帝月と天馬が、学校で話をする事は、少ない。
何故なら、帝月に話しかけられるだけで、天馬の顔が真っ赤になってしまうからだ。
2人きりだと、案外平気なのに、見知った者達に見られたら、という気持ちがそうさせているのだろう。
天馬のそんな事情を、一番良く知っている帝月は、率先して天馬へは近づかなかった。
本当は、ずっと傍に居て、自分のものだと誇示したいのだが。
しかし。
顔を真っ赤に、困ったように眉を顰め、上目遣いの天馬は、はっきり言って可愛い。
そんな天馬を、他人に見られてなるものか、と、いう理由もまたあった。
が、勿論、用事がある場合は例外である。
「天馬」
此処は、資料室。滅多に人の入らない教室。
社会科にて使った大きな地図を片付けに、帝月は自然な流れて天馬を同行させるのに成功した。
「何?」
誰かが来る可能性が少ない為か、天馬の顔は至って普通だ。
「今度、僕も携帯電話を持つことにしたんだが……あまり勝手がよく解らない。
付き合ってくれるか?」
「へー、ミッチーもケイタイ持つんかー!」
感心、とも喜びとも分別に難しい、けれど明るい事は確かな天馬の声。
付き合い始めてから、ちょっと。
恋人同士の最初のステップの、ファーストキスを済ました後日の事だ。
「そーいやさ、ミッチーのケイタイの番号って、何?」
ふと思い出したかのように、天馬が訊いた。
それに、帝月が顰めた顔で答える。
「……持っていない」
「あ、ケイタイ持ちたくないってヤツ?」
「いや、その必要が無いと思ったからだ」
何かをするしないは、個人の自由。そう思っている天馬は、特にじゃぁ持ったら、とも勧めなかった。帝月は、何やら考えている様子で。
その時、帝月の心の中は揺れていた。
プライドみたいなものの問題で、これ以上親に頼るのは嫌だ、と思い、必要最低限以外の物は強請らなかった。
だが。
携帯電話があれば、天馬といつでも連絡が取れる。
ついぞ学校で話しかけたら、何があった、と問いかけたいくらいに、天馬は顔を赤らめた。その時は、幸いバレずに済んだのだが。
それに、学校に居る時でなく、家に帰った後も取れるではないか。
当然、電話という手段もあるが、メールだと繰り返し読めて、携帯電話だと、持ち歩く事も出来る。
それに、緊急な時に、連絡を貰い、駆けつける事だって可能だ。
そんな考えに、親に頼るのは、というプライドがどんどん圧縮されて行った。
が、変わりに親にどう説明すれば良いのか、という問題が浮上した。
まさか、本当の事を話す訳にもいかない。そんな風に、ずっと悶々としていたのだが、先日。
唯一の肉親の父親が、外国に発つかもしれない、という事を言い出した。
帝月は、これに飛びついた。時差があるのであれば、メールで連絡出きる携帯電話を持った方が良い、と切り出したのだ。
行こうとしている所は、そんなに時差は無いのだが、まぁ、どうせだから、と案外簡単に事は進んでくれた。
案ずるより産むが易しとは、こういう事だろうか。
その後、一緒に買いに行こうと言われた時は、少し困ったが。
普段、こんなコミュニケーションを取る相手でもなかったのに。
……もしかしたら、自分の本当の理由でも、感づいたのかもしれない。
それはまぁ、置いていくとして。
「で、何処の機種にする?」
「お前と、一緒でいい」
「そっか。じゃ、オレが買った店に行こうぜ」
自分といつでも連絡が取れる、という事は、天馬も嬉しいらしい。さっきから、目に見えるくらいだ。
少々強引に出ても、もっと早く持つべきだったな、と、帝月にそんな後悔を持たせるくらい。
買い付け、実物を渡してもらうまで、若干時間が掛かる。
最寄の大型スーパーで時間を潰す事にした。
其処で、今日の礼だと、天馬にアイスを渡す帝月。
天馬が半分こしようと言い出し、少し食べた所ではい、と渡された時は、どうしようかと悩んだものだが。
結局、食べたのだが。
物を受け取り、2人は天馬の家へ行った。使い方を、教わる為にだ。
当然、帝月は説明書だけで十分出きるのだが、あえて、である。
気づかない天馬は、帝月に何かしてあげれる事が嬉しくて、嬉々として説明する。
「ま、こんくらいでいいかな」
ざっと、よく使うだろう機能の説明は、終えた。
これからが、ある意味、帝月のメインイベントだ。
「じゃぁ、お前の番号、教えろ」
「ん、いーぜ」
天馬がこちゃこちゃ携帯を弄り、帝月の携帯に、数字が表示される。
ただの数字の羅列だが。
この数字は、帝月にとって、かなり特別なものだ。
さて、その夜。
布団に携帯電話を握って寝っ転がっている天馬が居る。
「……………」
何度か、起き上がり、寝転がりを繰り返し、かなり落ち着きがない。
手には、携帯電話。
外見こそ、何も変わらないが……この中に、帝月の番号が記録されているのだ。
早速何か打ちたいのだが、何を送ればいいのか、解らなくて、今困っている。
(……一番にメールしてぇなぁー)
などという自分の考えに、赤面する天馬だ。
と、その時、メール受信の着信が鳴る。
誰だ、と思えば。
帝月で。
「わ、わ、わ……」
何に慌ててるのか、おたおたとメールを開く。
そこには、たったの一言。
『おやすみ』
「…………」
その4文字を何度も何度も見て。
天馬も、おやすみ、と打ち返したのだった。
<END>
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