シトリンとオニキスの睦言26





 ここに湧き出ている温泉は、家屋の軒先に収まって設けられており、その為雪でも雨でも温泉を十分堪能出切るようになっている。
 が、今の天馬はそれに気づける場合ではない。
「んんっ……あ、あっ、あぁ……ん、」
 ちゃぷちゃぷと水面が踊る度、天馬の声が被る。
「み、ミッチー、やっ、ぁ!」
「……温泉に浸かりたいと言ったのは、お前だろう?」
 背後に居る、見えない筈の表情が、何故かとても解る。きっと、とても意地悪く、そして凄く綺麗な顔で微笑んでいるのだ。抱かれているせいで、五感以外の感覚も研ぎ澄まされている。
「い、言った、けど、こんな……あぁっ、ん!」
 温泉に入りたいとは言った。でも、こうしたいとは言ってない。
 そう主張したいのに、いい所に帝月が当たって、嬌声の方が口を出た。
「やっ、だめ、………だめぇ!」
 芽生えた絶頂の予感に、頭をふるふると振りながら、言う。
「何が、だめなんだ……?」
「きゃ、」
 かし、と耳を軽く噛まれ、びく、と大げさに身体が反応する。
「あぁ、もうすぐイきそうなのか……」
 くす、とまた帝月は微笑む。
「あ、ん!」
 く、と膝の裏に手をかけ、持ち上げると自然と自身が深く埋まる。そしてそれを促そうと、先ほどまでの緩い動きでなく、激しいものへとした。
「やぁぁっん!あ!あぁんっ!だめだよぉ……ミッチー……!」
「っ、締め付けて来たな……」
 つまりもうすぐイきそうだと言う事。
「ぁ…………」
「姿勢を変えるだけだ」
 やはり、自分の力だけでは天馬を動かすのに限界があるから。このままでも迎えられるだろうけど、出来ればもっと感じて欲しいから。
 引き抜かれた事に、不安そうな、物足りない顔を見せる天馬。それにキスをして、湯船の淵に手を掛けさせる。
「ふあ、ぁ……っ、」
 今日は一緒にイけるといいな、と帝月が挿入の時、独り言のように言った気がした。
「んっ、あ……!はぁ、あん、あんっ!」
 ぱしゃり、と水面も激しく揺れる。
 手を掛けさせているが、ほとんど力の入ってないだろう天馬を、支える為でもあり、胸に掌を当てる。
「やん!触らないでぇ……!」
 もう、全部敏感になって、訳が解らなくなる。
 身体がふーって浮かんで行くような、足の先から上り詰めたものが、頭の中で弾ける様な感覚。
「あ、は、ん、んっ………あっあぁぁぁぁっ!あ-----------!!」
「くっ………!」
 その後暫く、余韻を引きずって湯も揺れていた。


 だめ
 だめだって、ミッチー
 気持ち良すぎて、
 だめになっちゃうよぅ…………




「…………」
 お風呂から上がって、部屋に戻って(と言っても襖一枚向うなのだが)。服を着た、というのは覚えがあるんだけど、なんだか夢の中の事のようではっきりしない。そう、こうして普通に座っているのすら違和感。
 帝月と繋がっているのが、当然。
「天馬」
「ん、?」
 どれくらいぽやっとしていたのはか解らない。ここには、かちこち音を立てる無粋な時計は無いから。
「食べるか?ワラビ餅だ」
「わぁ、」
 甘い物が大好きな天馬は、断る理由すらなかった。
 竹の楊枝で突き刺して、はくり、と食べる。んー、と蕩けるような笑顔を浮かべる。
「美味いーvv」
「そうか」
「うん!」
 元気良く返事をして、ぱくぱくととても美味しそうに食べる。
「…………」
「ん、ミッチー何?」
 自分をじ、と見ている視線に気づく。
「あ、オレばっか食ってちゃだめだよな」
 はい、と刺した物を手渡す。それを、受け取りはせずに天馬の腕を引き寄せ、自分へと届かせる。
 帝月が、ワラビ餅を口に含む、食む、飲み込む、口の周りについたきな粉を舐め取る……それら一連の仕草を見た天馬は、身体がまた火照ってきたような気がする。
「まだ食う?」
 それを誤魔化すように、明るく訊く。
 が。
「?」
 くい、とその腕をさらに引かれて、帝月の胸に倒れる。
「ミ、」
 お互い口にワラビ餅の名残のある口付けは、普段と違うもったりした甘さがあった。
「ん、ん………」
 くち、ちゅぷ、と唾液の泳ぐ音がする。
「ふぁ………」
 口付けの最中から、それだけで収まらない激しさを表すみたいに押し倒される身体。終わると同時に畳の上。
「ミッチー……あ、あ」
 着ている、というよりは付けているといっただけの着物は、簡単に剥がれ素肌が露になる。
 晒された胸に、悪戯にキスを落とす。その度上がる拙い嬌声。
「……僕もだめ、だな」
 僕”も”って、どういう意味だろう。
 息が上り始めた天馬は、ぼんやり考える。
「たかが菓子にも妬いてしまう。……お前の気を引いていると思うと、な」
「んんっ……きゃぁ、ぁぁあんっ……!」
 本当につい先ほどまでしていた身体は、前戯の必要も無く、当たり前のように帝月を受け入れた。むしろ、帝月が自分の身体の一部だと言うように、すんなりと。
「あっ……あっ、ミッチー……あぁっ」
 中と天馬の反応を堪能するように、今はまだ緩慢な動き。
「……さっきみたいな事は、もう言わないのか?」
「さっき……?ふあ、ん……っ」
 ちゅく、と直接に愛撫されていないのにぷっくりしていた胸の突起を、帝月の口が捉える。
「気持ちよ過ぎて、だめになると言ってただろう?」
 可愛い声で。可愛い顔で。
「うそっ、言ってねぇもん……!!」
 真っ赤になって否定するが、そう思っていたのは事実なので、絶対違うとも言い切れない。
「構わん。お前が覚えて無くても、僕は知っている」
 自分の中から響く嬌声でかき消されてしまわないようにと、帝月は耳元で囁いた。


 このまま溶けて一つになってしまいたい。
 そう言ったのはどっちだったか、もう、2人とも解らない。




 早朝着いて、今は夜に近い夕方。
「……………」
 半日以上、自分は天馬としていたという事になる。
 もう少し抑えるべきだったか、と帝月は少し自己嫌悪に陥る。
 まさか、昨日一昨日と触れなかったのがここまで堪えたと触れるまで知らなかったし、天馬からの思いがけない誘いや台詞に我を見失ってしまったのも事実。
 もう少し節操を見につけないと。天馬と自分の為にも。
 さて。
 飛天には来た時に挨拶(?)をした程度に済ませ、離れに篭ってしまった。
 はやり、一度しっかり顔を見せないと、後々厄介だろうな。食事の都合もしてもらわないとならないようだし。
 天馬は、よく、眠っている。まぁ、あれだけしたのだから当然といえば当然だが。かく言う自分も、少しふらふらいている。
 起こすのは可哀想だな、と布団を掛けなおし、額にキスをしてから離れを出た。




「お、帝月どうした」
 勝手にしていろ、と捨て台詞のように吐いた言葉通り、飛天は勝手にしていた。出ている酒瓶を見れば、どうやら自分達と会った後、すぐに酒を楽しんでいたようだ。
「今夜の食事を頼む。勝手が解らん」
「…………」
 飛天は、呑気な顔で聞き、耳を指でほじくっていた。
「なんだ、その不真面目な態度は」
「いや、昼はどうしたのかなーってよ」
「……………」
 そう言えば、昼食も取らなかったな、と自分の今日の生活を改め、いよいよ沈みかける。
「火生が何か菓子持っていたみてーだけど、あんなもん腹の足しになんねーだろ?しかもお前、率先して甘いモン食うヤツじゃねーしな」
「…………」
「それとも」
 何も言わない、というか言い出せない帝月に、飛天は言う。
「メシなんてどーでもよくなるような事、してたのか?」
「……っ、何を、」
「ぶわぁーか。俺様を舐めんなよ?見るだけでそいつが済か未かくらい解るんだよ。しかも、相手が側に居ちゃあな」
 丸解りだ、と大人の余裕の笑みを浮かべて言う。
「……なら、今まで僕をからかってたんだな……?」
「おいおい物騒な顔すんなよ。それより、相手1人で置いてきていーのかよ」
「今は寝て、」
 と帝月が言いかけた時。
「……ミッチイィー……!!……何処ー……!」
 遠く、離れから天馬の声が聴こえる。
「天馬?!」
「何か一大事みたいだぜ。行ってやれよ」
 言われなくても解っている、と踵を返す帝月。
「おい」
 そして、その背中に飛天が台詞を投げかける。
「……本気なんだな?」
「……………」
 帝月は、飛天と向き直り。
「本気だ」
 と、はっきり告げた。
「そう、か」
 それの返事を待たず、帝月は駆け出した。
「だったら、いざって時ぁ味方してやるよ」
 あいつの笑顔、俺も気に入ったしな、と。駆ける速度が速いせいか、飛天の声がフェードアウトしていった。




 怒涛のように駆けた帝月を見送った後、やれやれといった面持ちで頭をかく飛天。
 やる事の突拍子の無さは、あの方譲りかねぇ等と思いながら。
 それにしても。
(まさか、今でぶっ通しでやってたとは……)
 若さってすげぇよな、と思う飛天だった。




 天馬の声が可笑しい。
 いや、声質がどうとではなく、イントネーションというか、単語の区切り方が変というか……
 しゃくり上げている。
 ……泣いている?
「天馬!」
「ミッ、チー……うぇ、っく、」
 ぐすぐす、とやはり天馬は泣いていた。
「どうした!」
「ミッチー、ミッチー……!!」
 寄ればその身体にぎゅ、と抱きついてくる。今すぐでも何があったか教えてもらいたいが、今は天馬が落ち着くのを待つのが先だろう。
「う、……ぅっ、ミッチー……!」
「……どうした。大丈夫だ。僕がついている」
 だから、教えてくれと、優しく問いかける。
 涙が溢れている双眸は、洗われている宝石みたいで、状況を弁えずにまたうっかり欲情してしまいそうだ。
「ミッチー、どうしよ、身体、可笑しくなっちまった……」
「……っつ、」
 嗚咽まじりに言った台詞に、雷に打たれたようなショックを受ける帝月。今この時、天馬の身体が可笑しくなったのなら、原因は自分との行為である可能性がとても高い。
 やはり、いくらなんでもやりすぎたか、と深い自責の念に捕らわれる帝月。
「あのさ、起きたらミッチーが居なくて、探しに行こうって思ったのに、起き上がれねぇの。力が全然入んなくって……」
「…………」
 ん?と帝月は考える。それって。それは。
「どうしよう……これって、何かの麻痺なんかな。やだ、どうしよう、どうし……!!」
「……天馬。安心しろ。それは麻痺じゃないし、病気が原因でもない」
「え」
 帝月は脱力しかける自分を叱咤し、天馬に説明する。
「それは……何だ。今日は、沢山しただろう?」
 う、うん、とぽ、と頬を染めながら言う天馬。
「……激しい運動をした後は、身体がだるくなるだろ。それと似たようなものだ。時間が経てば、元に戻る」
「……そーなの?」
「そうだ」
「……良かったぁぁぁー」
 ほぅ、と力を抜くように息をつく天馬。本気で怖かったのだろうな、と罪悪感に駆られる。
「……すまない」
「ん?」
「……だから、今日は、……お前の身体を気遣わずに、何度も……」
 まだ言葉を綴る筈だった言葉は、天馬の唇で塞がれる。
「…………」
「これは、2人でするもんなんだろ?だったら、ミッチーだけ責任感じる事ねーよ」
「しかし、」
「それに気遣ってないっての、違ぇもん。ミッチー、オレが床に擦らないようにいっつも気をつけてくれてるし、その、えっと、オレがしやすい格好とか、してくれてるじゃん」
「…………」
「それにさ、オレとしている事で、ミッチーが申し訳無さそうにしてる方が、やだよ……」
「……莫迦が」
 帝月が言う。
「そういうつもりで言った訳でもないし……」
「わ、」
 とさ、と敷布団の上に組み敷かれる。
「今は、自分でも歯止めが効かないんだ。……あまり可愛い事は言ってくれるな」
「……………」
 またするのかな、とドキドキはしても、拒もうという気にはなれない。
 そう、帝月だけが悪いんじゃない。
 したいって、自分も思っているから。
 近づいてくる帝月の顔に、そっと目を伏せる。
 が。
「……今は、止めておく」
「……?」
「さすがに……夕食頼んでおいてでないとなると、後から何を言われるか解ったものじゃない」
 しかも、ばれてるし。
 何だかお預けを食らっているでもない。
「じゃ、メシ食った後、またすんの?」
「っ!」
 いっそ無邪気にとも取れる表情での、そのセリフ。
 帝月、どうにかありったけの理性をかき集め、どうにか堪えたという。




<END>





またなんか唐突な終わり方でもない事もない。
しかしミッチーさんよ、やり過ぎだぜよ。時間で言うと、えーと、10時間くらい?
やり過ぎです。
まぁ、まったりしている時もあっただろうが……