「なー、ミッチー」
土曜日の夜、食器を片付けた帝月に訊く。
もうすっかり天馬の週末は、帝月宅へと泊まる事が定例で、それに伴って徐々に帝月の家へ天馬の持ち物のが増えてきた。歯ブラシだったり、本だったり。
それは天馬が忘れたり、どうせまた持って来るのであれば、と帝月が置かさせたものだ。天馬は迷惑なんじゃないだろうか、と思うが、天馬の持ち物が増えるのは、帝月にとってとても喜ばしい事であるのは言うまでも無い。
泊まる時の食事や後片付けは当番制で、ジャンケンして勝った方が料理、負けた方が後片付け。今日は天馬が勝ちだった。
「どうした」
と、天馬の横に座った帝月が言う。
あのさ、と切り出して。
「大人のキスって、どんなん?」
「………………」
座ったままコケるかと思った帝月だ。
「……お前が唐突な事を言うのは今更だが……今度はまた、どこから訊いてきた。そんな事」
「クラスのヤツら」
「男子か?」
「女子」
ふるふると首を振る。
最近の女子はませているな……と全くの同年代である事を棚に上げて思う。まぁ、帝月は大人びてはいるけども。
「なぁなぁ。何処か違うんだ?皆、教えてくれなくてさ」
おそらく天馬とは全く無縁の事だから、教えても仕方ないというのと、教えたところで解らないだろう、という気持ちが働いたと思う。
しかし、現時点で1番近いのは天馬だろう。自分が居る事だし。それに何故だか妙な優越感を、自分が持ってしまった。
「なー、ミッチー」
くい、と軽く袖を引っ張られる。
言っていいものか、と一瞬悩んだが教えてやらないと引かないだろうというのと、今更だというのもあり、教えてやる事にした。
「多分、それはディープ・キスの事だろうな」
「ふーん?」
解ったような解らないような返事の天馬。
「で、それって何?」
やっぱり解っていなかった。
「……だからだな」
改めて説明するとなると、はやり結構恥ずかしい。若干頬を染めながら、帝月は舌を絡ませるものだと教えてやって。
一拍、間を置いて理解した天馬が、それでも言う。
「なんでそんな事するんだよ?」
天馬にとっては未だにキスは唇同士を重ねるものでしかない。する事までしておいて、帝月は深いキスはしてないのだ。時折、悪戯に唇を舌で撫でる事はあったが。
「なんでと訊かれると僕も困るが……まぁ、気持ちいいらしいぞ」
素っ気無く答え、もうこの話題はこれで終わりとしたかったのだが。
「んじゃさ。やってみようぜ、それ」
天馬が、そんな事を言う。
「気持ちいい事なら、してぇもん」
「……いや、最初はそうでもないかもしれんぞ」
あたふたと帝月は弁護する。何せ、舌同士を絡めあうのだから。気持ち悪いとでも言われたら、多分立ち直れない。これが、今まで出来なかった理由だ。
帝月の返事に、天馬は、えー、と唇を突き出し、キスをしたくなるような表情で拗ねる。
「ミッチーにされるんだもん。気持ちいくない訳がねーじゃん」
「……………」
そのセリフで、何かが切れた。
「……本当か」
「ん」
「じゃぁ、薄く口開いていろ……」
してくれるんだ、と顔を明るくする天馬。その表情を見て、こいつは何をされるか、本当に解ってるんだろうか、と少し不安にはなった。
最初に柔らかい唇が触れる。言った通り、薄く開いているようだ。
つい、と唇を舌で触れる。肩が少し撥ねた。
「………っ、」
戸惑ったような眼が見えたが、今は先に進める。
「んっ……!」
舌先を潜らせた時、小さく天馬が呻いた。やはり、異物感は否めないだろう。
相手の舌をなぞった時に、情事を彷彿させるような濡れた音がした。
(何だ、これ……)
ぼんやりした頭で天馬は思う。本当に、これはキスなんだろうか。
帝月と身体を繋げている時のような熱が篭る。
激しさはあまり無いけど、徐々にと昂ぶってくる。
(気持ち、いーなぁ……)
ふやふやを与えられる物に身を任せていたら。
「……馬、天馬」
「ふにゃ?」
ぺちん、と頬を叩かれ、何事かと思った。
「……どうかした、か?」
「…………」
どうも、終わった後にもぼーっとしていたらしい。
「……今のが、大人のキス?」
「……まあな」
ぼそっと答えた帝月が赤い。
「本当、気持ちよかったなー……これから、一杯しよーな」
ほやん、と蕩けるような笑みで言う。まだ名残が引いているのかもしれない。
帝月を感じたいけど、身体を重ねるのはまだ気恥ずかしい天馬にとって、このキスは気に入ったらしい。服を脱がないでもいいし、場所も限定されない。
明け透けに言う天馬に、帝月はやっぱり叶いそうもない、と、赤い顔を隠すのに精一杯だった。
<END>
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