極彩色の水溜り





 ”どうしてそんなに、寂しそうなんだ?”




 ………いや。
 別に産まれてこの方全く言われなかったって訳じゃないけど。うん。
 前に言われたのって、何時だっけ。
 今……はねぇな。中学、小学、
 幼稚園………
 …………
 って、何真剣に探ってんだか。
 別に、どうだっていいじゃねぇか。
 こんな広い世界の大勢の人の中の、たった一人に言われた事くらい(しかもほぼ通行人に等しい)。

 こんな
 広い世界の

 大勢の人の中の

 ”どうしてそんなに、寂しそうなんだ?”


 たった、一人




 今日は、休日。
 俺が今立っている所は、「この前」の店の前の大通り。
 ……ちょっと通りすがりで気になる店があっただけだよ。シルバーアクセサリーのさ。革とかのさ。
 だいたいこんな上で泳げそうな群衆の群れの中でばったり出会うだなんてこれっぽっちも、
 って、居たぁ--------------!!
 いきなり見つけた!!あれだ!あいつだ!服は違うけど(当たり前だろ落ち着け俺!)あの姿間違いない!
 これは運命のお導き……って言いたいのに悪戯、って言葉が前線にしゃしゃり出る。
 しかし見つけさせてくれたのはいいけど、もうちょっとサービスして同じ通りを歩かせてはもらえなかったのかね!人が多くて全力ダッシュも出来やしねぇよ!
 しまった、角を曲がれた!信号は……クソ、まだ変わねぇか!さすがに片道三車線の道路を信号無視で通る訳にはいかない。
 よし変わった!
 ぶつかって顰蹙買ってるのは解ってる!けど今はそれどころじゃねぇんだよ!
 とりあえず同じ角を曲がる。人が少し減った感じがする。
 その遠くに、目当ての人物を見つけた。
 走る。走る。
 こんなに本気で走った事って、久しぶりだ。本気出さなくても、いいタイムは出たから。
 途中、何度か角を曲がり、俺は全力で走りながらもそのポイントを覚えるという、身体も頭もフル活動して追いかけた。
「あ、………」
 声をかけるのにはまだ遠い場所。でも、そこまで近づいた。
 また、角を曲がった。これで最後だ!
 ずざぁ!と靴底をすり減らし、角を曲がって、そして、俺は会った!




 馬と。




 パカラ。パカラッ、パカランッ………
「……………」
 度肝と平衡感覚を抜かされて、その場に尻餅ついた(俺の名誉とプライドにかけて言う。腰が抜けたんじゃない)俺の前を、お馬様が素通りなされて行く。蹄を軽快に鳴らして。
 …………
 何故、馬が……ここ、街中だよな………?
 クローゼットの向うはモンスターの世界と繋がってるっていうから、曲がり角の向うは牧場だったりしたのかな、ってンな訳あるか!
「おい」
 と、呼ばれて。
 不用意に訪れたインパクトで一瞬飛んでしまったが、そもそも俺がこんなに必死に走ったのは。
「そんな所に座ってると、ズボンが汚れるぞ」
 そう、ちょっと居丈高に言いながら手を指し伸ばしてきた、目の前のこいつを探して。
 握った手は小さかった(ま、背もちっこいしな……)。




 パカラパカラと小さな音を立て、馬が去っていく。
「……あ〜、吃驚した。何だありゃ……」
「馬だ。知らんか?」
「いや、そうじゃねぇって」
 わざと何だか天然なんだか。
「貴様、余所者だな。結構有名だぞ、ここで散歩させてるの」
「余所者って……そんな流浪人みたいな」
 確かに俺は、川挟んだ向うの市出身だけどもさ。
「まぁ、今度会った時は気をつけるんだな」
 はっ!背中向けて帰ろう(もしくは行こう)としている!
「ちょっと待った!」
「?」
 何故呼ばれたのかが解らない、といった面持ちで降り帰る。
「……あの、」




 あのさ、俺の事覚えてる?

 この前会って、寂しそうだなって、言われたんだよ、お前に。
 そんな風に俺の事言ったの、
 お前が、

 お前、だけで




「………あのさ、」
 きっと相手は覚えてないだろう。日数があやふやになるくらい前の、一言だけ投げかけただけの、数秒しか会ってない相手の事なんか。言えば思い出すかもしれないけど……わざわざ、自分で言う事じゃねーし。
 寂びそうだったとか、そんなのは。
「……今、暇?俺めっちゃくちゃ暇なんだよ。ぷらっと出ただけで目的もねぇしさ。だから、こうして会ったのも何かの縁だから、ちょっと俺の暇つぶしに付き合ってみてくんない?」
「縁というのは、馬に出くわして腰を抜かした所を手を引いて立ち上がらせた事か?」
 そういう言い方されると、今までの17年の人生の中で一番自分が情けなく思えてくるじゃねーかよ。
「まぁ、こんな出会い方も滅多に無ぇだろ?きっと神様が君ら一緒に過ごしなさいとか言ってんだよ、うん」
「……………」
 うわぁ、反応寒い。めげるなよ、俺!とりあえず喋っとけ!少なくともその間は離れたりはしない(筈!)。
「いや、いつもは当然誰かと行くんだけど、今日の所は皆都合つかなくてさ、俺一人で。
 一人じゃ寂、」




 ”どうしてそんなに、”




「………つまり………」
「もう行ってもいいのか?」
「だから!」




 俺、美味しい店知ってんだけど




 ………そう言った瞬間、今で胡散臭げに見ていた眼がいきなりスイッチ入れた電灯みたいにパッを輝いた瞬間を、俺は絶対忘れない。
 ……最初からこう言っときゃ良かった。




 女の子相手ならお洒落なカフェとか行くんだけどね。
 成長期で食べ盛り相手だから、オムライス専門店に連れてった。
「オムライスは包んであるのに限るな。乗っけただけなのはどうも好かん」
 率先してメニューを広げている所を見ると、気に入ったようだ。めでたしめでたし。いや、何一つとして終わっちゃいねぇんだけどもさ。
 頼み終えるともう待ちきれないみたいに厨房を眺めていた。……そういや、俺らまだ名乗りあってねぇなぁ。かと言って改まってするのも恥ずかしいし……
「……言いだしっぺとして言うのも何だけど……知らない人に連いて行っちゃいけません、とか学校で先生とかに言われんかったか?」
「それは相手の能力が自分より勝る場合の事だろう?」
「…………」
 俺の方が能力劣るって言うのかよ(と、言っても確かに勝てる気が何となくしない……)。
「それに、」
 と付け加えるように言う。
「人を見る眼はあるからな」
「……じゃ、俺はお眼鏡に適ったって訳?」
 自分を親指で指してニヤリ。
 相手は言う。
「お眼鏡に適ったというか、馬見て尻餅つくくらいの相手なら、いざと言う時でも敵えそうだなと思っただけだ」
「………そーですか」
 レモン入りの爽やかなお冷を飲みながら、あっさり言う。
 ……こいつの中の俺のポジションって………
 第一印象って4文字が、重く圧し掛かる(本当は”第一”じゃねぇんだけど)。
 沈む俺に対照的に、そいつは楽しげだ。
「こういう所に入るのは、久しぶりだな」
 壁にある小さな植木から、天井を回る大きなファンまで眺めた後、そいつが言う。
「そうなの?」
 貧乏って理由じゃ無さそうなのは、身なりで解る。
「まぁな。保護者は多忙だし、自分で行くにしても今の身分での小遣いでは足りんしな」
 ……やっぱ立場上、俺の奢りって事になんのかな……いや、いいけど。別に。
 って言うか『保護者』って妙な言い方じゃねぇ?親……じゃねぇのかな。いや、こいつの言い方だとそれもアリかな。うーん、さすがにそこまで突っ込んだ話題には触れれねぇなぁ。俺だってそれくらいの分別はあるし……
 ……でも、気になる。
 凄い、気になる。
 気になるなー………
 とか言う視線をさり気なく送ってみるものの、相手は一向に話し出す気配は無い。まぁ、出会って当初にいきなり話す事でもねぇしな。
「……な、お前は今日、何か予定でもあったんか?」
「予定と言うか、図書館に行くつもりだ」
「へぇ、あそこ通ると近いの?」
「いや、遠いぞ」
「は?」
「時間的に馬の散歩が近かったからな。ついでだから拝んでおこうと思った」
「そーだ。何で裏道とは言え、町ん中を馬が闊歩してんだよ」
 俺は一瞬、マジで江戸時代にタイムスリップしたかと思ったんだぞ。
「町の端っこには今も酪農家が点在してるんだ。だから、そこから散歩でもさせてるんじゃないのか」
「ふーん」
 料理が運ばれてきたので、さっそくパクつく。手と比較して大きめなスプーンがなんだか微笑ましい。
「鶏舎なら側に何件かあるぞ。興味があれば教えてやってもいいが」
「いいよ。小学3年生の社会科見学じゃあるまいし」
 あの時はおみやげに牛乳をくれたなぁ。懐かしい。
 さて、無事(?)に食べ終わって店の外に出る。
「うん、確かに美味かったな。礼を言うぞ」
「そりゃありがとう」
「しかし可笑しなヤツだな。美味い店は知ってるのに、馬の散歩時間を知らんとは」
「……逆の方がよっぽど、」
「何か言ったか?」
「いえ、全く」
 今、本気に怖かった。眼に力があるっつーか。まだ、子供のくせにな。
 産まれ付きか……それとも、環境に適応した結果なのか。
 保護者、と言った時の、どんな大人より教師より老成していた表情が、脳裏に思い浮かばれる。
 右に向かって歩く。それに、俺はついて行く。
 やおら、振り返り。
「付いて来るのか?」
「暇だから付き合って、って言ったじゃん」
「まぁ、来たければ来ればいい」
 あ、そ。じゃ、付いて行こうっと。
 俺達はてくてくと歩き出した。




 その図書館は、なかなか赴きのある建物だった。明治時代を彷彿させるような、そんな感じの。
「中は結構近代的なんだなー」
「図書館になったのは3年前なんだ。俺が入学した時だ」
 て事は、こいつは10歳って事だ。
 ……10歳かー……そうかー………
 ………何だかこれぽっちが解っただけで、妙に嬉しいんだけど……どうするオイ。
「オレは今から返却してくるから、貴様は適当にしていろ」
「え」
 まさかにやけた面見られてて気味悪がれた?
「いちいちそんなに影みたいに張り付いていたんじゃ、鬱陶しいだろう」
 ……それもそうだね。
 何か忙しく家事しているお母さんからあっち行ってなさい、って言われた気分だな……
 ま、適当に本でも読んでいるかー。それで時間は潰れるな。
 とりあえず、雑誌のある場所を目指して行こう。ここは、海外文学だな。で、国内文学になって……
 ……どうも方向を間違えたらしく、どんどん子供向きになって行くな……
 仕方無い。逆戻りするか。
 と、しようと思ったのだが。
 絵本コーナーの一角、遊技場みたいなのが設けられている。大きなウレタン素材の大きな角材に、角の取れた積み木。大小様々なぬいぐるみ。等。小さな家まである。
 そうそう。俺も、昔はこんな所で遊んでたなぁ。色々あって、欲しい物が全部あるような気がしたんだよ。
「…………」
 さっと周囲を見渡す。半端な時間のせいか、利用客は少ない。
 靴を脱いで、そっと乗りあがる。授業をさぼってゲーセンに遊びに行く時のようなスリルがした。まぁ、見分不相応な事してるって共通項はあるわな。
 沢山のオモチャが、いかにも遊び散らしたました、って感じに点在している。ぬいぐるみとままごとのおもちゃが隅に固まってるから、あそこが誰かの設定した家だったんだろうな。
 そして、反対の隅にはプラスチックのブロックがコの字方で積み上げられていた。途中だったらしくブロックを集めれるだけ集め、そこにほったらかし。
 …………ふーん。
 ここまで出来てるなら……これとか、この辺にくっ付けて、ほら、ちゃんと角が出来る。角度変えればこのまま一角を占領出来るな。うーん頭いい、俺。
 おー、そうだ。屋根もくっつけよう。って言っても切妻屋根は難しいなぁ。上手く乗らないし。
 あ、そうだ。いっそ要塞ぽくしてみよう。壁をでこぼこさせてさ。門も作ろう。窓とか。そしたらその分のブロックで高さが上げれるしなー。
 ……よし、こんなもんだろう。満足満足。
 中に誰ぞ居れるか。サイズ的にこのクマとゾウがいいかなー。旗がないのがちょっと残念だな。
 じゃーん!今度こそ完成!
 って、17にもなって何やって………
 ……………
「……何時から其処に居たの」
「屋根を作ろうとして断念したと思わしき所からだな」
 ああああああ!要塞作り殆ど見られたぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!恥ずかしい!めっちゃくちゃ恥ずかしい!これなら馬見て越しぬかした方が何倍も、いや、いい勝負だよな、恥ずかしさ具合………
 俺とは違い、躊躇しないで入ってくる。
「城じゃないな。砦か何かか?」
 もう、何も訊かないで欲しい。何も答えれないから。
 クマを見て言う。
「こいつが兵隊長か」
 ……本当に、もう、何も言わないで。
 いっそ、泣いてそう懇願したかった。




「本を借りたら、オレは帰るんだが」
「あぁ、それでいいよ」
 別に何処かへ行くのを強制するつもりは無いし、俺に合わせさせる気も無いし。
 ……ん?だったら、俺はどういうつもりでこいつを誘ったんだか……今になって気になるのも可笑しな話だけど。
 文庫本とハードカバーのを1冊ずつ借りて。
 その時、貸し出しカードの名前が見れてしまった。
 ”爆”
 それが、こいつの名前。
 爆、か………
 知ったけど、教えてもらいった訳じゃないから、そう呼ぶ訳には、いかねぇよな……
 入って来た出口(妙な言い方だな……)に向かう途中、爆、が言う。
「さっきの要塞だが」
「ッツツ!!」
 あー、この先しばらく”要塞”って言葉訊いただけで赤面しそう……と、言うかまさにしている。
 我侭と言われてもいい。俺はからかわれるより、からかう方が好きだ!
「次にあそこに来た子供が、喜んでくれるといいな」
 ……………
 ちょろっと窺った、爆の顔の方こそ喜んでいるみたいで。
 さっきまで何やっちゃったんだろって後悔してたけど、やっぱり作ってよかったなぁ、と思えてきた。
「まぁ、所詮子供だからあっという間に壊すだろうが」
「持ち上げた側から叩き落すのかよ」
「しかしかなり本腰入れて作っていたな」
「うるせーよ!」
 7歳差、というのを忘れて怒鳴る。
「充実してただろ」
「…………」
 実は。少し。




 帰りはバスで行くのだそうだ。
「家の近くにバス停でも?」
「と言うか、近くの農協にとまるんだ」
 なるほど。
「そこまま駅にも行くから、ついでに乗っていけ」
「そーする。……バスかぁ、遠足でしか乗った事がねぇな」
「貴様、箱入りか?」
「ブブー。バイク持ってるんでーす」
「今日は徒歩だったみたいだが」
「それは、」
 それは、だって。
 だって………
「今日は、歩き回りたい気分だったの」
「そうか」
 別に、俺を寂びそうだと言ったお前を、探しに来たんじゃ……無い………
 ………と、思う………………




 10分遅れで来た市営のバスは、人が少なく、俺らと運転手を除くとじいさんばあさん4名くらいしか居ない。
 一番後ろの列を陣取るように、並んで座っている俺たちを、運転手も他の乗客もどう思うだろうか。
 兄弟、親戚、学校の先輩後輩。
 それは全部違って、俺たちがこうして並んでいるのは、隣に座っている爆が、俺を寂しそうだと言ったから。
 本人は、それを忘れてるぽいけどな。
 ………ま、それはいいさ。
「駅は次で降りるんだぞ」
「え?あ、あぁ」
 ふいに言われから、一瞬何の事かが解らなかった。
「教えてもらった店、本当に美味かった。機会があればまた行こうと思う」
「そ。気に入ってもらえてこちらも嬉しいよ」
 町の様子が駅前っぽくなって行く。
 ……ここで何らかの接点を作っておかなくちゃ、俺がバスを降りた瞬間から赤の他人だ。もう、会う事もないかもしれない。
 ……それは……ちょっと嫌、だな。
「なぁ、また会おうよ。番号、交換しようぜ」
「携帯電話は持っていないんだ」
 しまった。こういうやつがまだ居たか……まぁ、年齢を考えれば無い事も無いか。
「しかし貴様とはテリトリーが被るみたいだからな。縁が合えばまた出会えるんじゃないか?」
「それって俺の意趣返し?」
「いいや」
 と言った割にはしたり顔だなおい。
「でも………」
 もう、これで会えないかもしれない。そう思うと、胸が締め付けられるように痛い……そんなのは、少女向けの作品の中でだけかと思ったんだけど、本当にそうなるんだな。
 ……爆は、俺にもう会いたくは無いんだろうか。
 そう言って、返してくれるだけの時間は合ったのに、俺はどうしても訊けなかった。
「ほら、駅についたぞ」
「……………」
 留まったバスに、終わり、という言葉を思う。
 ここで別れたら、爆は、俺の事、馬に会って驚いたヤツだって認識するんだろう。寂しそうなヤツじゃなくて。
 いいじゃないか。そっちの方が。それの方がよほど俺に合ってるしな。
 それでいいんだ。それで。うん。
「じゃ、な」
「あぁ」
 立ち上がる俺。座ったままの爆。一番後ろってだけじゃなく、バスの出入り口が遠い。
 でも、距離は近いから、すぐに着いてしまった。
 階段を降りる。地面に着いたら、本当に終わりのような気がした。俺と、爆が。
 じゃり、と靴底が地面につく。冷たい布を飲み込んだみたいな、重くじっとりとした感覚が腹に凭れる。
 と、後ろから声がした。




「今日は、結構マシな面だったな。でもやっぱり、まだ寂しそうだったが」




 …………-------!!!!
 知って、……知って…………!!
 プシューとドアが閉まる。すぐ其処に、爆が立っていた。
「おま………っ!おい!」
 昔の青春映画みたいにバスを追いかける。当たり前だけど、追いつかない。
 後ろの窓から、座る爆が見えた。
「おい!おい!知ってたんじゃねーかよ-----------!!」
 叫んだ声が、赤みを帯び始めた空に響いた。色んな、俺の激しい感情を吸い込んで。




◆◇◆





はー、長かった……これまでが序章って所でしょうか。
次から何かが動くのかこのまま行って終わるのか……まだ、決めてない(えー)