目が覚めた。
ものの。
完全に起き上がるまでとはいかなくて。
天馬は2度寝をしようと決め込んだ。
が、何か違和感を感じ、寝付ける事が出来ない。
何だろ……ガスの元栓閉め忘れたとか……
でも、今はミッチーの家だし、そんな事は。
「-------!!!」
そうだ。今は、帝月の家に居るのだ。
厳かな日本家屋。
広い畳の和の部屋に、自分は居た。
自分だけは居た。
肝心の家主が居ない。
「ミッ------………っ」
呼びかけは途中から堰に変わった。
喉がおかしい。
いがいがするような……風邪ではないような気がするが。
そう言えば身体もおかしい。痛いような、上手く力が入らないような。
(ミッチー、何処に居んだよぅ)
不安さも手伝って、じわ、と目に涙が浮かぶ。酷く、心細い。何でだろう。
違和感はまだ無くならない。一番肝心な所がぽっかり思い出せない。
「ミッチー」
掠れた声で、近くでようやく聴こえるかの大きさだ。
だったのだが。
カラリ、と障子が開く。帝月だと信じて疑わなかった。
部屋に視線を向け、天馬を見ると目を開いた。起きていた事に対してだろう。
「起きていたのか……」
「ミッチー、何か身体が全部変」
病気だったらヤだな、とか言うと、帝月が顔を顰めた。
「……覚えてないのか?」
そんな訳が無いだろう、というニュアンスだった。
え、と天馬の思考が宙に舞う。
しかし、目の前の帝月を見ている内に。次第に。
「ぁ、う、…………」
真っ赤になる天馬の前で、やっと思い出したか、と言う帝月も赤い。
身体が変なのも声が出ないのも、全部説明がついた。
そうして天馬はふと気づく。あれだけ汗を流した割には、身体がさっぱりしていると。
「ミッチー……風呂入れた?」
膝に顔半分を埋め、うごうごと呟く。
「あぁ、汗をかいたからな」
ちゃんとしないと風邪を引いてしまうのともう一つ。
初めて受け入れたのだから、出血は免れなかった。部屋を変えたのもその為で、今まではその後始末をしていたのだ。
まぁ、これは天馬に言う事も無いだろう。血が出た、と不用意に言って、行為自体を恐れられては堪らない。
「うー…………」
唸った天馬は、顔を全部膝に埋めた。
帝月に、傍に居て欲しいけど……顔が見れない。
全部見られたのだ。全部。
自分の知らない所までも。
「ミッチー………」
「どうした?」
「オレの事嫌いになんない?」
「………は?」
どちらかと言えば嫌われる可能性があるのは自分じゃないか、と帝月は気の抜けた声を出す。
「だ、だって、オレ、どんな風だったか全然覚えてない………」
おずおずと合わされた目は、嫌いにならいでと訴えているようだった。
「…………」
何て言ったらいいのか。
あのセリフを言うのも、そんな立場にあるのも、全部自分だというのに。
嫌いにならない、なんて。
自分は信用されてないのかと落胆すると同時に。
嫌われる事を恐れている事を、嬉しく思う。
ふわふわと舞う金糸に、そっと口付ける。
「わ、」
敏感になっている天馬には、それすら感じ取れるのか、驚いて顔を上げた。
「馬鹿だな、お前は」
「ばっ……馬鹿って!!」
馬鹿は無いだろう、と拳を振るって怒る天馬。
いつもどおりの反応に、帝月は気をよくする。
さっきまでの心もとなげな天馬も、勿論好きだが。
最初に目を引かれたのは、やっぱりこの天馬だから。
「可愛かったぞ」
「へ?」
「覚えてないと言ったからな」
だから、可愛かった、と繰り返し言うと。
天馬は顔を赤らめて。
「ミッチーの、スケベ!!!」
お前にだけな、と、どうしても口では勝てない天馬だった。
「そう言えばさ」
朝食兼昼食をとりながら、天馬は聞く。
「昨日の何か匂いのするヤツ、何処行ったんだ?」
「香炉の事か?」
そうそれ、と相槌を打つ。
「使わないから、仕舞った」
帝月の答えは簡単だ。
「いい匂いだったからさ、また出してくんねぇ?」
「……………」
帝月は何やら思案している。
昨日出したばかりのヤツを、また出すのに何か面倒でもあるんだろうか、と天馬が思っていると。
「出しても構わんが……いいのか?」
「いいって?」
帝月は淡々と言い出す。
「昨夜の香の効能は、リラックス効果に麻酔、媚薬の役割をしている」
「…………?」
天馬は首をことんと捻る。
「昔は、大抵が見合い結婚だった。つい昨日まで、顔も知らない相手と子作りしなければならない場合、これを用いたと父に聞いたんだ」
えーっと、と天馬は今言われた事を整理する。
「感情の前に、先に身体の方をその気にさせようという事らしい。
僕等の場合は、別にそんな必要も無いかと思ったんだが、痛みが和らぐのであれば、使った方がいいかと」
香はすでに上記の複数の効果を齎すように調合されていたので、そのまま使ったとの事だ。
「じゃ、じゃあ、じゃあ!!」
顔を真っ赤に口を戦慄かせて、天馬が言う。
「ミッチー、最初から………ッ!」
言いかけて、はた、と思い出す。
金曜日から来た方がいい、と言った帝月。
今日、自分は身体の回復の為に、ほぼ一日を潰すだろう。
後日になったとしても、シャキッと回復するとは思えない。余韻を少し残すだろう。
と、言う事は。あの時から?
「………何時から、その、しようって、ミッチーは」
ちぐはぐなパッチワークみたいなセリフだが、言いたい事はよく解る。
「したいと思った時なんてな」
味噌汁を音も無く啜る。
「好きだと思った時からだ」
「………………」
信じらんねぇ、信じらんねぇ、と紅潮したまま、出された食事を平らげる天馬。
この調子なら、明日はまたデートでも出来るかな、と思う帝月だった。
<END>
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