えーと、と火生は考える。
静かな屋内、天馬の声はとてもよく響く。
それが、つい先ほどから聴こえなくなったという事は。
……えーっと。
玄関の掃除でもしよ。
其処が、一番帝月の部屋から遠い。
そして帝月の家では、だいたい火生の予想通りになっていた。
「ちょー……ミッチー!」
「何だ」
何だ、じゃなくて。
さっきまでフツーに会話してたのに、どうしてこういう流れになったのか、当事者である天馬にも解らない。
顔は頬が触れるまで近寄り、指先は衣服の中、柔い肌を流れるように滑らせている。
「もーすぐ晩飯……ッ!」
そう戒める声も、段々とフェードアウトしてしまう。
帝月は、飄々とそんな事は知っている、と言う。
「だから、触れるだけだろう?」
「うー………」
確かに、それ以上は進まないけど。
だけど。
「……別に、」
耳にくっ付けるように喋り、天馬がぴくんと震える。
「お前がしたいなら……それは吝かではないが?」
「ッツツ!!」
ぼぼっと一気に着火したように、真っ赤になる天馬の顔。
(そっ、そんな顔に出……ッ!)
「どうした?」
「…………ミッチーの、」
天馬は潤んだ眼をきっ、と向けて、
「ばかっ!何で意地悪すんだよー!!」
「声がでかい」
という帝月のセリフで他にも人が居たのだと思い出す。ぱ、と口を押さえる天馬。
「……そうか、意地悪だったか」
ぽつ、と帝月が言う。
そう言えばさっきの自分のセリフは、結局心中を白状したのと同然なのでは。
「い、意地悪っつってもさ、ミッチー?………」
くい、と顎裏を指先で持ち上げられただげで、痺れたように抵抗出来なくなる。
「ミッチー……」
「ちゃんと、加減する……」
夜もするのだから。
(ふぃー、さっぱり……)
熱いシャワーから上り、入れ替わりに入った帝月を待つ。
別に一緒でもいいのだが、帝月が今の状態で堪えられる自信がないと言われたら、天馬もそれ以上誘えない。
やっぱり、最後までしないせいか、身体が何か中途半端と言おうか、火照っている感じがする。
それを自覚してしまい、また赤くなる天馬だ。
と、帝月が帰って来た。
髪が濡れてしっとりしている姿は、正に水も滴る、という奴で何度見ても見惚れてしまう。
しかし、今日は見惚れてもいられない。
「何を怒っているんだ?」
すぐに解ってくれるのは、嬉しいけど。
「ミッチー、何か、変だよ!」
「変……?」
「だって、いっつも、……いつも、」
何と言えばよいのか。
最近と言うか、此処に来てから帝月はしょっちゅう自分に触れてくる。それは当然その後を含んでの事で。
「……仕方ないだろう」
帝月は、自嘲というか苦笑を浮かべ。
「学校で会うのは6時間。……今は24時間。
堪えきれると思うか?」
「え………」
って事は、本当は、本当にいつもいつも。
何となく、顔を赤くして俯く天馬。
「大丈夫だ。お前が本気で嫌な時は抑えられる」
ゆったり、安心させるように微笑む。
美麗さと合わさって、胸がぎゅっとなった。
「ミッチーって、我がままなんだか、優しいんだか解んない……」
「そうか」
我侭も、優しいも、そう自分を評価するのは天馬しかいない。
それだけ、自分にとって特別なのだと解るようで、帝月は何だか嬉しく思った。
坊ちゃんメシですよ、の声で食事が始まった。
入って来た2人が風呂上り(というかシャワー上り)なのに、持っていた御櫃を落としそうになったが、どうにか耐えた。
(あー、心臓に悪ぃ……)
帝月はまだいい。ばれているから。
しかし、天馬だ。気づかれてないと思っているらしく、もし自分がすでに知っていると解ったら。
……かなりの確率で、この家出て行っちゃうよな。
そうなった場合、残った自分達がどうなるのか。考えたくも無い未来である。
悶々と悩んでいた火生に、美味ぇー!という率直な感想が飛び込む。
「この掻き揚げみたいな天麩羅、すげー美味い!あっさりしてていい香りがする!」
「あぁ、そりゃお茶っ葉入れてあっから」
天馬は、これまた素直にすげー!と感心する。
「お茶っ葉って、料理に使えんだ!」
根が単純な火生は、褒められてばすぐに有頂天になる。ストレートなものならなお更に。
「まぁなー。結構アジア区域じゃよく使われる手法なんだぜ?」
「へー」
キラキラした目で見られ、ますます天狗になる火生。
「今まで色んなところ回って来たしなー。そん時の話でも聞きたきゃ……」
と、何処からともなく冷気が漂ってきた。いや、漂っているのではなく、確実に自分に向いて来ている。
恐る恐るその発信源へ視線を移せば。
案の定、帝月。
(っひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃッツ!!)
その視線をセリフに直すなら、「勝手に僕の天馬と話を膨らますな」という所だろうか。
「火生って、そう言えばミッチーの家に来るまで何処に居たんだ?って言うか、前は居たんだよな?」
「ま、まぁな……」
帝月を窺いつつ、応える火生。
「そん時のミッチーって、どうだった?」
え、と同時に固まる火生に帝月。
「今と一緒?それともちっこい頃は可愛かった?」
「いやぁ、坊ちゃんの場合、可愛いっつーか綺麗、ぐは!」
「……いらん事を言うな」
顔を赤くし、言う帝月。
帝月がこんな風に感情をストレートに出すことは滅多にないので、面白くそれを見る天馬。
帝月は、天馬に向き直り、
「そういう事を何故火生に言うんだ。本人に言うべきだろう?」
「えー、だってミッチー素直に教えてくれなさそうだし……」
と、言う天馬のセリフがだんだん小さくなり、頬が染まる。
帝月は、だいたい天馬が言わんとしている事が解った。
「まぁな。それ相応の見返りは貰わないと」
ほらやっぱり、と唇を尖らす天馬。顔はまだ赤い。
そーゆー会話を開けっ広げにしないで欲しいんだけどなぁ。俺だって色々経験あるんだし、と、さっきの帝月のパンチでちゃぶ台に突っ伏している火生は思った。
翌朝の天馬はやっぱり起き抜けは気だるそうな感じで。
果たして幼少の思い出を帝月から訊けたのかは、本人達のみぞ知る所だ。
<END>
|