クラスの女子がテレビや身近な男の子について話していても、大して気にも留めなかった。
それは、最初からまるで興味が無かったのか。
あるいは。
すでに。
「おかえり」
なんて。
シャワーからあがった帝月を、少し間抜けな挨拶で出迎える。
それに帝月はあぁ、と小さく答え、黙って座った。
帝月が無口なのは普段からの事だが、今は何か喋れよ、と思う。
「服は?」
なんて思った矢先に言い出したものだから、少し驚いた。
「んーと、あと45分て所かな?」
「そうか……」
帝月は、また黙り、またさっき水を被る前のような思案顔になった。
そう言えば、さっきは何を言いかけたのだろうか。
「だったら、待っててもいいか?」
「ん。別に構わねーぜ」
そうして、会話は終わった。カチコチという秒針の音が耳に痛い。
(ん〜、何か、今日のミッチー変だ……)
帝月も変だが、自分もおかしい。
いつも、誰が来てもこんな風にきちんと座ったりしないのに。慣れない正座で足が痛い。
(テレビでも見ようかなぁ……でも、帝月アニメとか好きくないような気がするし)
そんな時、天馬は思い出した。絵で表したなら、豆電球がピッカーンと光るっているだろう。
「そーだ!昨日隣のオバちゃんに栗羊羹貰ったんだ!持ってくる!」
甘いものは嫌いだとか言われるかと思ったが、特にそんな返事は返ってこなかった。
とりあえずは場を埋めるものが出来た、と天馬は立ち上がる。
が。
「いッ---------ッツ!!!」
普段しない正座をしていた為、足は思いっきり痺れていた。
そして悪い事に、天馬の進行方向に帝月は居た。
慣性の法則に従い、天馬は進もうとした方向へ----帝月の上に倒れる。思いっきり踏み出したものだから、体勢の直す暇さえなかった。
「うわミッチーごめん………!!」
倒れる、と判断した天馬はそうなる前に帝月に謝った。
自分の身長分の高さとは言え、倒れこんでしまったのだから、それ相応の衝撃はあった。
せめてまともにぶつかるまい、と天馬は身体を捻ったので、帝月に上から倒れてしまう事は辛うじて無かった。
「いちちち………」
「おい、大丈夫か?」
そう差し出した帝月の手には、他意はなかった。この時は。
「へへ、足思いっきり痺れちまって……」
と、胸元でズリ、と何かがずれた。
ん?と見てみると。
目をひんむいた珍しい表情の帝月を通り過ぎ、視線の先にあったのは。
まぁ、自分の胸で。
覆ってるものの何も無い。
「………………」
「………………」
どうも、先ほど差し出した帝月の手が、起き上がる動作の天馬の肩に妙な具合にかかってしまい、結果、こうなったと。
「………ッ、ッッ………ッツ!!」
文字通り声にならない悲鳴が天馬から発せられる。
帝月の手は、相変わらずタンクトップにかかったままだ。
2人が硬直して、どれくらい経ったのか。聴こえているはずの秒針は、それに何の役にも立っていない。
(ど、ど、ど、どーしよー!!!)
本当、何をどうすれば良いのか。
と、ふいに帝月の手に力が篭る。
「ふぇ…………ッ?」
気の抜けた声を出した天馬は、その手がそうさせようとしているままに、横たわる。
「天……馬………」
出された声は、低く掠れていて。風邪で喉を痛めた時のような、そんなものではなかった。
「な………うぁ………っ!?」
唐突に、その手が裾に回り、がばり、と思い切りよくタンクトップを捲った。
本来なら、他人にこんな事をされたら、力の限り暴れて、大声をあげるべきだろう。
そうだと、天馬本人すら思っているのに。
でも、何故だか。
しちゃ、いけないような気がする。
何でだろう。
……帝月、だから?だろうか……
最初こを、声をあげまい、と必死に口を閉ざしていたが、その力も抜ける。
注がれている視線は、手で触れられているみたいに感じられる。
が、不快感や嫌悪感は無かった。
帝月は一体どんな表情で居るのか気になった天馬は、横に向けていた顔を、そろそろと起こしてみた。
その同時に。
脱がせたとき以上の強い力で、服が着せられる。
「わッ?」
「-----すまない!」
それだけ言い、帝月は玄関向かって駆け出した。
ここで逃がしてはいけない。
天馬の本能がそう告げた。体力はともかく、運動能力に関しては天馬が分がある。素早い動きで、半身起こした状態でがっちり帝月を捕まえる。
「お、おい!?」
「ヤだ!逃がさねぇ!!」
「馬鹿者!オマエ、今何されたか解ってるのか!?」
「べ、別に裸なんか、父ちゃんと風呂入ってるし!!」
「父親とは違うだろうが!僕はオマエを………ッツツ!!」
失言したらしい帝月は、慌てて言葉を仕舞った。
……この場合の「オマエ」を指すのは、当然天馬しかない。
「”オレ”?……が、何?」
「そ、それは………」
今の帝月は、”目が泳ぐ”という言葉がぴったりだ。
「………嫌い?」
そう深い意味も無しに、天馬はそう言ってみたのだが。
「違う!全く逆…………!!!」
失言、2回目。もう、顔は真っ赤だ。
誤魔化しようがない……と、あきらめた訳でもないのだが、本人としてはもっと雰囲気や気持ちを盛り上げてから言いたかったのだろう。
帝月がどんなシチュエーションを思いかべたのかは、もはや本人の心の中のみである。
「……好きだ」
「へ?」
センブリ茶でも飲んだみたいな苦い顔をして、帝月は言った。
それはそうだ。何が悲しくて、好きな子を脱がした後、その当人に腰を掴まれた格好で告白をしなければならないのか。こんな場面でいまさら格好つけた方が余程格好悪い。とは言え、もう少しやりようもあったものの。
「だから、好きなんだ!」
自棄になった言う。かき混ぜられた髪を、天馬はぐしゃぐしゃになって勿体無いと思う。
は、ともかく。
今、彼は何を言ったか。
確か、自分を好きだと言わなかったか?
「な、な、なん、なん、で?」
「まぁ、確かにこんな痴漢に好かれた所で迷惑だろうが………」
「ンな事無い!!!!」
今度は天馬が叫んだ。失言……だったかどうかは解らない。本人さえ。
帝月は瞠目した顔を天馬に向け、天馬はあれ、と首を捻った。
「あ……オレ……って……
ミッチーの事、好きなんかな……?」
「僕に聞くな……と言うか、僕が聞きたい」
それもそうだ。
そうしてややあって、
「……ん。オレ、ミッチーが好き」
自分なりに整理がついたらしい天馬は、顔を真っ赤にそう言った。自分の気持ちが解って、嬉しそうに。
その笑顔で、いよいよ天馬を見ていられなくなった帝月は、顔を伏せ、呟くように言った。
「出来れば、その……もう一枚、上に着てくれると嬉しいんだが……」
----そうして、天馬は慌てて2階に上ったのだった。
「----天馬?何か考え事?」
と、静流に声をかけられ、思い出から現実に帰った天馬。
「あ!いや、ちょっと思い出してただけ!」
「何を?」
「………えっと、昨日の晩飯」
「あはは。全ーく天馬は色気より食い気なんだから」
「はははは……」
明るい静流の笑い声が、妙に気が引けた。
(ミッチーの顔見ると、すごく顔が赤くなっちまうのって、やっぱこれが原因だよなぁ……)
そんな事を、思う。
<終わり>
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