”この小さな恋心 心の中で育てましょう”
しん、と静まった大河のほとり。
つい先日、旅のパートナーとなった人が、水筒に水を入れていた。
「カイ」
やや憮然とした声に気づいたのか、弾かれるように振り向く。
「爆……殿……」
ざぁっと青ざめ、水筒を持った手が彷徨う。
「起きたら起こせと、言ったよな?オレは」
「ですが、爆殿、先ほどまで見張りでしたし……」
「それは、お前もだろうが」
さく、さくと進む地面に、草の面積が減る。細かい小石が詰まったものとなる。
「全く」
とだけ言って、爆は黙る。
目の前のこいつは、言わないと気づかない。絶対、気づかない。
旅を同行させてる理由も、起こせという理由も。
ふー、と息を肺から深く吐き出し、顔を正面に向ければ、カイ。
と、その後ろにただ雄大な河が広がる。
海でも湖でもない河は、絶えず流れ続けて決して止まりはしない。
何となく、自分と照らし合わせ、そして苦笑する。
自分は、こんなに広くない。
じれったいカイの言動や態度に、つい癇癪を起こしそうになる。何とか、堪えてはいるが。
「あの……怒ってます?」
目の前で耳を申し訳なく垂らして、伺いながら言うカイ。
広い、と表するなら、目の前のこいつこそだと思う。
広く広く、自分を包み込んでくれる。
貴方は私を導いてくれる、とか言うけど、自分が前に進めているのは、カイの存在無くしては難しいものだったのかもしれないのに。
本当に。こいつは。
解ってない。
……言ってないのが、一番の原因。つまりは、自分が悪いのだと解っているけど。
目の前の広大な河に比べて、あまりに小さい自分。そんな自分の中に収まっているこの気持ちは、もっと小さい。
小さいから、言ってしまうと、そこで終わってしまうみたいで、怖くて言い出せない。
「……怒っていない」
そう言えば、心底安心した顔。
そういうのを見て、心がじんわりするのを感じる度、気持ちが大きくなっているんだなって思う。
植物が光や水を貰って成長するように、自分の気持ちはカイの言葉や表情で成長していく。
そうやって。
大きくなって大きくなりすぎて、自分の中から溢れる程になったら、多分言えるんだろう。
きっと、言える。
「ねぇ、爆殿」
ふと、カイが言い出す。
「何だ」
「河の流れって、”さらさら”って表現しますけど。
本当に、”さらさら”って聴こえるんですね」
ほら、聴いてみて下さい、と爆の手を引っ張り、より近くへと寄る。
あぁ、もう、本当に。
解ってない。
繋がれた手から伝わる暖かさが、気持ちの成長を促す。
溢れるくらいに膨らむのは。
そんなに、遠くない。
<END>
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