OBSTACLE?


 悪魔である爆の棲む世界には太陽がない。よって、朝とか夜とかいう概念もない。あるとすれば眠くなる時間、目が覚める時間。そんなところだ。
「…………」
 目が覚めた。なのに何故だか気分がすぐれない。何かを忘れているような……思い出せないというより思い出したくないような気がする。
 水でも被れば気分がすっきりするかもしれない。そう思い、ベットから起き上がった。大して身に何も付けず、シーツを纏わり付かせただけの格好。特に用事がなければいつもこんな姿だ。
 ガチャリとドアを開ける。
 すると。
 ガシャンガシャンガシャラ!!
 ?何の音だ?そう思い回りを見渡すと――
「よ、起きた?v」
「…………」
 目の前には気さくに片手にコーヒーカップなんぞ持ちながらあいさつする男と、全部皿が落ちたのに持ったままの姿勢でいる少年。
 ……なっ……
「誰だ貴様ら!!」
「忘れたのか?寂しいね」
 くぃーとコーヒーを飲み干す。
「とりあえず、ちゃんと服着ろ。カイのヤツがいろんな方面で大変だ」
 前かがみに屈んで蹲るカイの足元には赤い水溜りが出来、なおかつ広がりつつあった。
「質問に答えろ!誰だと訊いている!」
 親切で自分の上着を着せようと近づいて来ているのだろうが、つい警戒してしまう。すると思いもよらぬ素早さで腕を掴まれた。
「本当にわかんね?」
 すぐ耳元で囁く振動に、すべての記憶が溢れた。
 で。次に爆がしたことは至近距離にいたのをいいことに下あごにアッパーを決めたのだった。

 今から遡る事およそ12時間前――

 
自分の師匠には放浪癖がある。そう腹を括ったのは久しいことである。
 にしても。
 遅い!遅すぎる!
 昼頃から出掛けてもう日が暮れてしまった。でも帰ってこない!
 はっ!まさか師匠、犯罪に巻き込……んでる!?周りの人を!!
 カイがいよいよ具体的な不安にかられているときに、激が帰宅。
 言いたい事が山ほどある。今まで何処に行ってたのかとか神父なんだから規則正しく生きてくれとか。
 しかし。
 激がお持ち帰りになられたモノを見てそれらの台詞は全部素っ飛んだ。
「よぉ〜、たっらいま〜〜♪」
「し、し、し、し、師匠――――!何ですかこれはぁぁぁぁぁぁぁぁあ!?」
 激が自分の上着に包んで抱いているのは、自分より少し年下かな?というくらいの少年。それだったらまだ驚きはしないのだが(驚くよ)、問題なのはどうやら裸みたいなのである。
 こーなると。
 目を綴じているのは眠っているというより気絶しているとしか思えない。否、多分そうだ。絶対そうだ。
 そう思った途端、カイはがっくりと膝を付いた。明日の三面記事に師匠がでかでかと載っているのと、マスコミの質問攻めにあう自分の姿をリアルに想像してしまったからである。
「師匠……最後に言わせてもらいますけど、私はそれでも師匠は根は真面目な人だと、信じていますからね……そうでなけりゃ生きていけない。私が」
 涙混じりに言うカイだった。
「ん〜?何言ってんだ、オメーは」
「けどですねぇ!(涙を流しながら)前から子犬や小猫を持ってくる事はありましたが、まさか人間の子を持ってくるなんて!」
 しかもイタズラして。
「あー、それだったら大丈夫。こいつ人間じゃないし」
「え?」
「こいつ、悪魔。インキュバスなんだぜ」
 くしゃり、と頭を撫でた。
「な〜んだ、それだったら……ってそれでもやっぱり何やってんですか!よりにもよって神父が悪魔を匿うなんて、他の人に知れたら問題ですよ!?」
「でもなー」
「でもなんですか!?」
「可愛いし……こいつ……」
 カイが真剣に悩んでいるのに可愛いの一言で片付けようとする激であった。

 以上の経過を経て、爆はここにいるわけである。ちなみにどうでもいい事だが、激は爆を抱いたまま寝たのである。本当にどうでもいい事だが。
「貴様ぁぁぁあぁぁぁぁ!」
 アッパーをまともに食らい、頭上にヒヨコが輪を描いて徘徊する激の襟首をむんずとつかむ。
「昨夜オレにあんな真似して、よくもおめおめ顔を出せたものだな!」
 どちらかというと顔を出して来たのは爆の方なのだが。
「そりゃー俺も悪かったと思うよ。でも言い訳させてくれんなら、あの時酒入ってたし、何よりオメーが可愛い過ぎるのが悪ィ」
 ゴッ!
 そのまま激は床に叩き付けられた。顔面から。
「……本当なら元が何か解らないくらい切り刻んで辺土界<リンボ>へ堕としてやりたい位だが、そんな事をしたら貴様と同レベルになるからしない。ありがたく思うんだな」
 ぐしょっと、とどめに踏みつける爆だった。師匠が攻撃を与えられている間にカイがなにも出来ないのはやっぱり血を鼻から大放出させているからである。暴れたせいで爆はもう裸だった。
 すっかりずり落ちたシーツを纏い、爆は外へ出ようとした。
 出れなかった。なぜかふら付き、平衡感覚を失ったように後ろへと倒れこむ。
(あ……れ……?)
「おっと」
 床へ激突するまえに、激が受け止める。一時的なっものではなかったらしい。
「何……だ……?」
「昨日吸魔結界に閉じ込めちまっただろ。酔ってて手加減無用でやっちまったからなー。殆ど魔力は残ってねーはずだぜ」
 そこに在るだけで精一杯のはずだ。さっきまでは怒りに任せてたから気づかなかったらしいが。
「さて。という訳で魔力補充しねーとな」」
 中途半端に寄り掛かってる爆を、ちゃんと横抱きにする。
「何をする気だ」
「何って……オメーはインキュバスなんだから、魔力の源は人間の性欲、だろ?」
 爆のいやな予感がいよいよ具体化してきた。
「だから、ヤろーvvv」
「嫌だ!!!」
 これ以上ない拒絶で突っぱねた。が。
「遠慮すんなって」
「アホー!本気で嫌がってるのが解らんか――――!!!」
 爆の意思を無視して寝室へ強制移動する激。その姿は一部始終を知ってるカイの目にも人攫いにしか見えなかった。

「離せ!離せとうのが聞こえないか!」
「だーーー!イテテ!髪引っ張るのは反則!!」
 たった数メートルの間に激しく争いながらも、無常にベットは目の前である。ぽふん、と降ろされたところでそのまま大人しく横になるわけもなく。
「離せ……はーなーせぇぇぇぇぇぇ――――!!!」
 ジタバタ暴れる爆を押さえ、激は何だか小さい子供を歯医者に連れて行くときの気分になった。
「馬鹿。オメーそのままだったら死んじまうかもしんねーんだぜ?」
 そう。ここに在るだけで魔力というのは消化するものなのだ。普段なら、それは微々たるものだから大して問題にはならなのだが、今は。
「やかましい……それでも貴様の助けなんぞいらん……」
 そう言う爆はとても苦しそうだ。目の焦点は定まらないし、よく見ると手の先が半透明になって向こうが透けて見える。
「……そーゆー性格は好きだけどよ」
 信念を貫き通しても、死んでは元も子もないのだ。命を護る位の妥協は知って欲しい。
 殆ど力が尽きて、それでも抵抗を止めない爆をきつく抱き締め、口付けた。
「んッ―――!」

 口を閉じるより先に舌が侵入してきた。
「っふ……ぁ……」
 噛んでしまえばいいのに、すぐ絡まった舌は自分のも噛んでしまいそうで。
 普段のくせからかつい合わせてしまう。
「んぅ……」
 途中、角度を変える度、その隙間から誘うような溜息が漏れる。かなり永い時間そうして、名残惜しげに唇が離れた。その時に、後を追うように爆の顔が上がる。
「慣れてるな……」
「ん……」
 しっとりと妖しく濡れた口唇に指を伝わす。それだけでも感じてしまうのか、ふるりと震えた。
 首筋をきつく吸い上げれば、もっと確かな反応が返ってきた。
「やめ……」
 口付けから僅かながらも魔力を吸収したおかげで、少しは身体もいう事をきくようになった。
 が。
「ひぁ……!?」
 思ってもみない刺激に硬直する。
「シッポ弄られると弱いんだよなー。爆はv」
「き……さま……あの時は酔ってたんじゃ……」
「酔っても記憶は残るタイプなんだ、俺v」
 ちょっと意地悪して、口に含んだ尾に歯を立てる。そんなに力を入れたわけでもないのに、喉に引っかかったような声を上げて縋りつく。
「きさまぁ……!」

「きさまじゃなくて、激」
 そうしてまた深いキスをする――

「あ……はっ……あぅ……」
 向き合い、抱き寄せられたままの姿勢で、後ろへ刺激を与えられる。
 抱きつけば楽なのに、そうしないのはプライドだろう。
「んん……ッ……んー……」
 頭を振って堪えられる訳も無いのに、快楽を必死に我慢しているその様子は、どうしても苛めたくなってしまう。内部にある指を一本増やして、更に奥へと突き入れた。
「あぁっ!?や……!」
 爆の背中がしなやかに反る。
「昨日ヤッた時、奥の方が気持ちよさそうだったけど?」
「違……やぁぁぁぁ!」
 蠢かしながら進む指に、弱い電流みたいな快楽が突き抜けた。下に着いてシーツを握る手が震えている。
「あッ……あッ……あくぅ……!」
「やっぱり気持ちいいんじゃんv」
 顔を真っ赤にしながら喘ぐ爆の口唇に、今度は軽くキス。
「何かして欲しいんならちゃんと言えよv」
「ばか……っ……!」
 拒んでみたが、本当は欲しくて欲しくてたまらない。でもそれを言うのはかなり癪だ。
 感じる場所を集中して責めたりしたが、爆は断固として言わなかった。
(強情だなぁ……)
 でも、ま、その方がおとしがいがあるか、と常に激は前向きだった。
「ぁ……」
 指を引き出される時に名残惜しげに締め付けてしまって、爆は一層頬に朱を散らす。
「大ー丈夫。ちゃんとやるから」
 そう言って、十分解れている爆の秘部に自身をあてがい、ゆっくり挿入する。
「あ……あ、はぁ……!」
 無意識か、爆の腕が激の首に絡まる。
「痛くねぇ?」
「あふ……ぅ……」
「痛くねぇよな、そんなに気持ち良さそーな顔してるしv」
「うー……」
 愉快そうに言う激にギン!と眦上げてみたが、いかんせん濡れた双眸では効果がない。
「……げ……激……」
「ん?」
(こいつ〜……!)
 中途半端に繋がったまま、全然進んでない。心はともかく、身体はすっかり快楽を受け入れることを待ち望んでいるのに。
「さっきも言ったよな。何かして欲しいんなら自分から言いな」
「……!」
(言えるか、そんな事!)
「どーしたぁ?もしかして、口じゃ言えねーことシテ欲しいのか?」
 首筋を摩る激の手から逃れるように身を捻る。
「なぁ……」
 顔を真っ赤にして、そっぽを向いてでも震えている。
(好きなんだよねー、こういう顔vv)
 爆の腰を掴んで、ゆっくり上に上げる。
「ぇ……何……」
 戸惑う爆に、激はにやりと笑う。
「だってして欲しい事、言ってくんねーんだもん」
「な……!」
(ヤリたいって言ったのはそっちじゃないか!!)
 なのに何故こんな事さればければならないのか。理不尽だ。
「あ……ぁ……ッ」
 それでも火照った身体から満たされるものが失われる感覚に、どうしようもなく疼く。
「……れ……て……」
「あん?」
 蚊の鳴くような声で、爆が何か言った。
「奥まで、挿れて……!」
 ぼろぼろと涙が溢れる。羞恥のためか、快楽のためか。
 俯いた爆の頭をくしゃりと撫でる。
「よく出来ましたvじゃ、ごほーびやんねーとな」
 ぎりぎりまで、ほとんど抜けた状態から、一気に最奥まで突き入れる。
「――ッひぁぁぁぁぁああぁぁ!!」
「ッ……!」
 ようやく待ち望んでいたものに満たされて、喜悦の表情を浮かべる爆。激のほうも、これ以上ない快感を感じ取っていた。
(やべ……挿れた途端イキそうになった……)
「爆……気持ちいーなー、オメーの中……熱くて、濡れてて……絡みついてくる」
「あッ!あはッ……あああぁぁ!」
 感じるままに鳴く爆。こういう時はインキュバスなんだな、と思う。そうでなければただの子供にしか見えない。
 ただの子供で。
 自分がどうしようもなく好きになった子供だ。
「なー、中と外、どっちに出して欲しい?」
「んッ……中……」
 今の爆の瞳は誘う瞳。
 言われたなら請われるままに従うしかない類のもの。
「可愛いよ、お前は本当になv」
「あく……!ん――――………!」
 か細い嬌声を発して、爆は激の熱を受け取った。

「…………」
 ベットから上半身だけ起こし、爆は目の前で手を閉じたり開いたりしていた。
 一時期はかなりやばそうだったが、何とか大丈夫みたいだ。……そのための手段がかなり不本意なものだったが。
「爆ー!」
「どうわ!」
 てっきり眠っているとばかり思っていた激が、後ろから抱き付いてきた。何も準備出来ていなかったので、素で驚く。
「えぇい!何をしている!」
「やー、良かったなー。俺爆が消えちまうんじゃねーかって、マジで心配してたんだぞ?」
「……心配してたくせに、焦らしたり意地悪したりしたのか……」
「それとこれとは話が別だ」
 真剣な表情で言う激だった。
 爆が呆れていると、激が顔を近づけてきた。
「?」
「助けてあげたお礼のちゅーは?」
「…………」
 ブチン!(爆の堪忍袋の緒が切れた音)
「何がだぁぁぁぁぁぁぁぁ!そもそも貴様のせいでオレの命が危うくなったんだろが――――!そんなふざけた事ほざくのはこの口か!?この口かぁぁぁぁぁ!?」
「いひゃいいひゃいいひぇーっへ!」
 口付けされる予定だった口は哀れにも左右に伸ばされただけで終わった。
「……ったく……って、貴様大丈夫なのか?」
「へ?にゃにが?」(まだ口が痛い様子)
「何って……魔力の大半オレに上げて、それで平気なのか?」
 爆のその台詞に激は何故か胸を張り、
「平気平気、これでもこの俺様……」
 バタ!
 すぴー、すぴー……
 唐突に倒れて爆睡する。どーやら身体が限界で回復のために眠りについたようだ。強制的に。
 間抜け面を晒して眠るこける激を見ながら、爆は、
(……本当に無責任な奴なら、こうなる事知っててやらないよな……)
 まぁ、単に知らなかっただけだという説もあるが。
 激は上半身何も身に着けていない。シーツをかけてやった。
(ヘンな……奴……)
「俺様……の続きは何なんだろう……」
 いろいろな思いを残して、日が暮れていく。
《END>