その内改正されるとは言われるものの、男性18歳、女性は16歳にて婚姻が法的に認められる年齢とされている。 2歳とは言え、その差は何処で出たのか。 それと関わりがあるのか否かはさておき、少なくとも女の子の方が、男の子より恋愛に興味を示すのは確かであった。
「ふぃふゅりゅ〜」 「物食べながら、何か言わないッ!」 静流に叱れたので、天馬は素直にもぐもぐごっくん!と口の中にあるものを飲み下す。 「静流、掻き揚げ食わねーの?」 「だって、今ダイエット中だもん。こんな油っこい物食べれる筈がないわ」 つん、とした表情で牛乳を啜る。 「あ、それだったらオレ食いたい!貰うぜ」 静流がまだあげるとも言って居ないウチに、掻き揚げは天馬の口に消えた。 ん〜んまい!と言われて2口で食べられ、掻き揚げとしても己の運命を真っ当出来て幸せだろう。 「……アンタね、少しは」 「ヨーグルト!一個余ってる!!!」 「おーし!それも貰ってやる!!」 勢い勇んで飛び出す天馬。 言うべき相手は行ってしまった後だけど、今度は憚れる事無く静流は言う。 「少しは、女の子の自覚持ちなさいっての」 その顔には無駄だと思ってるけど、というのがありありと見えた。 (しかし、解らない……解らないわ) 男勝り……というか、外見や性格すら男そのものの天馬だが、どうしてか男子に人気が高い。 それも、単に”仲のいい友達”に収まりきれず、”無自覚の恋心”を抱かれている節がある。 恋愛にも好奇心一杯の少年だから、今のところラブレターや呼び出して告白、なんてのは無いが、それが出てくるのも時間の問題だろう、とは、張本人の天馬以外誰しもが危惧する所であった。 (どぉぉぉぉぉして女の子としての魅力たっぷりなあたしより、天馬の方がモテるのかしら?) 上の思念を誰かが読み取れたら、その自分物は即座に「お前男だろう!」とツッコミを入れてくれただろう。 まぁ、静流の言い分にも一理ある。 男はいかにも御しとやかで優しく物静かな、女の子らしい女の子を理想とする。 が、あくまで理想は理想だ。 些細な事で意地を張られたり喧嘩になったりしてしまう相手より、大抵の事は笑って許してくれそうな天馬を取るのは必然と言えよう。 そんな訳で、結論として、天馬はモテる。 黒板の前で、ヨーグルト争奪戦が終わったようだ。 勝者は、天馬。 まるでチャンピオンベルトを手に入れたボクサーよろしく、戦利品を高く掲げ、片腕はガッツポーズを取っていた。 そんな天馬を「ちぃッ!ヨーグルト取られた!」という表情で見る者も居れば、明らかにそうではなく、ぼーっと心奪われたように眺める者を居る。 その様子を眼に入れ、人知れずため息を零すものが居た。
放課後。日直だった天馬は仕事の締めくくりである日誌を書いていた。 「橋元っち(”はしもっち”と読め)。後これだけだし、もう帰っていいぞ?」 「いや、まぁ………」 何でこんな場面で言葉を濁すのか、天馬は首を捻ったが人それぞれ、て事にしておいた。 「あれ?今日の国語何したっけ?」 「……………」 「なぁ、覚えてねぇ?」 時刻は放課後、場所は誰もいない教室----- そして2人はさほど大きいとも言えない机に向かい合って座っていた。 日誌を書き込んでいた天馬に上目遣いで見られ----(しかもやたら胸のラインの強調される姿勢で)。 ついに、彼の中で何かがキレだ。 「-----てっちん!」 「お、おう?」 ガタ!と立ち上がり、天馬の手をわし!と掴んだ。 カラン、とシャープペンが日誌の上を転がる。 「てっちん!いや日明!天馬!!」 「な、何だよ???」 ニックネームとファミリーネームとファーストネームを連呼され、その意味が全く掴めない天馬だ。 ……勘のいい人なら、今がどういう状況か解るだろうが。 「???」 天馬は天馬だから解らない。 「え、と、えぇっと、えーっと。 お、俺と付き合ってくれ!」 「うん、いいぜ。何処まで?」 なんて返事来ちゃったものだから、彼は立ち上がった勢い以上にガクーと肩を落とした。 「そーじゃなくてぇ……俺の、その、恋人になって欲しいの!」 「あぁ、恋人………… …………えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇええええ!!?」 至近距離でそんな喚かれて、それでも手を離さなかったのは愛ゆえにこそだった。 「な、な、な、な、何で!?どーしてそーなるんだよ!」 天馬は恥じる前に疑問に思った。 だって自分なんか、全然女の子らしくないし、いつもズボンだし、給食のデザート獲得競争には絶対参加してるのに! 「それにお前、この前”なっちの妹が俺の好み”とか言ってたじゃん!」 「いや、あれは話の流れ、ていうか、あくまで理想で…… とにかく!俺はお前が好きで、お前を彼女にしたいんだ!」 「か、かのじょ………」 天馬がそう呟くと、まるでカタカナ発音の異国の言葉のよーだった。 「そんな事言われてもなぁ、オレなぁ…………」 ガシガシと、いつの間にか外れていた片手で頭を書く。 眉を八の字にして、心底困っている様子だった。 まるで、忘れた宿題の言い訳を考えているようだ。 「-----てっちん、他に好きなヤツ、居るの?」 「-----へ?」 「そうじゃなかったらさ、俺と付き合ってみない?試しにでもよ。 別にキスしろとか言う訳じゃないし、休みに2人で何処か行ったりするだけ。 ダメか?」 「ダ………メ…………て言うか………」 先程はひたすら困ってばかりの天馬が、何やら頬を染め出し、視線も泳ぎ始めた。 (これは、脈ありか!?) 世の中、調子にのった片想いの人ほど、厄介なものは無い。 「な?いいじゃん。とりあえず、卒業するまでとか」 ぐぐぐ、と身を乗り出す。 「で、でも、えと………」 (----もう一息!) 一体何をもう一息と勘違いしたのか、更に言おうとした時。 ガララ。 「-----遅いぞ。待ち疲れた」 「ミ、ミッチー!」 「帝月………」 チ、と舌打ちした。あからさまに邪魔が入ったぜ、という仕草だ。 「さっさと帰るぞ」 手を引こうとした時、もう片方が握られている事に気づき、ジロリと睨んだ。 「何だよ。関係無いヤツは出て行けよ!」 告白を害された彼は怒り心頭だ。 しかし。 「関係は、ある」 「ミッチー………」 「僕はこいつの恋人だ」 ……………… コキーン。 時が止まった。 「え……な……ぅ…………?」 こいつは何て言った? 天馬の。 天馬の、恋、人…………? 「は……はは、は。 何?何言っちゃってんの?なぁ、天馬……」 そうして天馬を向いて、彼は再び固まった。 其処には顔を真っ赤にし、うっすら涙すら浮かべて帝月を見る天馬が居た。 自分が告白した時とは雲泥の差。掃溜めに鶴である。 ……………。 マジっすか!!? なんて心で慟哭している隙に、帝月は天馬を引寄せた。 そのまま天馬の鞄を持ち、スタスタとドアへ向かう。 そして教室を出る時。 「解っていると思うが……… ”次”は無いぞ」 「……………」 この日。 彼は真の恐怖を味わった。
テクテクと帰路を歩く。 何やかやですっかり空は赤色。 影は足長おじさんよろしく伸びている。 「全く………」 珍しく帝月の方から会話を切り出した。 「どうして自分にはすでに相手が居ると言わない。 はっきりさせないと、後まで尾を引くんだ。こういう事は」 「だ、だって!!」 天馬にだって言い分はあるのだ。 顔が赤いのは仕方ないとして、それでも主張する。 「だって、やっぱ恥ずかしいじゃん。 ミッチーと、その、こ、こい、こいび……」 そう発音するだけでも恥ずかしいのか、ぷしゅーと沸騰する。 やれやれ、とため息が出るが、それでも羞恥してくれるだけでよしとしよう。 「……にしても解んねーな。何でオレなんだろ。 ミッチーもさ。 静流の方が可愛いじゃん」 帝月は危うくずっこけそうになった。 彼のキャラクターが許したのであれば「何でオマエをフってまであいつと付き合なきゃなんねーんだぁぁぁぁ!」と大絶叫しただろう。 「ミッチー?」 「……解らなかったら、それでいい」 「何でだよ!オレの事なのに!」 「だったら余計自分で考えるんだな」 「ミッチーのケチ!」 考えろ、と言った手前、天馬が自分の魅力に気づいてそれに磨きをかけようとしたらどうしよう、などと思う帝月である。 「そういえばさ、おまえいつからあそこに居たんだ?」 言った後、少し唇を尖らせる。 だから、そういう可愛い事を……と心中で呟く。 「何だ。もっと早く出てきて欲しかったのか?」 だから、帝月のこの発言は全くの照れ隠しで、口調もなんだか突き放すようで。 しかし。 それに返ったのは。 「うん」 という短い言葉だったから。 帝月の顔も僅かに染まる。 それは、夕焼けのせいでは決して無くて。
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