オニキスとシトリンの睦言,5





 帝月は木箱の中からそっと香炉を取り出した。
 何を考えているのか、父親は、自分がまだ8つの時にこれの活用法を説くと教えたのだった。
 あの時もつい最近も、この人は何を、と呆れるばかりだったが、今となってはそのフライングした教えに感謝したい。
 今の自分には、全てを掲げ、そして全てが欲しい人が居る。




「ミッチー、何考えてんだよ」
 先ほどから前を向き、何を話しかけても顔の方向を変えようとしない帝月に、天馬は強引に視界に割り込んだ。
「いや………」
 覗きこんだ帝月は、至極真剣な顔をしていた。
「僕達が付き合い始めて大分経つな、と思っていたんだ」
「……………」
 そう、帝月に言われ、天馬はぼっと赤くなった。
 帝月との馴れ初めは、天馬の中でのかなりの禁句だ。
 告白される前に肌を晒しただなんて、恥ずかし過ぎる。
「そっ、そー言えばさッ!!」
 だから、天馬は必死に話題転換を図った。
「ミッチーの家って、何処にあるんだ!?同じ方角ってのは知ってるけど」
「……………」
 じ、と帝月が天馬を見つめる。それに、ちょっとうぅ、と唸りながらも視線は逸らさない。
 何かを話し掛ける時はそれほどでもないが、こうして沈黙の中で帝月を見るのは、心臓によくない。
 改めて、その顔はとても端整なのだと、ドキドキして。
「……だったら、今度来るか?」
「ふぇ?」
 唐突な帝月のセリフに、一瞬耳を疑う天馬。
「嫌か?」
「い、嫌じゃねーけど、ミッチーは嫌じゃねーの?」
「嫌なら最初から言う筈ないだろう」
 あ、そーかと単純に納得する天馬。
「行っていいの?」
「あぁ」
「本当の、本当に」
「あぁ」
 確証を得た天馬は、うぁい、と諸手を挙げた。
 自分の好きな相手の家だ。招かれれば、嬉しいに決まっている。
「何時にしよっかな」
「お前に何も都合が無ければ、次の休みにでも構わないが」
「ミッチーがいいなら、その日にしよっか」
 両親は研究旅行中だ。都合など、無いに等しい。
「じゃ、土曜に行くから」
「………いや」
 帝月は顎に指を沿え、何事か思案して。
「……金曜から来たほうがいいな。
 その日、帰りはお前の家まで僕もついて行くから、着替えを持って一緒に家まで行こう」
「うん、いーぜ」
 次の休みはミッチーの家にお泊りだ、と天馬は遠足にでも行くような気分になった。
 帝月が金曜にした方がいい、という理由も特に考えずに。




 そうして、当日。
「………何を口を開けているんだ?」
 ホコリが入るぞ、という皮肉も聞こえない。
「ミッチーの家って……めちゃくちゃ広………」
 呆然と呟く天馬。何か、テレビで紹介されても不思議でない広さっぷりだ。きっと中も立派だ。
 何かのドラマのロケに使えそうな、典型的な日本家屋。母屋に、離れが1つ。付随する庭も、これまたその家に相応しいものだった。
「早く入れ」
「う……うん、お邪魔します………」
 帝月に後押しされ、ようやく中に入った。



 中に入ってしまうと、玄関での萎縮はなんだったんだ、と思えるくらい、天馬は勝手に室内を見て回った。
「うわー、すげーすげー」
「そんなに、はしゃぐな」
「ミッチー、親は?」
 お茶と菓子を持ってきた天馬は、大人しく床に戻る。天馬は気づかないだろうが、この菓子、天馬用に用意されたものだ。帝月自身は、率先して甘いものを口にするタイプではない。
 そして、天馬は疑問を訊いた。
「……母親は居ない。父親は……多分何処かを放浪している」
「え、じゃあ、ミッチーも一人?」
 あぁ、と短く答える。
「……オレ、全然知らなかった……」
 そんな大きな事、知らないままだっただなんて、と天馬はしょんぼりと頭を落とした。
「僕が言わなかっただけだ」
 だから、気にするな、と柔らかい声がする。
 天馬が、目の前の彼を好きだと実感するのは、こんな時だ。
「晩メシ!」
「……?」
「晩飯だよ、どうする?」
 あぁ、天馬が回復した、と帝月が微笑する。
「この辺にはあまり食い物屋が無くてな。行きはともかく、帰りが暗くなるから自炊にしようかと……」
「そっか。んじゃ台所借りるぜ」
 そろそろ準備しねぇとな、と鼻歌でも歌いかね無いご機嫌さで台所に向かう天馬。
「おい……?」
 帝月としては、自分が調理して、天馬にはゆっくりしてもらうつもりだった。
 が。止める暇すら与えず、天馬は冷蔵庫を開けて、メニューを考えている。
 こうなったら、自分に出来るのはせめてエプロンを貸し、手伝いを申し出るだけだ。断られるかもしれないが。
 天馬の為に新しいエプロンを出し、それを着けた時の格好を、思わず思い浮かべた。




 夕食のメニューは、帝月が要求した訳でもなく、和物中心の献立となった。
 天馬曰く、
「洋食って、続くと厭きちまうんだよな」
 日本人、やっぱり米に魚だよな!と意気揚々と言う。
 帝月が、自分も和食の方が好きだと言ったら、だったら冬には鍋にしよう、と天馬が言い出した。
 勿論、帝月が同意しない訳が無い。
 少なくとも、冬にまた帝月と一緒だな、と、天馬はこっそり笑った。




 敷地の広い帝月の家は、風呂も広い。
(足伸ばして風呂入るなんて、初めてだ……)
 ふにゃーん、と炬燵の中の猫みたいに蕩けた。
 存分に風呂を堪能した後、帝月が容易してくれた寝巻きを着る。
「へー、帝月っていつもこんなん着るんだ」
 パジャマでなくて、寝巻き。浴衣とどこか違うんだろ、と身を捻って見てみる。
 ほこほこと温まった身体になったら、後は寝るだけだ。
 案内されていた寝室の襖を開くと、布団の傍らで香炉を点していた帝月。
「ミッチー、風呂入ったぜー」
「あぁ、解った」
 帝月が退くと、香炉が天馬の目に入る。
「何、コレ?」
 興味津々、と言った具合に布団の上に乗り、近寄る。
「あ、いい香り」
 流行りのアロマセラピーってやつかな、と思う天馬。
「……あまり直に嗅がないほうがいいぞ」
 ぽつり、とそう帝月が言った。




 行ってらっしゃーいと帝月を見送った天馬に、デジャヴが襲う。
 いや、デジャヴではない。単なる記憶のぶり返しだ。
 告白された日も、こんな感じだった。
 自分が風呂に入り、帝月が入り。
 そして、帝月が出た後に……
「…………-------ッツ!!!」
 思い出した記憶は止まらない。顔の温度上昇も止まらない。
 寝よう。寝てしまおう。
 そう思ったが、ふと見れば布団は1つしかない。
(これって、ミッチーのだよな。ミッチーが引いたんだし)
 じゃあ、自分も出さないと。
 と。
 思っているのに。
「………………」
 眠い。いや、眠いとは少し違うような。
 風邪を引いて、体に熱が溜まった感じ……に少し近いような気がする。
 でも風邪ではないから、全然辛くはない。
 むしろ。
 ………気持ちいい。
 さっきの風呂よりも、何倍も。
 そもそも、質が違うのかもしれないが。
 傍らの香炉が、ゆっくりゆっくり香りを立たせる。




「………馬、天馬」
「ぅ………ん?」
 ぺしぺしと軽く頬を叩かれ、何度目かの呼びかけにようやく意識が浮上する。
「……んー……ミッチ……ィ………」
 どうやら、そのまま寝てしまったらしい。
 自分も布団を敷くから、と退こうとすれば、そのまま布団に縫い付けられる。
「………?」
 戸惑う天馬に、帝月はふ、と笑う。綺麗な表情に、天馬の意識が少しはっきりする。
「何………、」
 完全に問いかける前に、唇を塞がれる。
 かなり激しく動揺しながらも、それを受け入れる。
「ふ………っ、!」
 離れる時、そろりと唇を舌がなぞった。
 こんな事は今までしなかった。その感覚に、ぞくりと何かが背筋を駆け上がった。
(なに、何!?)
 知らない事はそのまま恐怖だ。
 でも、仕掛けているのが帝月だから、天馬はパニックには陥らない。
「み、ミッチー………」
「前もこんな感じだったな」
 ”前”が何時を指すのかが解り、天馬が赤くなる。
「……天馬」
 掠れた帝月の声。そう、”前”に聞いた声だ。
「ぁ…………」
 気づけば、着物合わせが肩より下にあって。
 と言う事は。
 前のように。
 曝け出された胸の間を、少し湿った何かが滑る。
 仔犬が鳴いた時のような声が、自分から出た。
 大した運動もしてないのに、息が切れる。
「天馬」
 何かの感覚を感じた所付近から、帝月の声がした。
 さっきのは、もしかして、帝月の舌……?
「この前の続き……しても、いいか?」
 続きって、何だろう。
 ゆっくりと、視線を帝月に合わせた。


<続く>




てっちん女の子で時夜サマから貰ったリクは2つ----……
すいません、初Hの方を優先させてしまいました!!!

しかも続きます。はい、エロばかり。