それは、ゴールデンウィークに入る週の、月曜日。
「……………!」
天馬は、目の前にある「それ」を、感極まった風に打ち震えて見つめていた。
「コ………コナンの映画のチケットじゃん〜〜〜ッツ!!
ミッチー、これどうしたんだよ!?」
「貰った」
素っ気無く完結に応える帝月。天馬は関心したみたいにふぇーとため息みたいなものを漏らした。
「いいなぁー。ミッチー、楽しんで来いよ」
と、天馬がチケットから帝月に視線を移すと。
帝月は、青汁とセンブリ茶と渋柿を一度に食べたような、渋い顔をしていた。
「?」
何でそんな顔を?というこめて天馬が首を傾げると。
「……解らんか?」
「何が?」
「と、言うか、どうして僕が映画を見に行くのを、お前に伝える必要がある?」
「ん〜?何が言いたんだよ」
「だから、だ」
天馬に自発的に解って貰いたかったのだが……それはまだ無理なようだ。
諦めたように溜息を吐き、帝月は言う。
「お前と行こう、と言ってるんだ」
「へっ?」
素っ頓狂な声が天馬から上がる。そして、時の経過とともにその表情が輝かしくなる。
「〜〜〜〜ッ、ぃやったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッツ!!ミッチーさんきゅー!!」
と、明け透けに喜び、帝月に抱きつく。その様子に、やっぱりまだ解ってないな、と帝月はまた嘆息した。
さて、当日。
電車で4つ程駅を通り越し、シネコン内蔵の大きなデパートに着いた。
「わー、入り口から暗いなー」
壁の一部が前面鏡張りなので、実際より広く錯覚する。
チケット売り場に直行しそうになった天馬を、帝月が軽くその袖を引いた。
「あ、そっか。もうチケットあるんだっけ」
あはは、と軽く笑う。
「9番のホールだそうだ。先に行って席を取っていろ」
「ん、解った」
さくさくと先に行った天馬は、真ん中の列の中ほどの席を取った。いいポジションだ。
遅れて来た帝月は、ポップコーンとポテトチップ、そしてジュースを2つ持って来た。
「うわー、ミッチー気が利くなぁ。いくらした?」
「いや、いい」
「いいって訳あるかよ。割り勘しよーぜ」
「いらんと言ってるだろう」
ジュースをスポットに入れ、ポップコーンを天馬に渡す。
「なぁ、いくら……」
「ほら、始まるぞ」
開始のサイレンが鳴り響き、室内の電灯が落ちていく。
後で教えろよ、と天馬は暗闇の中、どうにか見える帝月に言った。
「面白かったなー、ミッチー!!」
「そうだな」
映画の終わった後、興奮冷めやらぬ天馬を引きつれ、屋上のパーラーで天馬はパフェを、帝月はアイスコーヒーを頼んだ。
「ミッチー、コーヒーだけでいいんか?」
「あぁ」
ガムシロップを半分だけ入れたそれを、大して美味しくもなさそうに飲む。
「このパフェ美味しいぜ。アイスの所。ちょっとやるよ」
ほら、と長いスプーンですくった一口分を、帝月の前に差し出す。
「な…………」
ぎょ、と目を剥く帝月。
「遠慮すんなよ、ほら、アーン」
「……………」
天馬は目の前のスプーンをしばし見つめ……何でもなさを精一杯繕い、ぱくり、と口に含んだ。
「美味いだろ」
目の前の天馬は、にこにこと無邪気に笑う。
「…………」
じんわりと舌の上で冷たく溶けるアイスは、とても甘かった。
その後、ゲームコーナへ行き、ルーレットで見事非売品のマスコットをゲットしたりなどして、ぐるりと店内を回る。
ペットショップで黒猫が、客にそっぽ向いて寝ているのを、何だかミッチーみたい、と天馬がいい、それに帝月が複雑そうな顔をした。
スポーツ店で手が届かない値段のスポーツシューズを眺め、雑貨屋で誰が買うんだと問いたい程の大きなクマのぬいぐるみを見た。
そんな事をしている間に、日が傾き始めたので、帰ることにした。
結局、デパートしか行ってなかったのだが、そうとは思えない程充実した気分だ。
ゲームで手に入れたマスコットをバックに括り付け、天馬はホクホクした顔で電車の窓から風景を眺める。
(映画見て、パフェ食ってゲームして………
なんか、デートみてぇだなー)
「……………」
ん?と、天馬は自分の思った事を反芻した。
映画見て、パフェ食べてゲームして。
そして自分達は、恋人同士というヤツで。
「………………………」
隣で居る帝月は、相変わらずの表情で。
電車の揺れに合わせて、マスコットが揺れた。
帝月の背中を見て歩く。いつもは意気揚々と先走る自分を、背後から帝月が止めるのに。
(デートだったのかな……でも映画なんて友達だって行くし……でも………)
ぐるぐると思考が回って酔いが来そうだ。
「……天馬?」
「ぅわぁぁぁッツ!?」
いつの間にか近寄っていた帝月が、顔を覗き込んで来たのだ。今の天馬には堪らない。
「ミ、ミ、ミ、ミッチー!!」
「……電車に酔いでもしたのかと思ったが……その騒ぎっぷりなら平気みたいだな」
平然としている帝月が、何だか気に障った。
「な、何だよ。だいだいミッチーがはっきりしないから、オレが………っ!」
「僕が何だって?」
あ、と天馬が固まった。そして、宵闇にも見える程、顔が赤くなる。
「だ……だからさ、ミッチー………」
うー、あー、と唸った後、天馬はぎゅ、と目を綴じて言った。
「きょ、今日ってさ……デ、デート……なんか?」
「……………」
「ち、違うよな!そうだよな!!うん、オレ何言ってんだろ、馬鹿だなー!!」
あはははは!と自棄気味に笑う天馬。
「……やっと、気づいたか………」
「ミッチー、忘れて……って、え?」
「まぁ、最初だからいいかと思っていたが……気づいてくれたのなら、それにこした事は無いな」
うんうん、と考え深げに一人で頷く帝月。さっぱり変化は無かったが、先ほどの沈黙は、天馬が気づいてくれた事にどうやら感動していたようだ。
「じゃぁ、じゃぁ最初からそう言えよー!オレ、こんな格好じゃん!」
こんな、とは、白いTシャツにメジャーリーガーの選手がプリントされたものに、7分丈のジーパン。それと、オレンジの、フードがついたベストである。つまりは普段着だ。
”デート”というイベントにはあまり相応しくない。
「……いいか、天馬」
ぎゃおぎゃおと言い募る天馬に、帝月は近くで言う。
きっぱりと。
「僕がお前と何処かに行きたい、と言ったら、それはデートしたい、という事だ」
「え……」
「覚えとけ」
「う………うん」
戸惑いながら、こっくり、と頷く天馬。
「全く、さっきから何を気にしていたかと思えば……帰りの電車に乗った時からだな?」
あの時から様子がおかしかった、と帝月は言う。
「だ、だって…………」
赤い顔を余計に赤くして、天馬は言った。
「デート……ってさ………」
帝月には何をそんなに赤くなる必要があるのか、解らなかった……が、次のセリフで氷解する。
「帰りにキスするんだろ?」
「は………?」
「しねーの?」
違うの?とちょっと涙目になっている天馬に、するのだと言うのと、しないと言うのと、果たしてどちらが天馬の為になるのか。
しかし、それを考えてやれるような余裕は無くて。
天馬とキス。
それが頭に浮かんだ帝月は。
「あぁ、する」
自分にもの凄く正直に答えた。
「……………」
ふぇぇ、と情けない声が出たが、後ずさりはしなかったのは、やはり天馬も帝月が好きだからだ。
この天馬に何処がいいかと訊くのは酷だな、とさすがに帝月は思う。
公園は……人が居るからダメだな。だったら天馬の家の庭でいいか。でも其処だと少し色気が足りないか?等など思い、歩く事すらままならない天馬手を引き、帝月はとりあえず天馬の家に向かった。
結局何処でやったか、どういう風にしたか、本当にしたのか、というのは当人達の知るのみ、という事にして。
ただ、休み明けの3日程、天馬はあからさまに帝月を避け、喧嘩でもしたの?という静流の問いに、顔を真っ赤に染め上げたそうだ。
<終わり>
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