”君と好きな人が百年続きますように”
其処に居る誰かがわからなくなるから、黄昏時と言うらしい。
そんな事をつらつらと思いながら、琥珀は草を踏み締めて歩いていた。目的もなければ意味もない。ただ、歩く。
そうしていたら、やがて人影に出会う。しゃがみこみ、じっと空を見上げて何かを待っているみたいだった。
それは小さい少女で、琥珀はその子を知っている。
「りん、」
と、名を呼べばくるっと振り返る。まるで小動物の動作だ。
「琥珀!」
見知った顔を見つけ、喜色を浮かべて声を上げる。が、駆け寄るような真似をしないから、そこで待っていろだとか言われたようだ。そう言えば、あれと他に小さい老妖怪も居た筈だが、姿が見えない。
非力な少女1人置き去りにして無情な、とか誰もが思うだろう。
しかしこの少女がそうそう危険な目に遭う事は無い。現に物の怪の類は彼女に触れる事すら出来ないで居る。
「そっちに行ってもいい?」
と、琥珀は聞いた。りんはうん、と応えたので、赴いた。人を寄せてもいいらしい。そうやって確かめないと、極端な話自分の身体が弾け散るかもしれない。
「何をしていたの、空を見上げて」
無意識に自分も上を見てみると、空にはもう星が瞬いていた。
りんは答える。
「流れ星を待っていたの」
「何かお願いするの?」
「うん」
何を、と訊いたらすぐに答えが返ってはこなかった。
少し間をあけて、りんは教えない、と言う。
「どうして?」
隠す事に罪悪感でもあるのか、少し表情を曇らせ。
「だって……人に言うと叶わなくなるかもしれないから」
琥珀はそれに苦笑して、そんな事はないと言ってみるが、りんの口は開かない。
今は解らないが、とても真剣な願いなのだろう。そんな事を気に掛けて。
「じゃぁ、こうしよう」
と琥珀は言う。
「りんの願い事聞いたら、今度からおれもそれを願うよ。それなら、叶うだろ?」
「うん、そうだね」
両者が納得出来るその方法に、りんは、琥珀は頭がいいね、とか言う。琥珀はちょっと表情に困った。
あのね、と言ってから話す。
「りんね、長生きしたいの」
長生き、と思わず心の中で反芻してしまった。
てっきり甘いお菓子でもおなか一杯食べたい、みたいな事だろうと思っていたのだが。
ちょっと意表をつく返答に、琥珀は答えに迷っていたが、りんの話はまだ続いていた。
「一日でも長生きして、一日でも長く殺生丸さまの側に居たいの」
「……………」
「そうしたら、その分だけ殺生丸さまはりんの事、覚えてくれるかな?」
そうだといい。そう思える事すら幸せだというように、りんは花のように笑う。
「…… りん………」
「? 琥珀?」
自分の名前を呼んだはいいが、その後言葉に詰っている琥珀を心配そうに見やる。
ちょっとつり目がちな、仔猫みたいな双眸が至近距離に来て、琥珀はなんとなく、ふ、と笑った。
あいつは妖怪なんだよ
りんとは違うんだよ
だから、だから…………
何度、言おうと思って、何度やめた事か。この台詞を。
言ってみても、無駄な事だ。今の自分だって、胸を張って側に居られるものでも無いし、あるいは今の方がましなのかもしれない。
でも、それだけじゃない。
「琥珀」
「うん………」
人だとか妖怪だとか、側に居るとか居れないとか、そんなんじゃないんだ。そんな事はもうとっくに解ってるんだ。とっくに、りんは。
そして、それでも、と。
世界で一番哀しく、儚く、そして気高く美しいと思う。その決意に似ている想いは。
だから、もう、自分は。
「じゃ、おれもこれから……りんが長生きできますようにって、願うからね」
一分一秒でも長く、長く、この子が愛しい人と居られるように、どうか、どうか……
心から思うけど、祈る対象が解らない。神様は居ないと思う。もし居たとして、自分にこんな運命を施した神様なんかが叶えてくれるとはとても思えない。
あぁ、だから人は星に願うし、星になるんだ。
瞬いては夜の道を指し示し、落ちて散る時には願いを叶えるそんな星に。
「流れ星を見つけたら、絶対」
「うん」
約束、と小指を絡めた。
<終>
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