 さらに鬱陶しい事に、誘いに乗らないのは恋人でも出来たんじゃないかって僕がオマエの事に関する質問される事だよ!全く、知るかってんだ!!」
 雹の怒りは言うたびにますますエスカレート。
 って。
 恋人?
「誰が恋人なんだよ!」
「あぁ、何だ。本当に居るんだ」
 ふーんと重みのない返事で、全く興味ナシの視線だ。いや、それはいいとして。
「恋人って、こいび………はぁ〜〜?」
「古典的なリアクション取るなよ。ムカつく」
「そんな……おいおい冗談じゃねーよ。何の根拠でそんな、」
「根拠?そんなもの、他の誘い断ってるって事で十分じゃないの?」
 少なくともみんなはね、と付け加える。
「まぁ何でもいいから対策してよね。その内、現郎の所まで行くかもよ」
 う……それはまずいかも………
 現郎は普段凡庸とも言えるけど、安眠を妨害されたら大魔神やグレムリンみたいな大変貌するからな……その原因の一端を握っている俺としては、確かにほっとけない問題だ。
 しかし……
 雹に言われて気づいた。
 俺は、他の誘い断って爆を探したり会ったりしていたんだ。
 優先順位で、爆が先頭にあるんだ。
「…………」
 自覚して、それ自体はどうって事もないけど、じんわりと驚くような。
 最近、こんな感覚が増えた。




 今日の待ち合わせは例の図書館で。爆のアドバイス通り、バスで行く。ガタコトとバスに揺られていると、何だか若返ったような急に歳を取ったような。
 でも現地解散って……そんなコトするの、嫌いな上司と行く社員旅行くらいだって解ってんのか、爆は。いや、解ってねぇな。
 ちなみに、今日もカラオケの誘いを断って来ている。
 ……月曜になったら、また雹が煩いだろうな。
 ……でも、俺は行くんだなぁ……
 爆が、居る所へ。




 この図書館には何かの記念なのか、手形が押されまくった壁がある。夜見たら、すげー怖いと思う。
 大小さまざまな掌の中、右の角に一際小さい掌を見つけた。
 何となく気に留めながら、爆の元へ行く。
 爆は、花壇の側で蹲っていた。一瞬気分でも悪いのか?と心配したが、至って普通な顔色にその不安な消し飛ぶ。
「何かあんの?」
 隣に立って、覗き込む。
「いや、この双葉からは何の花が咲くんだったかな、と」
「花とか興味あるんだ」
「と、言うか見覚えがあるような気がしたんだが……気のせいとまりかもしれんな」
 と、言って立ち上がり、ズボンの皺を伸ばす。そして身体も伸ばす。思いっきり伸ばして、それで俺の鼻先によーやく手が届くかなって身長だ。あっさり言って、ちっこい。俺がこいつくらいの時も、こんなんだったんだろうか。
 本の返却を済まし、次のを物色する。そして、前に要塞作ったコーナーに行くと。
「………あ、」
「?」
「ある…………」
 俺が作ったのが、そのまま。ちょっと歪になっているけど、それは壊れたのを直したんだろうなって感じがする。
「ちゃんと作ってあったから、皆が自ずと残したんだろうな」
 爆が言う。
「……人が少ないってだけかもしれねーぞ?」
 どうもこういう褒められ方(?)されるのが気恥ずかしくて、つい、そんな事を言ってしまう俺にちょっと自己嫌悪だ。
 それでも爆は、気を悪くしたでもなく。
「確かに、それも一因だろうな」
「……またそーやって上げた側から叩き落すし」
「自分で言ったんじゃないか」
 そりゃーそうだけどさ。そんなにあっさり言わなくてもいいんじゃねぇ?
 とか不貞腐れていたら、爆がまた言う。
「でも、なんかいいな」
 …………
 今度は素直になってみようか。
「そーだな」
 うん、こっちの方がいい。返事のように、爆が小さく微笑んで見せてくれた。




「今日も連いてっちゃだめ?」
「そんなに来たければくればいい」
 と、直接でない答えに従い、後をついていく。何か小説でも借りるのなかとか思っていたんだが、行き着く先は爆の年頃が読むにしては難解な専門書の類の本棚だった。
「一体、何を借りるんだよ……」
 思わず独り言みたいに声に出してしまった。
「グループの調べ物で、もう少し掘り下げたい事があるんだ。でも、学校の図書室に相応しい資料が無くてな」
「へぇ、真面目なんだな」
「真面目じゃない」
 些かムっとして、すぐさま言い返した。そう言われるのがよほど嫌なんだろうと思わせる。
「ま、でも偉いよ。そーやって自分で知ろうって思うのは。俺なんてそーゆーの、適当に形整えて切り上げちまうしな」
「別にそれはそれでいいんじゃないのか。他にやりたい事があるなら」
「…………」
 やりたい事、か。
 俺にそんなもんあったっけ?いつも、やる事全部無駄なく最短の時間で切り上げようってばかりで、実際そう出来て。
 それで、出来た時間に何がしたいかと言えば、特に何も思い浮かばない。




 帰り、また手形だらけの壁を通る。
「これ、ちっこいヤツが見たらビビるよな」
「オレもそう思う」
 本当、何でこんなものを作ったんだか……他方民としても気になるな。
 ふと、爆が立ち止まる。
「この小さい手形」
 それは、行く時に俺が見つけたのと同じのだった。
「これ、オレのなんだ」
「え、マジ?」
「嘘を言ってどうなるものでもないだろうが。今から7年前にだな、これを作ったんだ。何周年記念に、て事だったと思うが」
 爆曰く、近所の子供会みたいな団体がそれを作るとの旨を知らせるちらしを作り、それで集まった子供らの手形で出来ているのだそうだ。
 7年前っつーと、爆はまだ3歳だな。自分の意思で外出出来る年齢じゃねぇから、例の保護者が連れてったんだろう。
 その昔の掌に、そっと自分のを重ねてみる。当たり前に、今の爆の掌の方が大きく、昔のはそれに隠れて全く見えない。爆は、その自分の成長を嬉しそうに実感している。
 俺は、思う。此処は、爆にとってとても大切な場所なんだな、と。
 そしてこの建物がずっと残ってくれればいいと。
 俺がこの場所を知れた事に感謝して。




 バスに揺られながら爆に訊く。
「なぁ、将来の夢とかってある?」
「どうした、いきなり」
「……ちょっと、気になったんだよ」
 上手いいい訳も思い浮かばずに、そんな風に言葉を濁してみるだけ。こいつに嘘はつけない。見破られるから。
 爆は不思議そうに首を傾げたけど、
「ある」
 その視線と同じくらい真っ直ぐに、そう言った。
「そう」
 俺は何だか救われた気がした。爆みたいなヤツが夢を抱けない世界に居るのだとしたら、それはきっと苦痛なんじゃないだろうか。
「で、何?」
 しかし今度の質問には、爆はそう簡単に答えてはくれなかった。
「人ばかりに言わせるな。お前は何なんだ?」
「俺は………
 …………爆が言ったら、教えるよ」
 爆は。口元だけでふん、と笑うと、
「なら、オレは貴様に教えてもらうまで言わん」
「あ、何だよそれ。ずりぃぞ」
「ずるいのはどっちだと言うんだ」
 そんなやり取りを、駅に着くまでしていた。




 そして、月曜日。
 珍しく覚醒していた現郎が、俺に言う。
「……先週末、デートでもあったんかぁ?」
「何を唐突に言い出すんだよ」
「顔、だらしなくにやけてるぜ」
「…………」
 パチン、と自分で軽く頬を叩いた。




 ◆◇◆





本当そろそろ動いてもらわないといい加減困るのですが!
でも激は爆に惚れたぽいね。自覚はまだみたいですけど。