シトリンとオニキスの睦言23





 えーと、と火生は考える。
 静かな屋内、天馬の声はとてもよく響く。
 それが、つい先ほどから聴こえなくなったという事は。
 ……えーっと。
 玄関の掃除でもしよ。
 其処が、一番帝月の部屋から遠い。




 そして帝月の家では、だいたい火生の予想通りになっていた。
「ちょー……ミッチー!」
「何だ」
 何だ、じゃなくて。
 さっきまでフツーに会話してたのに、どうしてこういう流れになったのか、当事者である天馬にも解らない。
 顔は頬が触れるまで近寄り、指先は衣服の中、柔い肌を流れるように滑らせている。
「もーすぐ晩飯……ッ!」
 そう戒める声も、段々とフェードアウトしてしまう。
 帝月は、飄々とそんな事は知っている、と言う。
「だから、触れるだけだろう?」
「うー………」
 確かに、それ以上は進まないけど。
 だけど。
「……別に、」
 耳にくっ付けるように喋り、天馬がぴくんと震える。
「お前がしたいなら……それは吝かではないが?」
「ッツツ!!」
 ぼぼっと一気に着火したように、真っ赤になる天馬の顔。
(そっ、そんな顔に出……ッ!)
「どうした?」
「…………ミッチーの、」
 天馬は潤んだ眼をきっ、と向けて、
「ばかっ!何で意地悪すんだよー!!」
「声がでかい」
 という帝月のセリフで他にも人が居たのだと思い出す。ぱ、と口を押さえる天馬。
「……そうか、意地悪だったか」
 ぽつ、と帝月が言う。
 そう言えばさっきの自分のセリフは、結局心中を白状したのと同然なのでは。
「い、意地悪っつってもさ、ミッチー?………」
 くい、と顎裏を指先で持ち上げられただげで、痺れたように抵抗出来なくなる。
「ミッチー……」
「ちゃんと、加減する……」
 夜もするのだから。




(ふぃー、さっぱり……)
 熱いシャワーから上り、入れ替わりに入った帝月を待つ。
 別に一緒でもいいのだが、帝月が今の状態で堪えられる自信がないと言われたら、天馬もそれ以上誘えない。
 やっぱり、最後までしないせいか、身体が何か中途半端と言おうか、火照っている感じがする。
 それを自覚してしまい、また赤くなる天馬だ。
 と、帝月が帰って来た。
 髪が濡れてしっとりしている姿は、正に水も滴る、という奴で何度見ても見惚れてしまう。
 しかし、今日は見惚れてもいられない。
「何を怒っているんだ?」
 すぐに解ってくれるのは、嬉しいけど。
「ミッチー、何か、変だよ!」
「変……?」
「だって、いっつも、……いつも、」
 何と言えばよいのか。
 最近と言うか、此処に来てから帝月はしょっちゅう自分に触れてくる。それは当然その後を含んでの事で。
「……仕方ないだろう」
 帝月は、自嘲というか苦笑を浮かべ。
「学校で会うのは6時間。……今は24時間。
 堪えきれると思うか?」
「え………」
 って事は、本当は、本当にいつもいつも。
 何となく、顔を赤くして俯く天馬。
「大丈夫だ。お前が本気で嫌な時は抑えられる」
 ゆったり、安心させるように微笑む。
 美麗さと合わさって、胸がぎゅっとなった。
「ミッチーって、我がままなんだか、優しいんだか解んない……」
「そうか」
 我侭も、優しいも、そう自分を評価するのは天馬しかいない。
 それだけ、自分にとって特別なのだと解るようで、帝月は何だか嬉しく思った。




 坊ちゃんメシですよ、の声で食事が始まった。
 入って来た2人が風呂上り(というかシャワー上り)なのに、持っていた御櫃を落としそうになったが、どうにか耐えた。
(あー、心臓に悪ぃ……)
 帝月はまだいい。ばれているから。
 しかし、天馬だ。気づかれてないと思っているらしく、もし自分がすでに知っていると解ったら。
 ……かなりの確率で、この家出て行っちゃうよな。
 そうなった場合、残った自分達がどうなるのか。考えたくも無い未来である。
 悶々と悩んでいた火生に、美味ぇー!という率直な感想が飛び込む。
「この掻き揚げみたいな天麩羅、すげー美味い!あっさりしてていい香りがする!」
「あぁ、そりゃお茶っ葉入れてあっから」
 天馬は、これまた素直にすげー!と感心する。
「お茶っ葉って、料理に使えんだ!」
 根が単純な火生は、褒められてばすぐに有頂天になる。ストレートなものならなお更に。
「まぁなー。結構アジア区域じゃよく使われる手法なんだぜ?」
「へー」
 キラキラした目で見られ、ますます天狗になる火生。
「今まで色んなところ回って来たしなー。そん時の話でも聞きたきゃ……」
 と、何処からともなく冷気が漂ってきた。いや、漂っているのではなく、確実に自分に向いて来ている。
 恐る恐るその発信源へ視線を移せば。
 案の定、帝月。
(っひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃッツ!!)
 その視線をセリフに直すなら、「勝手に僕の天馬と話を膨らますな」という所だろうか。
「火生って、そう言えばミッチーの家に来るまで何処に居たんだ?って言うか、前は居たんだよな?」
「ま、まぁな……」
 帝月を窺いつつ、応える火生。
「そん時のミッチーって、どうだった?」
 え、と同時に固まる火生に帝月。
「今と一緒?それともちっこい頃は可愛かった?」
「いやぁ、坊ちゃんの場合、可愛いっつーか綺麗、ぐは!」
「……いらん事を言うな」
 顔を赤くし、言う帝月。
 帝月がこんな風に感情をストレートに出すことは滅多にないので、面白くそれを見る天馬。
 帝月は、天馬に向き直り、
「そういう事を何故火生に言うんだ。本人に言うべきだろう?」
「えー、だってミッチー素直に教えてくれなさそうだし……」
 と、言う天馬のセリフがだんだん小さくなり、頬が染まる。
 帝月は、だいたい天馬が言わんとしている事が解った。
「まぁな。それ相応の見返りは貰わないと」
 ほらやっぱり、と唇を尖らす天馬。顔はまだ赤い。
 そーゆー会話を開けっ広げにしないで欲しいんだけどなぁ。俺だって色々経験あるんだし、と、さっきの帝月のパンチでちゃぶ台に突っ伏している火生は思った。




 翌朝の天馬はやっぱり起き抜けは気だるそうな感じで。
 果たして幼少の思い出を帝月から訊けたのかは、本人達のみぞ知る所だ。




<END>





今回えっちは控えめに。
表記してないだけでやってるにはやってるんですがね。
火生が哀れですが。
ちなみに火生が一旦出てまた舞い戻ったのは、一時期飛天について己を磨いていたからです。
此処でそんな事言っちゃうのは本編で持ち上げられるかどうか自信が無いからで。
もうミッチーとラブラブしてればいいじゃん!