階段を上がる音。
何度期待して、何度それを裏切られても、その音がしたら何だかやっぱり気が逸ると言うか、もうパブロフの犬みたいだ。
でも、その現象もこれでおさらば。
「よ、久しぶり」
「あぁ、お前か」
トレイを持った爆が、其処に立っていた。
で。座る爆。
「…………………」
15秒ほどの沈黙の後。
「……何で遠くに座るんだよ!」
俺は外の見える席。爆はその反対の壁際の席。
「普通顔見知りが居たら側に座るだろ!」
こっちに来てよ、って駄々っ子してるみたいで格好悪ぃ。まぁ、他に誰も居ないからいいけど。
爆は特に気を悪くしたようでもなく。
「待ち合わせ中みたいだったからな」
なるほど、鋭い。でも、同時に鈍い。
「……お前を待ってたんじゃん」
「そうか」
………………
「だーかーらー!どうしてこっちに来ないんだよ!」
「普通、用があるヤツの方が赴くもんじゃないのか?」
このやろ、”普通”、って俺がさっき使ったセリフだっつーの。
パニーニやら小さいサラダやら軽食を持っている爆とは違い、俺は氷が溶けて水になったから容器があるだけだ(これを見て、爆は俺を待ち合わせ中だと思ったんだろうな)。移動するのは簡単だけど……何か俺が動くってのは納得いかない!
俺がどれだけ探したと思う!前に別れてから2週間、バスに乗ったり図書館行ったりと、かなりの労力を消費したんだぞ!?
そしてこの店張り込んだり。で、こうしてやっと出会えた訳だ。
……そもそも前のときに何か情報くれたら、こんなに苦労する事は無かったってのに………文句の1つどころか4つも5つも言いたいけど……それは爆の知った事じゃねぇってのは解ってるから、言わないで置く。
自分が席についてから、爆はマイペースで着実に食べ物を口に含んでいく。俺が向かいに座るまでも、座ってからも。
もぐもぐと食べてから、指先についたパンくずを舐め取りながら、爆が俺を見て言う。
「尾行の次は張り込みか。刑事みたいだな」
「俺が刑事なら、犯人はお前だぜ?」
本当にもう、手錠で繋いでおきたいよ。……変な意味じゃなくて。
「今日は、オレはこのまま真っ直ぐ帰るぞ」
「あー、いいよ。ここで済む用事だから」
俺はじ、と爆を見据え。
「何でこの前、知らんふりしてたんだよ」
「別に知らんふりしてた訳じゃないぞ。ただ、お前が無かった事にしてそうだったから、それに合わせただけだ」
て事は俺が本当は知ってる事を知ってたって事かよ。あー、今更落ち込みそう……
「別に、言ってくれてても良かったのに」
「そうか」
爆の返事は素っ気無い。でも、冷たい印象を持たないから、不思議と言えば不思議な感じだ。
「……な、どうして俺の事寂しそうだとか思ったの?」
結局、前に追いかけたのも今待っていたのも、これを訊きたかったんだな。
爆はサラダに移っている。
「何だ、何を用かと思えば図星指されて気になっていたのか?」
「は?……って、違ぇよ!んな訳無ぇだろ!」
「じゃぁ、ほっとけばいいじゃないか。無関係な外野の勝手な意見なんぞ、その辺に捨て置けばいい」
「いや……でも………」
そうだよ。俺だって、今まではそういう風に生きてきたんだよ。
だけど。
「うーん……ほら、例えばの話だ。お前が、プリンが凄く好きだったとする」
「そういった事実は無いが」
「例えばだって。で、ある日唐突にプリン嫌いみたいだねとか言われたとする。そうしたら、どう思う?」
「それは……気になるな」
「だろ!?」
「しかし追いかけてまで理由を訊こうとは思わんな」
う………説得しきれなかった………!
「でも、俺は訊きたいの!」
「そんな風に言われてもな、そう見えたからそう思ったとしかいいようがない」
「それだよ。どうしてそう見えたのかが知りたいんだよ、俺は」
「だから、知ってどうすると訊いているというのに」
平行線なセリフに、交差する視線。
別に、にらみ合った訳じゃないけど、眼に力が入る。
「じゃあ、オレもたとえ話で返してみようか」
爆が言う。
「このパニーニ、お前はどう思う」
「……美味そうだと思う」
「それに込み入った理屈や理由が存在するのか?オレのもその程度のものだ。だから、貴様ももう気にするな」
ふん、この程度じゃ、俺は誤魔化されないぜ。何より、そうされる訳にはいかない。
「でもよ、爆。そう思うのは過去の経験からなんだぜ」
知らないものには何の感慨は沸かない。
「……お前の中の、何が俺をそう思わせたのか。それくらいは、」
それくらいは、と言うか。
むしろ、本命と言うか。
きっと、いや絶対。
こいつ以外に言われたなら、俺はここまで気にかけたりはしなかった。
「……………」
爆は何かを考えているようにも、いっそ悩んでいるようにも見えて。
真っ直ぐだった眼は、伏せられた。
そうさせてしまった事に、俺は、少し、罪悪感みたいなものを持ったんだと、思う。
「………オレの知っているヤツに、いつも無理ばかりするのが居るんだ」
爆が、ようやく喋りだす。
そんな様子に、俺はふと思う。
俺を寂しそうだと言った事を、一番気にしているのは俺より爆の方じゃないかって。
さっきまでの素っ気無い態度は、俺にさっさと忘れさせようとして。
「そう見せさせないようにしているのが判るんだが、オレは気づいてしまってな。で、無理はするな、と言ってみるが、相手はいつも平気だと答えて」
「…………」
「その時の顔が、あの時のお前に少し似ていた」
あぁ、やっぱり、と、先が見えていた言葉だったけど、何かずしんと来た。
俺だけを見て、そう思ったんじゃなかったんだ………
「だから、楽しそうにしているお前は、本当は寂しいんじゃないかと思ったんだ。それだけだ」
「……その知ってるヤツってのは、前言ってた爆の保護者?」
この俺のセリフに、爆は軽く目を見開く。が、すぐに戻って。
「まぁな」
返事をした。
「そいつ……好き?」
ドクドクと心臓の音が煩い。もしや、緊張してるって事か?
「? まぁ、好きと言えば好きだが?」
爆が何でそんな事を訊くのか解らない、って表情で訊いてくる。俺も、何でそんな事を訊くのかが解らない。
何もかもが解らない。
解ら無さ過ぎてそれの例えも思い浮かばない。
解るのは事実だけ。
俺は爆を探していて、今、目の前に爆が居るって事。
「来週の日曜、暇?」
「予定が入っていない、という事でなら暇だが」
「だったら、また一緒に何処か行かねぇ?今度は俺にも案内させてよ」
「……別に、構わんが」
「”が”?」
「貴様、いい加減名乗りくらいしたらどうだ?」
俺はその言葉で自分がまだ名乗ってなかったって事と、いつの間にか爆って名前で呼んでた事に、気づいた。
………何だか、失態ばかりだなぁ………
◆◇◆
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