天馬を知ってる人が今の光景を見たら、10人中8人は「てっちん悪いものでも食った!?」と心配するだろう。
今、天馬はドラマを見ている。
コメディーではない。
ラブストーリーだ。
ブラウン管の中で、主役とその相手の役者が、熱烈なキスを交わしている。
うひゃーと声にならない声を上げ、手持ち無沙汰に何となく抱えたクッションをきつく抱きしめる。
何故、天馬がスポーツニュースではなく、こんなドラマを見ているかと言えば。
それは趣向ではなく、勉強の為だった。
天馬には、恋人と言える人が居る。
帝月。
つい先日、好きなのだと告げられた。同時に、胸も見られたと普通よりインパクトのある告白劇となったが。
で、恋人になった訳だが。
訳なのだが。
………特に何も変わらない。
翌日、登校した帝月は普通におはようと言った。天馬なんか、会ったら何をまず言おうと、昨日帝月と別れてからずっと考えていたのに。
まさか夢だったのでは、なんて思ってしまうくらい、あまりにも普通で。
(……ミッチー、オレに好きって言ったけど、恋人にはなりたくないのかな)
本人が居たら、すぐ否定してくれるだろうに、あいにく家には天馬一人。
「ミッチー………」
よく考えたら、携帯電話の番号だって知らない。
「……………」
何だか考えれば考える程気がめいってしまいそうで、天馬はもう寝る事にした。
早寝たせいで、早く目が覚めた。
これが平日だったら、先生が早起きをほめてくれるかもしれないが、今日は休日だった。
何か、全部する事がずれてる気がする。
ムス、としながら、天馬は早朝の気分を味わうべく、散歩に出かける事にした。
「へっへー、誰も居ぇや」
夏休みだったらラジオ体操が催される公園には、犬の散歩をしている人や、老人が2,3人居る程度。
それぞれに何か予定があったのか、程なくして公園には天馬だけとなった。
どうしよっかな。
ちょっとまた歩くか、もう家に帰るか。
つらつらと考えていると、道の通りに見知った----
いや、見知った所ではない。
「ミッチー!」
気づけば、叫んでいた。
この出会いは2人とも予想外で。
天馬にしてみれば、何で帝月がこんな所に、で。帝月にしてみれば、何で天馬がこんな時間に、といった所だろう。
進む方向を曲げて、帝月が公園に入ってくる。
砂地の足音と、天馬の鼓動がダブる。帝月がベンチに並んで座ったときが、一番鼓動が煩かった。
「あ、おはよー」
挨拶はちゃんとしないと、と天馬がすれば、帝月も返す。
「どうして、こんな早くに起きているんだ?」
「ミッチーだって起きてんじゃん」
「僕は、いつも朝の5時に起きている」
朝の5時………
天馬にとっては、未知の領域だ。
「で、お前は何か用があるのか?」
「用って程じゃねーけど、昨日早く寝たから、早く目が覚めちまって」
「何でまた、早く寝たんだ?」
気分でも悪かったのか?と顔色を伺う帝月。
特に何でもない、と心配してくれる帝月に言葉を濁した。
「ミッチーは?こっちに何か用?」
「…………」
帝月が黙り込んだ。
何か気に障ったのかな、と思っていると。
「……家にまで行くのは、さすがに気が引けてな」
「え?」
「お前に、会いたかったんだ」
「…………!!!!」
目の前の、綺麗な人が自分に会いたがっているのだと言う。
天馬は真っ赤になる顔を自覚した。理由は、嬉しいから。
「じゃ、じゃあ、会いたいって言ってくれれば、オレも」
オレだって会いたかったんだ、と心で素直な自分が叫ぶ。
「始終べったりして、鬱陶しがられてはかなわんと思ってな」
「……そんなんしてると、オレ、ミッチーは素っ気無いヤツだ、って勘違いすっかもよ?」
事実そうなりかけたのだが、それは隠して茶化すように言う。
天馬は冗談半分に言ったのだが、帝月は真剣な顔で。
「それは、困る」
と、言った。
また熱くなる顔。
何か。
何か………
(ミッチーって、オレが考えてるよりも)
自分の事が好きなのかな、なんて。
今難しい顔をしてるのは、自分にどうやれば嫌われず、誤解されずに出来るのだろうか、と考えているからなのかな、などと。
勝手な想像が、止まらない。
うだうだしたのは好きではないので。
本人が折角目の前に居るのだし。
「ミッチー、オレの事、好き?」
「ッツ!?」
ガタ、とベンチから転げ落ちかねない帝月。
「何を、いきなり……!」
「だって、何だかあんま恋人って感じじゃねーし。ドラマとかのと違うじゃん」
恋人と思っていいの?と何とも可愛い事を訊いてくる天馬に、帝月は必死に自制している。
「……ドラマと、どう違うというんだ?」
そんな切り返しをされ、天馬はえ、と考え。
「……デートしたり、とか?キスしたり、とか?」
指を折りながら、たどたどしく答える天馬。
「あと、急にフランス留学の話が持ち出されたり、親が危篤になったり、妹を恋人と勘違いしたり、白血病になったり」
「……………」
確かに、ドラマではありがちだが、と思いながら何もいえない帝月であった。
「まぁ、留学だの病気だのはともかく」
帝月は天馬を見据え。
「デートとか、キスは……していいなら、するが?」
「ほぇ?」
………”していい”とは、どういう意味なのか。
天馬は考えあぐねる。
「デートは……日を改めてしよう。
キスなら」
今でも。と。
す、と顔が近づく。
え、え、え、と宙に浮かんでいた思考が戻る。
「や、ちょっと、ミッチー!そんな急にしなくても………」
「僕は、ずっとしたかったが?」
鼻先にまで近づいた端整な顔と、そのセリフで、天馬の動きが止まる。
天馬は止まったが、帝月は、そのまま。
(………あ)
キス、される
そして。
登校し、教室のドアを開ければ、何やら、女子が数名、固まって煩い。
「何?何話てんの?」
「あ、てっちん。ドラマの話よ、昨日の」
あぁ、恋愛ドラマの話か、と天馬は納得する。
恋愛ドラマなんて天馬は見ない。最も、ある期間だけ見ていた。そう、ある期間だけ。
「いいよね〜、あのキスのシチュエーションv」
「でも、あたしはホテルってのはねぇ……」
「でもスィートよ!最上階なのよ!」
乗り気でない相手に、身を乗り出して主張。
「ね、てっちんはどんなのがいい?」
一人が天馬に聞いた。
「んー、朝早い公園…………」
ぽつ、と呟き、はっとしたように口を止める。
そこまでの反応には気づかなかったのは、へぇー!という声が上がった。
「てっちんも、やっぱそんな事思うんだv」
「早朝の公園ねぇ。何か健康的でさっぱりな雰囲気だわ。うん、らしいらしい」
「ふざけてブランコとか乗ってる時に、屈み込まれてちゅvとかねv」
わいわいと盛り上がる皆に、えへ、えへへ、と引きつった笑みで何とか誤魔化す天馬、頬が、うっすら赤い。
そして、最後のセリフを聞いて、次はそうしてみようかなと思った帝月だった。
<END>
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