シトリンとオニキスの睦言24





 冬の朝は寒い。
 それは物が落下するのと、同じくらい決まりきった事だ。
 しかし。
(……温かい……)
 天馬の居る布団の中は、とても温かい。帝月と一緒に寝ているから。
 寒さから逃れる為というより、その温もりに触れたくて、未だ夢の中、無意識に擦り寄る天馬。帝月が困ったように苦笑したが、より近づいたふわふわの金糸に、眠りを妨げないようにそっと口付けをした。
 何とも甘い朝の時間だ。
 其処へ、
「ぼっちゃん!ぼぉぉぉぉっっちゃぁぁぁぁ---------んんん!!」
 ドップラー効果を発しながら、火生が廊下の向うから帝月の部屋へ爆走する。
「たったったっ、大変で、ぶふへぐっ!」
「何事だ、騒々しい」
 そう、マクラを高速で投げて火生にぶつけた帝月のセリフは、とても天馬に触れた時の温かさを微塵にすら感じられないほど冷たい。
 しかしそれでめげている場合ではないのだ。
 火生は赤い顔をし(照れてる訳で無くて、マクラがとっても勢いよくぶつかった為)、帝月に言う。
「大変なんですよ、ぼっちゃん!!」
「だから、何が大変だというんだ」
 内容によってはただじゃすまんぞ、と寝ている天馬を隠しながら。
「来ます!あいつがぶふぇ☆」
 説明する火生の頭を、その『あいつ』当人が踏み潰した。
「やほー、帝月ちゅわーんv」
「八雲……!!」
 青汁10杯飲み干した時より余程苦々しい表情で帝月が呟く。
 しまった、天馬との生活でつい失念してしまっていた。年の瀬にはこいつが来るのだ。
 八雲は寝巻き姿の帝月に、少し面食らったような顔をした。
「あら、まだ寝ていた訳?規則正しい生活のあんたにしちゃ、遅いわね?」
「どうでもいいだろう、そんな事は。さっさと退け」
 本当に、さっさと退いて貰いたい。早く、天馬に気づかない内に。
 しかし、そんな帝月の願い虚しく、天馬はこれだけわいわいしていて尚寝ていられる人物ではなかった。
「んん……ミッチー……?」
 寝起き直後の掠れた声で、天馬が帝月を呼ぶ。
 のそ、と起き上がった天馬はぽやっとした表情で、寝巻きは胸の所でかなり開いていた。
「ばっ……!天馬!」
 慌てた帝月は、ここではあくまで肌を隠す目的の為に抱きつき、ここではあくまで布団で隠す目的の為に押し倒す。
「うわっ!ミッチー?何すんだよ………って、誰だ----------!!」
 天馬が八雲に気づいた。という事は相手も同然。
(……最悪だ)
 それでも帝月の救いになるのは、抱き締めた天馬の温もりだけだった。




 場所は変わって床の間。茶を飲んで寛いでいる……のは八雲だけだが。
「さすが帝月、あたしの見込んだ男だわ。こーんな早い内から女引き込むなんてねv」
 それでこそあの方の息子よ、とかかなり勝手な事を言っている。横に天馬が居なければ、帝月は鬼神と化して家に伝わるあらゆる秘法、禁呪を八雲にぶつけていただろう。
「で、お名前は?」
「あ、」
「教える事は無いぞ」
 天馬が口を開きかけた時、それをピシャリと止めた帝月。
 しかし八雲は怒りもせず、
「別にいいわよ。さっき帝月が思いっきり叫んでたし。……って、ミッチーだっけ?可愛い呼び方されてんじゃないの」
 そう言われ、天馬の顔が赤くなる。呼んでいるのは自分だし、八雲は口調と性格はあれだが、顔はハイレベルの美丈夫だ。にやり、とシニカルに笑うと、軽い女ならそれだけで何処までもほいほい連いて行きそうな魅力がある。
「やだー!赤くなってる!かっわいー!」
 その天馬の表情に、八雲が気づかない筈もなく、すぐさまオモチャにする。帝月はそれを見て胸がムカムカした。
「帝月に惚れてるくらいですもんね。天馬ちゃんて面食い?だったらあたしと遊んでみないー?色々教えてあげるわよ?」
 バチコーンと最後にウインクされ、天馬はえ、え?とおろおろする。帝月は、あと一息で噴火する。
「おうおうおうおう、ちょっと待ちやがれー!!」
 ズバーンと襖を開けて勢いよく登場の火生だが、手にのっけた茶菓子が威厳を無くす。
「やい、このヘビカマ!恐れ多くも、坊ちゃんの未来の奥方に何を失礼な事ごは!」
 自分の主人の危機に勇気を振り絞って八雲に意見した火生だが、その火生を撃沈させたのはその主人の茶碗だったりした。ちなみに茶菓子は火生が口上垂れている時に天馬が勝手に茶菓子だーvと持ち去っていたからちゃんと無事だ(というか、それを見届けて茶碗を投げた帝月)。
「へーっ。そうなのー」
「悪いか?」
 からかう八雲の台詞に、帝月はそう切り返す。天馬はいよいよ真っ赤だ。茶菓子は食べ続けているが。
(み、未来の奥方って……!)
 それはつまり婚約者って事で。火生、そんな風にオレの事見ていたのかよというか何と言うか。
「じゃ、お赤飯はもう炊いた?」
 このセリフに、天馬はきょととするばかりだったが、火生と帝月には通じた。
「………お前……何時まで居るつもりだ?」
 地獄の底から響いて来たような帝月の声。関係ないと解っていても火生は寒気がした。
「さぁねー」
 全員の反応を見て、八雲は久しぶりに心の底から楽しめそうだ、と1人ほくそ笑んでいた。




 そんな1日でも、平和な時と同じように夜はやってくる。
 天馬はたっぷりの湯に浸かり、そこで一日の汚れと疲れをとる。
(今日は急にお客さんが来て、びびったなぁ)
 暢気にそんな事を考える。帝月でも訊いたら、あんなやつ客でも無いんでも無い!と即座に激しく否定してくれるだろう。
(……じゃぁ、今夜は、)
 えっちな事出来ないな、と思ってしまい、1人でうにゃうにゃと顔を崩して赤くする。
 がらり、と脱衣所の扉が開いた。帝月が来たんだろうか。さっき先に行っていろと言われたから。
 がらっ、と風呂場に通じる扉が開いた。
「ミッ、」
「はろーvおこんばんわv」
 帝月はこんなセリフ言わない。絶対言わない。
 言うのは当然、八雲だ。
 出迎えようとした天馬は、あやわわわわわわ!と慌てて湯船に浸かる。
「なっ、何だよ!」
「いやぁ、やっぱお互いの事をよく知るには裸の付き合いってね。そっちもうちょっと詰めてね」
 言われるまでもなく、距離を置く天馬。
(ミッチー!何処行ったんだよー!!)
 涙眼になりながら、身体をさらに湯に沈める。幸い、乳白色なので見えないのだが、見えないだけで全裸なのだ。
「そんなに潜るとのぼせるわよ」
 ふぃーとリラックスする八雲は、湯船の淵に腕をかけている。逞しい上半身が、天馬の視界に惜しげもなく曝け出されて。
 子供の帝月とは違う、男の大人の身体。
「何、見惚れちゃってんの?」
 上半分は浸かる事無く、天馬に近寄る。
「ち、違っ!父ちゃんみたいな身体だなーって思ってただけだ!」
「父親とまだ一緒なの?ガキね」
「だから、今は入ってねぇっての!」
 むきになって怒鳴る天馬。子供扱いされるのは好きではない。
「それでさぁー」
 ザバーっと手で肩に湯を被る八雲。
「実際、帝月とどうなの?あいつの言った通り婚約者なの?」
「え、えーと……」
 視線をあっちに動かしこっちに動かし、せわしない天馬。
 しかし、八雲の目的はこの質問の答えではない。
「無防備、ね」
「え?」
 天馬の気を余所へ引き、自分への注意を疎かにする事にあった。
 ばしゃんと湯を跳ねさせ、腕を引かれてあっという間に天馬は八雲の腕に取り込まれる。
「何すんだよ!離せよ!!」
 自分の肌が相手の肌を感じる。それが他人のものであるのに、帝月に対して物凄い罪悪感に襲われる。
「だから、相手をよく知るにはこれが一番なのよv」
「何………ッ!」
 天馬の身体がビクンと撥ねた。
 大きな掌が、自分の胸を包んでいる。
「………ッツ!!やだ!離せよ!!止めろ-------!!」
「暴れないの、いい子だから」
 背後から絡み取られ、耳元に相手の声。
「やぁ------ッツ!!」
 がむしゃらに抵抗した。身体の柔らかい部分を、帝月以外に見られなくないし、触られたくも無い。
「ひぁッツ!?」
 きゅぅ、と弾力を楽しむかのように、胸を握るように揉みしだく。最初はゆっくりと優しくだったが、段々動きは大胆に。天馬を追い詰めるように。
「やだ……!やだぁっ!」
「いい声じゃない。もう、女にしてもらったとか?」
 ん?と問いかけた時、耳に舌を差込、中を舐る。
「ふぅ、ん、んん……!!」
 ゾクゾクとしたものから逃れたくて、首を振って抵抗する。
「や、だ……揉むな、よぉ………!!」
「揉まなきゃいいのね?」
 にや、と意地悪そうに八雲が笑った。顔は背後にあるので、天馬が見る事は叶わなかったが。
「ぅ、く………っきゃっ!?」
 掌は相変わらず胸を摩っているが、指先がぷっくりしていた先端を撥ねる。
 突然の刺激に、嬌声のような声が口から飛び出す。
「あっ、や、んっ、ンンン------ッツ!!」
 慌てて口をぎゅ、っと閉じたが、八雲の手は止まない。
「感触もいいし、感度も良好ねぇv」
「あぁっ……!」
 れる、と項を舐められ、頭の軸が揺れる。
 それでも逃れようと、必死に自分を弄る腕を掴み、引き剥がそうと試みる。しかし、そんな仔猫が暴れているくらいの抵抗、八雲は気にも留めなかった。
「ぁ……?」
 身体が動いた。
 気づけば、自分を捕らえる腕は1本しかない。
 と、いう事は、どういう事か。
 太腿に手が掠った時、昂ぶっていた熱が一気に引いた。
「っ!だめ、そこは、やっ!いやぁッ!!」
 唇が戦慄いて、セリフがろくに言えていない。
 閉じようとした足は、呆気なく開かせられる。湯の中から自分の膝が薄く見え、いよいよ青ざめる。
「やだ-------!!やだっ!いやだ!!」
「そんなに嫌がらなくても」
 物理的には訊かないが、この喚き声には閉口する。
「いやぁー……!」
「すぐにとろとろに解かせてあげるからvv」
 嫌がる天馬に、八雲が愉しそうに言った。
 その時。
 バァァン!と戸が破壊したのではないか、というくらいの音をさせて。
「意外と早かったじゃない」
「…………!!!」
 文字通り、鬼の形相をした帝月が立っていた。足元に縄を引きずって。何故ならつい今のままで、帝月と火生は八雲の手により芋虫みたいに縄で括られてその辺に転がされていたからだ。
「貴様……!!貴様ぁッ!!」
 現実になってしまった最悪の光景に、帝月は身体中の血が沸騰しているようだった。
「そーんなに怒らなくたって、誰も本気で最後までしようなんて思っちゃいないわよ」
「返せっ!!」
 おー、怖、と最後までおどけて見せて、あっさり天馬を手放した。
 帝月は着衣が濡れるのを一向に構わず、天馬を抱きとめた。
「ぁ………っ」
 天馬は膝が震えて、立つことも覚束無い。
 帝月は強攻策に出た。
「わぁっ」
 天馬を抱き上げる。お姫様抱っこというやつだ。
「お、重くねぇの?」
「………」
 帝月はちょっとそれどころではなかった。明日から、きちんと筋力トレーニングをしようと、心に堅く決めた。




(残念。もー少し遊びたかったのに)
 入浴タイム続行中の八雲は、全く反省する事なくそんな事を思っていた。
 それにしても。
 あの時の帝月の眼。鋭さに欠けるが、その分吹き飛ばされそうな荒々しさがあった。
(……本当、あの方の息子だわ)
 鳥肌の立った腕を、八雲は摩った。




「ミッチー、服べたべた……」
「構うな」
 部屋にはタオルと、着替えが用意されていた。同じく縄でぐるぐるにされていた火生が復活し、やった事だ。指図は当然帝月だが。
「………何か、されたか?」
 帝月が言う。
 何かも何も明らかにされてた最中だったのだが。
 ごしごしと身体を拭かれている天馬はふにゃ、と泣きそうに顔を崩し、
「……胸、触られたーっ……」
「ッツツツ!!」
 やっぱり出会いがしらに殺っておけばよかった!と帝月は猛烈に後悔した。
「すっげーヤな気持ちだった……」
 えぐえぐと泣く天馬を、慰める意味でやんわりと抱き締める。
「ミッチーの時と全然違う。ミッチーに触られると、温かくてぽやーってなんの。あんまりされると、頭の中真っ白になっちゃうけど」
「天馬?」
 八雲の感触を忘れたい為か、つらつらとそんな事を言う天馬に、帝月が切羽詰ったように天馬を呼んだ。しかし、まだ続く。
「触られるの、ミッチーがいい。……ミッチーじゃないと、やだ」
「っ……」
 潤んだ眼で見上げられ、そんなセリフで平然とは出来ない。
 溜まらず、押し倒した。
「お前……物はちゃんと考えながら言え」
 例えば状況とか。天馬はタオルを一枚巻いているに過ぎない。
 近づく顔に背ける様子はない。むしろ迎えるように目を綴じた。
「ん、んっ………」
 角度を変えて触れてくる唇。帝月に触れられるのは気持ちがいい。身体の何処の箇所でも。
「ふぁ………」
 文字通りにあっという間に全裸になった天馬。柔らかな胸を、細い指先が擽る。
「ミッチー…………」
 熱に浮かされて思う。
 たくさん、触っていいよ。
 違う。

 もっと、触って

「…………」
「………?」
 唐突に帝月が行為を止めた。
 何だろう、と離れていく帝月をぼんやりと見る。
 帝月は天馬にしっかり布団を被せた後、戸に向かう。
 そして、スパン!と小気味よく開ければ。
「……………」
「お気になさらずv」
 手を挙げて、八雲が言った。
 こいつ、絶対後で締める……!!
 本気で殺意を覚えた、帝月12歳の冬の日だった。




<END>





ヤマチー参戦ーvこの後もぞろぞろ出るよ!
こんなのが来ちゃったら、おちおちえっちも出来ませんねぇ。折角無意識に誘われた添え膳だったのに。
そんなミッチーに合掌。
次は飛天たちを出すつもりです。