次の日曜。
特にこれといった用事はないけど、またデパートとかに出かけようと、帝月が天馬に言い出した。
学校に居ると、ついつい皆との喋りに夢中になってしまうので、寡黙な帝月はその輪から外れがちだ。
気にはかけるけど、元から何となく付き合っているというのが気恥ずかしくて、天馬はあまり学校で帝月とは話せない。
そんな天馬の心境を気遣ってか、単に自分が2人きりで会いたいのか、たぶん両方だろう。
「これって、デー………ト?」
思いっきり間が開いたのは、その単語を口にするのが恥ずかったからだ。
疑問系とは言え解ってくれたので、あぁ、と少し機嫌を良くして返事する。
「そっかぁー………」
ぬぅーと指を組んで何か考え込む。
「予定でもあるのか?」
無理強いは決してしない。
そう問えば、何かのスイッチでも入れたみたいにぶんぶんと振られる首。
「行く!オレだって行きたい!!」
「……そうか」
その時、帝月はかなり上機嫌で返事をした。
行きたい。
でも、デートって何を着ていけば良いのだろうか。
前回はまるっきりフツーな格好をしてしまったのだが、大好きな人と過ごすひと時なのだ。
それ相応の姿をしたいじゃないか。
それに。
(……可愛い格好したら、ミッチー、オレの事もっと好きになってくれるかな)
ふと浮かんだ自分の考えに、真っ赤になる。
ぺちぺちと熱くなった頬を叩き、箪笥を漁る。
前に両親が帰った時、土産にと貰った。インドで買ったノースリーブのワンピースのような服だ。少し色のついた白い、シンプルな。民族衣装らしいが、街中の日本で着ても全然おかしくないデザインだ。
これにしたのは選別ではなく、女の子らしい服といったら、これしかないのだ。
帝月が気に入ってくれますように、と、明日に備えてハンガーにかけた。
天馬は決して時間にルーズな方ではない。のに、こうして帝月が一人で待っているのは、彼が来るのが早いのだ。
そろそろ時間だ。待ち合わせの此処に、何処から来るのかと周囲に視線を巡らせて見る。
と。
スカートの裾を広げ、走ってくる人物。履き慣れていないのか、スカートを蹴るように走っている。
髪はふわふわの金糸で、まるで天馬のようと思っていたら。
「おーい、ミッチー!!」
天馬だった。
「ミッチー、早いなー。オレ、結構早く出たんだけど」
いつもなら、僕が来たくて来ているのだから気にするなと一言言ってやる所だが、この時の帝月はただ固まっていた。
天馬の事は、可愛いと思う。着る物に気を配れば、十分美少女として通用するものがあると。
とは言え、帝月は容貌に惚れている訳ではないので、服装の事については完全ノータッチだ。天馬のしたい格好をすればいい。
しかし。
ドサリ、と肩にかけてあったバッグがずり落ちたのを知る。それくらいの衝撃だ。
可愛い。
可愛いとしか形容できない、自分の語彙の少なさが憎くなる程、可愛い。
可愛い、可愛い過ぎる!!
「……ミッチー?」
目の前で手を鳴らされたような、突発的な驚きに覚めない顔をしている帝月を気遣い、そっと覗き込む。
つまり、上目遣いというヤツで。
「…………………」
はし。帝月が殆ど脊髄反射で天馬の腕を掴む。
「?」
「……予定を変更してもいいか?」
「うん、いいぜ」
にこぱ、と笑うのはいつもの笑顔なのに。
「じゃあ、僕の家にしよう」
「え、出かけるんじゃ……」
気が変わった、とだけ、帝月は言った。
勿論、この行動がこの姿を誰にも見せたくない故の独占欲から来ていているのは、当然の事だった。
せっかくお洒落したのにな、と少し不服ではあるが、元々帝月の為の格好だ。帝月が見ているのなら、まぁいいかと切り替える。
相変わらずの日本家屋で、相変わらずに親不在。これに関しては、自分も言えた事ではないが。
初めて来たのが、初めて身体を繋げた時。それ以来、暇を見つけてちょくちょく来てはいる。
自分の好きなゲームは無いし、ある本は難しいものばかりで全く読めないが、ここで帝月が育ったのだと思うと、ちっとも退屈ではなかった。帝月が振舞ってくれる、お茶もお菓子も美味しい。
余談だが、この菓子はどこぞの老舗で作られるかなり高級のものなのだが、天馬が問わなければ、帝月は言い出さないだろう。
「お邪魔しまーす」
唯一の家人は隣の帝月なのだが、やっぱり家に入る時にはこの挨拶をしなければ。
居間で茶を飲み、一服した後、帝月が言い出した。
「今日は、いつもと違う格好だな」
「あー、うん、ミッチーが気に入るかと思ってさ」
帝月は茶を口に含まなかった自分に感謝したい。絶対、噴出していた。
「な、似合う?可愛い?」
似合うに決まっているだろ!可愛い以外に何がある!!と言うか、可愛い以上に可愛い!!
そう、断言できてしまう自分であったなら。
あぁ、ほら、天馬が少し不安そうな顔をし始めた。
「……あーっとさ、これ、母ちゃんが買って来てくれたんだ。インドの土産だって」
似合う云々は置いて、天馬が説明しだす。
「現地に行っちゃぁ、何か服とか買ってきてくれるんだ。
この前チリに行った時は、ビキニ買って来たんだ」
ブッ!と湯のみの中で帝月は噴出してしまった。今度は、茶を口に含んでいたのだった。
ビ……ビキニ………!!
その単語が踊り狂う。彼の名誉の為に言うが、別にそのもの自体も、それを他の何者が着ても、帝月はなんとも思わないだろう。ここまで動揺するのは、天馬だからだ。
しかし、ビキニ。流行ではないものの、扇情的で魅力的な水着だ。
夏には、海かプールに連れて行きたいと思っている帝月。
「………………」
想像してしまった。軽く自己嫌悪。
「んでさ!」
明るい口調で天馬が言う。
今度な何だ、と茶を含まない帝月。
「今、母ちゃん達、ホテルに泊まってるからさ、メール入れたんだ」
ふと、次の天馬のセリフが解った。
そうして、帝月にとっての爆弾発言が落ちた。
「何か可愛い服があったら買ってきてくれって。オレ、そういうの自分じゃよく解らんねーから」
次はミッチーも気に入る服かも、と暗に言う天馬。
そして帝月は考えた。
何の気なしに買った服でさえ、あんなに可愛いのだ。最初からそれと目的を決められたものを天馬が身につけたら、どうなるか。
いやそれより、今ままでボーイッシュ通り越して男のままの格好をしていた娘が、唐突に可愛い服くれと言い出したのを、親はどう思うか。
勘がいい親なら、こう思う筈だ。好きな人が出来た。
そう思ったとして仮定して、素っ気無い服が送られるか-----挑発的な服が送られるか。
「天馬」
「ん?」
もぎゅもぎゅと栗羊羹を頬張りながら天馬が返事した。
「お前の両親は、どんなタイプだ?」
「んーと、子供がおっきくなったような感じかな。時々悪ふざけが過ぎて困るんだよなー」
あはは、と笑う。
両親が反対するにせよ賛成してくれるにせよ。
少なくとも、穏やかで静かな日々は、遠いようだと帝月は思った。
そうして、数日後。
これ、どうやって着るのかな、と、ガーターベルトを出した天馬に、帝月は、また固まった。
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