そして、劇当日。
控えの時間はそんなには貰えない。
楽屋裏(体育館舞台裏)は、天馬のクラスにより、戦場並の惨状となっていた。
「早く早く!舞台立って!!」
「ナレーター!スタンバイ!!!」
「鏡通りまーす!!」
「天馬!」
と、衣装係となった静流の声。
「あんた、ここで着て暴れてドレス破った、なんて事になったら凄い事になるからね!!」
「しねーってそんな事!」
とは言え、天馬はそんな事の前科犯だった。
最初のシーンは、鏡に向かうお妃。天馬はちょっと後になるから、皆の邪魔にならないのとドレスをくしゃくしゃにないのとで奥に引っ込んだ。
それに乗じて、帝月がその横に並ぶ。帝月の出番はほぼラストなので、暇と言えば暇なのだ。
大きな役だが、実はあまり出番の無い王子である。
お人形のようにちょこんと座った天馬を、帝月がじっと見る。
「……何だよ、ドレスめちゃくちゃにしねぇぞ」
むぅ、と頬を膨らませて言う。前回から皆に散々言われたようだ。
「いや……そういう格好も、いいな、と思ってるだけだ」
「…………………」
何でこんな時にそんな事を言ってしまうのか。
やっぱり卑怯だ、と天馬は思う。
「ミ、ミッチーだって、格好いいじゃん」
顔を真っ赤にし、意趣返しに言ってやる。まぁ、実際そう思っているのだが。
マントを纏う帝月は、絵本の中から抜け出たような王子様だった。
「……………」
帝月も黙る。顔を染めて。
皆は迫った本番にばたばたして、そんな2人を誰も気に止めはしなかった。
劇はハプニングもなく、順調に進んでいった。
最初は緊張したようだったが、舞台上の雰囲気になれたのか、天馬のセリフも滑らかになっていった。
そして、劇はラスト----一番の盛り上がり所を迎えた。
天馬がリンゴを齧り、倒れた所で舞台は一旦幕。天馬はマットの上に倒れているので、痛くは無い。そのマットも、草に隠されて観客側から見えないような工夫がされている。
薄手の幕の中、舞台の上は慌しく配置が変わる。
「てっちん、此処寝て!」
「おう!」
野原から花束に舞台は変わり、幕が開いた。
天馬が最も緊張する場面が、訪れた。
小人役が泣き声を上げる。
3人、セリフを言った後、効果音で馬の足音が両端のスピーカーから流れる。
さて、王子の馬だが、人2人で構成された張りぼてのお馬だ。時代劇の武士ならならまだ合うものの、西洋御伽噺の王子様が乗ると、ちょっと間抜けだ。
そんな風にさり気なく笑いを誘い、王子・帝月登場。
天馬は何度と無く、この次のシーンを頭の中で繰り返した。
帝月が近寄り、天馬に覆いかぶさる。
そして、落とされる照明。
次に、2人にのみスポットライトが当たり、婚姻の約束を交わした所で全体に照明が戻る、という演出だ。
ちなみに、キスの終わりの合図は、観客側とは反対の天馬の肩を帝月が触れる、という所で落ち着いた。
(あう〜〜〜すげードキドキしてる………)
それこそ、観客に届いているのでは、というくらい、心臓の音は大きくなっている。
天馬は目を綴じているので、視覚的には解らないが、何となく空気の動きで帝月の動きが掴める。今、自分の横に手をついた所だ。
「どうか、眼を開けておくれ、白雪姫………」
「………」
帝月が近寄るにつれて、観客側のざわめきが大きくなる。
カシャン、という音と共に照明が落とされた。
そして。
「……………っ、」
帝月が顔を近づけたままの姿勢でスポットライトが当たる。
練習なら、ここで帝月が肩を叩いて知られる場面だ。
が。
その必要は、無かった。キスシーンの終わった合図など、そんな形では。
帝月に背中を支えなれながら、天馬が起き上がる。
そして、次の天馬のセリフなのだが………
「………………」
出ない。
長い、と感じられるまでの沈黙が続いた為、クラスメイトもざわめき始める。
「白雪姫」
が、帝月はちっとも慌てないで劇を進行させていった。何故なら、原因は彼だからだ。
「私の妻となってくれるか?」
「………う、うん………」
本当なら”はい”、と言わないとならないのだが。
最後の最後に少々問題があったが、それでも、劇は何とか終わりを迎えた。
劇を終えた天馬を待っていたのは、手荒な歓迎だった。
「てっち〜ん、よくも最後の最後で!」
「ご、ごめんって!ちょっとセリフ飛んじゃって………」
あはあはは、と空笑いで誤魔化してみる天馬だった。
「ミッチーは?」
「あれ、何処かしら?」
「ちょっと、帝月は?」
がら、と外に控えている(天馬の着替えの為)男子に聞いてみる。
「もう、衣装着替え終わって……トイレじゃねぇの?」
と、その時。
天馬の携帯に、メールが入った。
その差出人は、当然と言うか。
「…………………」
メールの内容を見た天馬、は言葉を詰めらせ、顔がまた赤くなるのを感じた。
何処知らずの帝月から来たメール。
『我慢、出来なかった』
送信を終えた事を確かめ、携帯電話をぱたんとたたんでポケットに仕舞う。
こんな事、とても言えない。でも、知らせたい。
携帯電話を購入して、良かったと、心の底から思った帝月だった。
そして、後日。
学芸会の演劇で、天馬のクラスは見事金賞をゲットした。
評価は、「ラストの白雪姫と王子の演技がリアルで良かった」との事で。
リアルも何も、本当だから、と、2人だけは真実を心に留めて置いた。
後ろのロッカーに置かれたトロフィーを見る度、天馬は頬を染めるのだった。
<END>
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