Before Devil
「ん……っ……」
相手の口唇が側に来た。それだけで肌があわ立ち居た堪れない。
「や……だ……!」
知らない事への恐怖からか、拒絶する。
「爆……」
身を自分で包み込むように蹲る爆に、そっと声をかけた。
「強要はしたくないけどな……このままじゃ、お前の身体が……」
「解ってる……」
こういう事を閑がしようとするのは……全て自分の為。
解ってる。解ってるけど……!
「大丈夫だ。オレにはオレのやり方がある。……迷惑はかけん」
詭弁だ。すでに迷惑を掛けている。
悔しさにきゅっと口唇を噛んだ。
「なぁ爆。これくらいなら許してくれるだろ?」
くい、と顎を掴んで上向かせ、口唇を重ねた.そこから、閑の魔力が流れ込んでくる。
(大分、ヤバいな……)
たったこれだけでも解る。爆に魔力が殆ど無い。原因ははっきりしている。まだ、爆は快楽というものを知らないからだ。
快楽の使途、インキュバスであるにも関らず――
はー、と真は溜息を隠せなかった。
「またダメだったか……」
「すみません。至らなくて」
「いや、いい貴様のせいじゃない」
頭を下げかけた閑を手で制した。
「……純粋なインキュバスなら良かったんだがな……爆には俺の血も混ざってるから、貞操観念が通常の淫魔のものと違うんだろう」
ただ、快楽を作る術でだけでなく、特別の意味も含んだ行為として、無意識に認識している。
だから拒むのだ。魔力を補充するためだけに身体を繋げる自分を浅ましく思い。
その気持ちは痛い程良く解る。実際自分もそう思うのだから……
しかしそれでも、爆はヴルカン(炎の精霊)である自分とは違い、そう、淫魔なのだ。
行為をしなければ存続に関る事だ。しかも爆はまだ一回もしていない。
自覚は無いだろうが、もうギリギリの状態だ。
一刻も早く己の性質である快楽を覚えさせないと、存在が霧散してしまうかもしれない。
「……仕方が無い。俺が行こう」
この手だけは使いたくなかったのだが、緊急事態だ。
「……申し訳ありません。本当は俺がしなければいけないのに……」
炎と天、両方から頼まれたのに。
「だから、いいと言ってるだろう。……寧ろこの方が……あ、いやいや」
こほん、と咳をして発言を誤魔化す真だった。
「それはそうと、天にはくれぐれも内密にな。父親の俺が爆に手を出したと知ったら怒るだろうから」
そうでなければ自分が進んでやっていたのだが。
席を立ち、服を翻して真は爆の部屋に向かった。
爆の部屋には物理的観念というものはない。まぁそれは爆の部屋に限ったものではないが。
ベット、と果たして呼ぶのか。上の空間から唐突に出現しているシルクより滑らかな布達が、下に行くにつれ幾重にも重なり合い爆が座れる空間を作っていた。
そこへ、爆は横になっている。
……身体を繋げなくても、魔力は補充出来る。
必死に何かに言い訳していた。
「爆。入るぞ」
空間の一辺が人が通れる程の楕円に抉られる。そこから真が現れた。
「真……」
小言でも言いに来たのか?と明らかに警戒している。
「爆……今日もだめだったらしいな」
「う……」
それを言われると返す言葉が無い。
「解ってると思うが、インキュバスは他の存在と繋がる事で魔力を蓄えるんだ。そうしないと生きていけない。
……ただ単に魔力の摂取、というだけでなくていつまでも身体を重ねないのは自分の性質を無視しする事にもなる。そうしたら待っているのは、世界から消去される事だけだ」
「……解っている……」
隣に座った真を伺いながら爆は言う。
「……でも、他にも方法があるだろう?今まで探さなかっただけで。オレはそれを見つけるから……」
「爆」
――――!?
真の瞳を見た瞬間、耳の置くがキンとなって……身体が自分の管轄を離れた。
漂っているかの浮遊感。覚束無い意識の中、真の双眸だけがリアルだ。
(これって……もしかして……)
存在が違う自分の両親が交われたのは、偏に真が「淫」の性質の魔術を覚えていたからだ。
その魔術は「魅了」。相手の深層意識まで入り込み、思うが侭に操る――本人は自覚があっても逆らう事が出来ないという。
(それ……なのか……?)
何で?そうまでしてやらないといけないの?
何……で……
「爆、横になるんだ」
「…………」
言われるがまま、爆は……爆の身体は横たわる。
(嫌だ、こんなの――!)
「し……い、ゃ……」
動かない口で訴える。
「爆……お前は気づかないが、もう限界をとっくに超えているんだ。お前はもう、何時消えてもおかしくない状態に在る。……それだけは、なんとしても阻止しなければ……」
「だ……か、ら……他に……」
「俺も一通り当たってみたが、見つからなかった。……時間がもうない」
「…………!」
真の手が脱がしにかかる。これから起こる事を暗示しているようで、爆を震わすに十分だった。
自由がきく首を懸命に振った。
「――酷くはしない」
そんな爆にそうとだけ言って、始まりを告げるキスをした。
爆が初めて味わう、溺れるくらい深く、翻弄される深い口口付けを――
「あ……!あ、あぁ!」
肌をきつく吸い上げるだけで、堪らない疼きがそこから全身へ駆け巡る。
快感というには強すぎて、どちらかといえばもはや苦痛に近い。
「や……ぅ……ッ!」
「空っぽだからな……その分少し触れるだけで多く流れ込むんだ」
だから、苦しい。
「……!」
真の手が熱を持ち始めた自身へ向かい、爆ははっとした。
「や、真……だ、めぇ……!」
けれど、身体は動いてくれなくて、動かされる指に従い爆はあられもない嬌声を上げた。
「あッ、あぁぁ!はぁんッ!あぅ!」
くち、と先走った液が真の手を自分の間で厭らしい音をたて、爆は羞恥で焦げそうだった。
(やぁ……!こんなの……!)
知らない自分を突きつけられる。
自分は、こんなに淫らで快楽に従順なのだと思い知らされて。
「ふぁ……!?ああぁぁぁぁぁッ!」
突然熱い壁に自身が包まれて、爆の腰が浮く。それが、逃げたものか求めているのか、爆に区別が出来なかった。
「ゃあう!あぁッ!あ……あ―――!」
爆の意思を無視して迫り上がる熱を、抑えられるはずもなく。
気づいた時にはもう甲高い悲鳴みたいな声をあげ、真の口内に放ってしまっていた。
「……は……ぁ……」
薄い胸が揺らめくように上下する。頬を濡らす涙を拭い、それが落ち着くのを少し待って、爆の身体を反転した。
「あ……?」
ふ、と浮かんだ身体に意識の霞みも少し取り払われた。状況判断が出来る頃には、腰を高く上げて、自分でもろくに見た事も無い箇所を、相手に曝け出す格好をして。
「や……!」
まだ何もされていないのに涙が伝った。
「爆」
術をかけられたまま逃げようとした爆は、真の声を聞いた途端僅かな抵抗を止めてしまった。否、封じられたのだ。
「あ……」
背中を真の薄い口唇が滑る。下へ、もっと下へ……
そして。
「い、いや!そんなとこ……!あぁぁぁ!」
入り口を擽るように舐めてから、確かめるようにゆっくり入ってくる。
舌で解れた所から、指が入って中を掻き回す。
ぞくぞくとした、身体を掻き毟りたくなる感覚。自身を直接弄られるのとはまた違った快楽があった。
じれったくて、もっとして欲しくなって……
「ひっ……く……!ぅ…ん……ンンンー!」
何かとんでもないことを口走ろうとした口を、下にある布を噛む事で防ぐ。
が。
「顎がいかれるぞ」
「やぁだ……!ひぁ……あン!」
爆の内部にたっぷりと唾液を注ぎ終えた真は後ろから爆の顎を上向かせた。
「ぅく……!ふ……!」
真の指が口の入ってきた。これでは閉じようとしたら真の指を噛んでしまう。
自然と口から力を抜いた。しかし、そうすると防いでおきたい淫らな嬌声が、次々と口から出てしまい。
「はぁ……!ふぁ、んッ!ッあ、あ……!」
これを自分が出していて、真も聞いているのだと思うと、いっそこのまま消えてしまいたいぐらいだった。
「あぁぁぁ……!やだぁ……!」
しかも声を出す度に中の熱がまたぐん、と増えて。さっきの開放感を身体が待ちわびている事が嫌というほど解った。
指がまた一本増えた。バラバラに動かされるとゾクゾクする周期が短くなった。
ぴん、と身体が張り始めた。さっきしたから知っている。熱を吐き出す準備。
「ん!……は……」
あまりにも唐突に。
指が引き抜かれた。
さっきまで指を受け入れてた箇所は、熱を保ったまま、じんじんと疼いていて。
あんなにやめて欲しいと思ってたのに。
また身体が浮いて、今度は座った真の上に乗る形になる。
昔、こうやって真の膝に座ったな、と背中に感じる体温に今の状況を忘れた。
「……真……?」
しつこいくらいに首にキスを繰り返す真に、首を捻った。
自分に向けられた顔に、また一つキスをして、爆の腰を浮かし、秘所に自身をあてがう。
「……!?」
感じた自分以外の熱に爆が驚く。止めさせる前に、熱く猛った真が最奥を目指して突き進む。
「いッ……ぁ……ああぁぁぁぁ――――ッ!!」
苦しい。圧迫感なんてものじゃとても片付けられなくて。
「ひっ……い、た……!あふ……」
さっきはまだ声を出せば楽にもなれたけど、今度はそうにもいかなくて。
喉は酸素を出すばかりで吸ってはくれない。
「ッは……あ……ぁ……」
ここでまた顔を捻られ、真に深い口付けをされる。くちゅくちゅと舌同士が絡まりあう深いものを。
「ん……んっ……」
そうすると喉まで塞ぐ何かが、少しは無くなったような気がして、爆は全神経を真との口付けだけに集中させた。
もっと、と強請るように口唇を押し付ける爆に、真は更に置くまで舌を入れ、口内を弄る。
ディープ・キスで解れてきた爆の身体は、挿れた時のようなきつい締め付けが緩くなった。ゆっくりと、腰を上下に揺さぶる。
「あッ……ぁあッ……はぁ……」
甘さを増した声がする。
「痛くないか?」
「……も、ぅ……解らな……」
ただ、疼く内壁を擦られる度、頭の頂点まで響く電流みたいなものがするだけ。
大丈夫らしい、と判断した真は動きを速くした。
「ひ、ぁ!あぁぁん!やぁ!あくぅッ!ふ……ぅ!」
追いつけない快楽に、爆はふるふると首を振った。
「ふぁ……あぁ!?」
ゾクン、と今まで感じたもので一番強いのが背筋を伝った。
「いッ……ぅ……あ……!」
「ここか……」
「ああぁぁぁ!はぁッ!」
そこばかり突かれて、痺れが引かない内に次の波がやってきて。
どうなるんだろう。こんなに感じて。
終わってもちゃんと前みたいに暮らせるのかな。
「ひっ……ん!あアァ!あ――……!」
真ので擦れた所が解けたみたいに、内部に分泌液が増す。それが動きを手伝ってもっと激しくなった。
「あ!あ!……し、ん……!も、ぅ……!」
深い場所まで真が入ってきて。
その衝撃で熱が爆ぜた。
「なぁ……爆……いい加減機嫌を直してくれないか?」
真に背を向け、爆は先程から一言も口をきいてくれない。
「……確かに切羽詰った状況だったのは認めてやるが、それにしてもやり方ってものがあるだろう!何もよりによって術をかけなくても!」
「いや、だってなぁ……」
真はバツが悪そうに頭を掻いて。
「……本気で抵抗されたら、多分俺は逆らえないだろうし……だったら初めから抵抗するのを封じ込めればなんとか……」
実の所、閑が爆と事に至れなかったのもそれが原因だったりする。
「爆……」
打って変わって、真剣な口調になる真。
「……インキュバスとして、生を受けた事を後悔してるか……?」
その言葉は悲痛に満ちていた。
「そんなこと……!」
「……やっとこっちを向いてくれたな」
振り返ると同時に抱き締められる。
……ひょっとして、騙されたとか?
……全く。
「別に、後悔なんかしてない。生まれなければ、かぁさんや真や炎や現郎にも会えなかった訳だしな。」
「……そう言ってもらえると、父としても嬉しい。
それにもう一回身体を繋げたしな。当分はしなくても大丈夫だ」
髪を愛しげに梳く。
「あー、でも今の事は天には内緒だぞ」
「何でだ?」
疑問に思ったが、何かに怯えるような真にそれ以上何も訊けなかったという……。