「そう言えばさ、昨日のドラマ見た?」
掃除の時間、ごみを規定の場所に置く時に、静流が言った。
「んー?ドラマって?」
天馬はテレビは、アニメやスポーツニュースやバラエティ番組などしか率先して見ようとはしない。
だから首を捻ってそう訊くと、静流は在らぬ方向を見ながら目を輝かせた。
「昨日ねー、ついに告白したのよー!!
それがね、その時のシチュエーションがすっごくいいの!もうこっちも胸キューンvってなっちゃって!!
あー、あたしもああいう風に好きだと言って欲しいわー」
何一つとして具体的な内容は示されないものの、昨日(たぶん静流のお気に入りであろう)ドラマのメイン2人がグランドフィナーレに向かいついにくっ付いた、という事は解った。
(告白かぁ……)
実は天馬、帝月という恋人持ちだ。
勿論、そうなる為にはこの手順を省けるまでもなく。
そうして、天馬の顔が爆発したみたいに真っ赤になった。
時は、遡る。
それは春と夏の間の時で。
その日は昼から曇りだった。
「あ、じゃぁさ、ミッチーは?」
その日はクラスの女子と話をしていて、格好いい芸能人についての話題が飛躍し、格好いい男子は誰か、という事になった。
そうして、天馬は帝月の名を上げたのだが。
「ミッチーって……あぁ、帝月だから」
返ったリアクションはあんまり思わしくないものだった。
「ちょっとねぇ……何か、寄り付きにくい所があるし」
「眺めてる分にはいいけど、恋人とかにはちょっと、てタイプよね」
天馬はそれを、そうかなぁ、と首を捻りながら訊いていた。
放課後。
朝は太陽が透けていた曇天だったが、今は正しい時刻が計れない程分厚く空を覆っている。
おまけに、雨まで降らしていた。
「うぁ……強くなりそー」
クラス委員の仕事でちょっとばかり遅くなった為か、昇降口にいるのは、そう呟く天馬だけだ。
傘立てにはちらほら傘があるが、それを黙って借りる程天馬は廃れていない。
いっそ走って帰ろうか。濡れて、一発で風邪を引く季節でもなし。
天馬がやけっぱちな覚悟を決めかけた時、誰かがやって来た。
「あ、ミッチー!!」
見知った顔を見て、顔がぱっと輝いた。
「今帰りなんか?」
「図書当番だった」
「そっかー、あのな……」
「傘に入れて、だろ」
素っ気無く言い、傘立てから黒い傘を取り上げる。
天馬はまずきょとん、とした顔をして、
「何で、解ったんだ?」
「外は雨で、オマエが僕を見つけて喜ぶ理由を言ったら、それしかないだろう」
言われてみれば真っ当な理由に、天馬は照れくさそうに頭を掻いた。
「んじゃ改めて、入れてもらっていい?」
「仕方ないだろう」
ばさり、と傘が広がる。
傘の中、並んで歩く。
会話が無いか、別にいつもの事だ。
「へへ………」
「……何を笑ってるんだ」
「ミッチーてさ、優しいよな」
と、天馬が言ったと同時に、帝月が持っている傘が大きく揺れた。
「何ッ……!」
「今日さ、女子と格好いい男子って誰か、ていう話になってさ。
ミッチー格好いいじゃん、てオレ言ったんだけど、皆は格好いいけど寄り付きにくいんだって。
ミッチー、ちゃんと優しいのにな」
「…………」
な、と顔を向けたが、帝月は俯いていた。
ひょっとして、また下らない、と厭きられてるのかな、とでも思っているのだろうか。
ふいに、帝月が顔を上げた。何か、決意を込めたように。
「天………」
そして。
-----バシャァァァァッツ!!
車が一台、近くの大きな水溜りを弾いていった。
「…………」
「…………」
2人は、傘の中。水浸しになった。
その場所からは、天馬の家が近かった。
「ダメだって!こんなに濡れてちゃ!!」
「構わん!いらんと言ってるだろう!!」
「バカ!風邪引いちまうぞ!!妙な見栄張ってる場合か!!」
先ほどから2人が声を荒げている理由は、天馬が帝月を自分の家に入れようとしている事だ。
頭から、それはもう見事に濡れてしまった。
自分が誘ったのが原因だからと天馬は言い張る。
しかし、帝月はそれを頑なに拒む。天馬はそれを、「女子の家に入るなんて」という男子の虚勢だと思った。
「それに、オレしょっちゅうユージ達とか家に入れてるから、見つかっても誰も何も言わねぇって」
「-----何?」
帝月の口調が変わった……と思う。口調どころか、顔も。
「……オマエ、男を家にあげるのか?」
「男って……んまぁ、そりゃそうなるけど」
何かひかっかる言い方だ。男だが、友達でもあるのだし、むしろそっちのウェイトの方が重い。
「って、ンな事言ってる場合じゃねぇや。走るぜ、ミッチー!」
がしり、と帝月の腕を掴む。絶対離さない、という握力で。
帝月は、引っ張られるままについて来た。
即行で家に入り、シャワーを浴びる。
帝月を先に、と言ったのだが、オマエが先に浴びろ、と言った帝月は懇願に近かった。
この場合は、また言い合いするよりさっさと浴びてさっさと出た方が良い、と天馬は脱衣所に向かった。帝月に、数枚のバスタオルと着替えを渡して。元から男物のTシャツを着る自分だし、サイズもそんなに違わないだろう。
「わやや……パンツまでぐっしょりだ」
服を脱ぐ時、ばさりとはいかない。
肌にぺったり張り付いてしまい、手間取った。
「ミッチー、上がったぜー!」
「……服は、着てるか?」
「うんにゃ。まだ」
「着ろ馬鹿が!!」
そんなに怒らなくてもいいのに、とおとなしく服を着る。本当は、熱気がもう少し逃がしてから着たかった。
服と言ってもタンクトップと短パンだが。
「ほい、交代」
「……ああ」
ぼそ、と返事を返して、浴室へ入っていく。何故だか、視線を逸らしながら。
その様子を変なの、と思う。
居間に戻ると、帝月の鞄があり、何だか妙にそれを意識してしまった。
自分もなんだか変だ。それを目にしてから、今日の昼、帝月を格好いいと言った事ばかりを思い出す。
(……別に、オレ可笑しい事言ってないよな。ミッチー格好いいし、綺麗だし……)
そう思った途端、かーっと身体の奥から熱が込上げる。決して、先ほどのシャワーのせいではない。
耳が突然その性能を増して、シャワーの音がすごくリアルに聴こえた。
何か可笑しい。理由はさっぱりだが、それだけは確かだ。
どこかのスイッチがかちりと入ったみたに、さっきまでの自分とは何かが違っている。
ふと。
自分の着ている物が気になった。乳房の膨らみ始めた箇所までしか隠してないタンクトップがやけに頼りない。
シャツに着替えよう。下も短パンじゃなくて。
少しおろおろとなりながら、天馬は2階の自室へ向かおうとした。
が、その前に浴室の戸が開く音が聴こえ、居間の床にまた腰を戻した。
<続く>
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