だいたい週末は、帝月の家に寄る天馬。
それは単に寄るだけでもあるし、泊まる時もある。
どちらにしろ、天馬は帰る時、少し寂しいと思う。
帰らないで、ずっと一緒に居られたら、と思って、1人そんな考えに赤面するのだった。
娯楽のものが全く、と言っていいほど無い帝月の家。自然と、お互いに意識が向かう。
「天馬、ちょっと来てくれ」
今日は昼前にお邪魔して、昼食を取った後。帝月が、天馬を別室へ招く。
何度か来たが、この家を全部を知っている訳ではない……というか、この家は広すぎるのだ。
屋敷自体でさえ、十分広いのに、それに見合った庭。そこには、小ぶりの蔵さえあったりする。”離れ”と呼べるものさえあった。
とりあえず、天馬が呼ばれた先は、帝月の部屋だった。此処は、来るのは初めてではない。
机と本棚、箪笥だけなのだが、室内の和の雰囲気が、それを打ちひしがれた寂しいものとはしない。ちなみに、天馬が来るようになってだが、この部屋には一輪挿しがあり、それには各季節の、出来るだけ黄色の花が飾られる。
何、とは天馬の口からは出なかった。その部屋に、見慣れぬものがあったからだ。
「……浴衣?」
天馬に着物の知識はあまりない。ただ、薄手の着物だから、そう思っただけだが、この場でそれは正解だったようだ。
「着てみてくれないか?」
自分が見立てた分には寸法は合うと思うが、と付け足す。
帝月にそう言われ、天馬はえ、と浴衣と帝月を交互に見る。
「今から?」
「着付けは、勿論僕がする」
天馬は浴衣を見た。新しい物ではないが、生地はしっかりしているし、色も柄もとてもいい。
着てみるか、と問われれば……当然、着たい。
「うん、着る」
天馬がそう言えば、帝月も嬉しそうに綻んだ。
「……ミッチーって、着物の着付けも出来るんだなー」
「まぁ、一応な……。手、動かすなよ」
うん、と人形みたいに大人しくなる。何か、帝月に着飾って貰っていると思うと、恥ずかしいような、嬉しいような。
「よし」
きゅ、と帯が結ばれた。
この部屋には、鏡は無い。
「な、似合う?」
目の前、ちょっと高い所にある帝月の瞳を見て言う。
「、………あぁ、似合う………」
目を逸らせて、ぼそぼそと呟くくらいだったが、確かにそう言った。それだけで、天馬は大満足だ。
「そっかぁー」
「………」
無邪気に笑う天馬に、帝月はまた視線を逸らす。なまじ着飾るより、こんな笑顔の方が余程帝月にクる。
「ところでさ、何でミッチー、浴衣持ってんだ?」
柄を見ても、どうも女物のようだし。
「部屋の掃除をしていたら、出てきた。……父親に尋ねたら、母親の物だったらしい」
「へぇー、ミッチーのお母さ………お母さん!!!?」
言い掛けのセリフをとぎらせ、声を上げる天馬。
「そっ、そんな……!それって、大事なんじゃねーの!?」
「まぁ……その前は、父親の母の物だったと聞いたが」
「やっぱ大事なんじゃねーか!!ど、どうしよう、オレ、着ちゃって……!!」
途端、おろおろしだす天馬を、落ち着け、と宥める帝月。
「何をそんなに恐縮する」
「だ、だって………」
「僕がお前に着せたいと思って、お前がそれに応じて着せるんだ。誰も咎める筈もない」
「う〜…………」
「嫌だったか……?そういうのは」
困り果てる天馬に、帝月が少し申し訳無さそうに言った。
それは、誤解だと、天馬は慌てる。
「ッ!!違ッ!そーじゃなくて!!だから……ッ!
だから、オレが着ていいなら……着てぇよ、オレも」
何だか慌て過ぎて、よく解らないセリフになってしまったが。
肝心の帝月には、言いたい事が伝わったらしい。
ふ、と帝月は綺麗に微笑み。
唇が、そっと重なった。
不思議。ただ、口をくっつけてるだけなのに、頭がぼんやりしてくる。
でも、多分他の人だと、こうはならないだろう。した事はないが。
「ぁ………」
口の感触に翻弄されて、頭の端で寝かせられているのは解っていたが、実際にそれを体感したのは、そうさせられた後だった。
着せてもらったばかりだというのに、浴衣は他でもない着付けた本人の手で、肌蹴られていく。鎖骨と、胸の始りの微妙な箇所を吸われ、ぴくん、と小さく肢体が撥ねる。
「す、るの………?」
はぁ、と熱を帯び始めた吐息を吐いて、言う。
「ダメか?」
和服だった帝月の胸元も、自分を寝かせる過程で肌蹴ている。
「ダメ、じゃないけど……浴衣、ちゃんと脱がないと……っ」
汚してしまう。
頭が浮かんだように、最中は何もかも解らなくなってしまうけど。自分から溢れる熱は、自覚はある。
「な、ミッチー………ん、」
愛撫の手を休めない帝月に、訴える。
「ミッチー………!」
「……可愛いな、お前は」
ふいに降った言葉に、天馬はぱちくりと目を開ける。
「ちゃんと脱がすから。そんな顔をするな」
苛めたくなるから、と。
そんな子供じみた感情が、自分に在るのを知った。
よく、考えてみればまだ昼もいい所だったのだ。
だというのに、雰囲気に流されてしまい……まぁ、昼も夜も、あまり関係ないのかもしれない。
相手が欲しい、と思う事は。
荒い息も通常に戻り、穏やかなものとなった。隣の帝月も。
だるい様な身体をちょっと横にして、きちんとたたまれた浴衣を触る。その手触りに、心地よく思う。
「天馬……?」
自分の方に顔が向いてないのが不満なのか、自分でもよく解らないが。帝月は、少し身を起こして天馬の意識の先を突き止める。
「今年の夏さ、一杯、お祭りとか行きてぇなー………」
そして、これを着るのだと、嬉しそうに言う。浴衣を脱がされた天馬は、帝月が着ていたのを掛けられている。
帝月は、そんな天馬の髪を優しく梳いて。
「別に、出掛けなくても着てもいいんだぞ?」
「うん……」
そういや、昔は皆着物だったんだな、と、確かにかつてだった事が、今は物語の事みたいだ。
でもさ、と天馬が言う。
「もうちょっと大きくなったら、これ、着られなくなっちまうんだよな」
着た時、今の自分にピッタリだった。これからも成長する身分、ずっと着ていたいという願いは、儚く散りそうだ。
残念そうな天馬に、帝月が言う。
「着物なら、他にもまだある。……それに…………」
帝月が、珍しく言葉を詰まらせた。言おうか、止め様か迷っているのだ。
が、言う事にした。
「それに、”次”に渡せるだろう?」
「え………?」
天馬は、帝月の発言の意味について考えた。
この浴衣は、帝月の祖母が母親に受け継がれたもので。
今は、天馬が着て。
それで、”次”というのは………
「………え?」
もう一回、声を出して。
その視線の先には、耳まで真っ赤の、帝月が居た。
<終わり>
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