ユージと一緒に居るのは、楽しい。
フッキーも、他のヤツも、一緒に居るのは、楽しい。
ミッチーは。
「ふぃー、4時間目の体育はきついなー」
がらがらとボールの入った籠を運びながら、天馬が1人ごちる。
「ンな事言って、一番点数入れたの、てっちんじゃねーか」
「へへへー」
同じ体育係りのユージに言われ、得意げに笑う。
ユージが前を向いたのと同時に、天馬は考える。
……ユージと2人きりになっても、どうって事ないんだけどな。
だけど、帝月とだと。
”……………見る?”
「--------!!!」
ぼっと一気に顔が沸騰した。
(うー、何やってんだろ、オレ……)
この前から、何か変だ。知らないでいた事を、急に知ってしまったみたいに、戸惑っている。
と、その時。
----ガツ!
「ぉわっ!?」
「てっちん?」
考え事をしていたせいで、いつもなら無意識に跨いで通る道の出っ張りに躓いてしまった。
前を歩いていたユージに、ぶつかるみたいに寄りかかる。
「大丈夫か?」
「あー、うん。吃驚した」
「早く行こうぜ。給食始まっちまう」
そうして、2人は教室へ向かった。
背後で、樹が一本だけ、ざわめいていた。
「ただいまー」
と挨拶はしたが。
返事が無い。
「…………?」
確かに、少し前まではそれが普通だったのだが、今は違う。
奇妙な縁で知り合った者達が、あまり広くないこの家に集っているのだ。
狭くなるし、ゲームは横取られるしで迷惑な事も多いけど、退屈にはならない。それが、何より嬉しかった。
「凶門ー?」
放浪癖があまりない凶門を呼んでみる。が、やっぱり返事がなくて。図書館にでも言ってるのだろうか、と思ってみる。
でも、おかしい。
外出してる時でも何処かに居るんだという気配はするのに、今日はそれすらない。
ざわ、と背中に嫌なものが伝う。
(ミッチーは!?)
帝月は、何処だろう。真っ先に探したのは、帝月だった。
片っ端から部屋を覗き、自分の部屋へ辿り着くと。
「ミッチー!」
居た。
いつも通り、部屋の隅に、壁と同化するみたいに凭れている。
「なぁ、皆の気配が全くしねぇんだけど、何処行ったか………」
世界が回る。
帝月に腕を引かれて。
「なに………っ!」
尋ねて、耳に入ったのはそれの答えではなくて。
鼓膜を響かす、布が裂ける音。服を、破かれた。
「………………」
呆然とでもいうのだろうか。状況に頭が追いつかない。
「ッ!?や!」
ぎゅ、と強く胸を掴まれ、我に返る天馬。
「ミッチー………!」
ぐぐ、と掴まれている手を引き剥がそうとする天馬。その手を逆に掴まれ、床に縫い付けられる。
何も阻む事の無くなった胸が、外に晒される。自分の視界にも入り、今更のように頬を染める。
「何故、隠そうとするんだ?前は、自分の方から見せようとしたくせに……」
「------!!」
揶揄するような言い方に、かっとなる。
「んで、そんな言い方……っ、するんだよ!!」
胸を握られているだけなのに、凄い圧迫感。心臓を鷲掴みにされてるみたいだ。
「……あいつにも、こうしたのか……?」
「……あいつ?」
ぼそ、と囁かれるより小さい呟き。けれど、聴こえた天馬はそれについて考える。
「いつも、お前と野球しているヤツだ」
「ユージ?」
「今日、学校で抱き合っていただろう」
「…………………」
え?
天馬の目が点になる。
抱き合ってたって、いつ、何処で……
…………あ。
「なぁ、それって何時くらい?」
「12時……半くらいだったか」
やっぱり……と言わずに呟いた。
「それ、違ぇーよ。抱きついたりなんかしてねぇ。こけたから、凭れただけだって」
「……………」
天馬のセリフを聞いていた帝月は、少し沈黙し、やおら目を見開いてばっと身を引いた。思い当たる節があったのだろう。
「……すまない………」
後ろを向いた帝月から、心の底から詫びている声がした。
それは、そうだろう。
勝手な思い込みで乱暴寸前の事をして、破られたTシャツはもうお釈迦だ。
でも。
(……なんか、ちょっと嬉しい、って思ってるよな……)
帝月に、そういう誤解されて、普段の冷静さを失ったような行動をされて。
(この前から、オレ変だー)
ふにゃ、と顔が崩れる。
「そ、そーいやさ、皆は?」
「……符に戻してある」
まだバツが悪いのか、天馬から顔を背けて言う。
そうか、だから気配もしなかったのか、と納得する。
……符に戻してあるって事は。
等々に帰ってこない、という事で。
「……………」
どきんどきんとむき出しの胸がはねる。
「……な、ミッチー……」
そろそろと近づいて、きゅ、と袖口を掴む。
こく、と小さく喉を鳴らして、言った。
「……この前の続き……しよ?」
帝月が、振り向いた。
柔らかい。
その感触に、感動すらする。
しかし、他の誰かを触ったとしても、何とも思わないだろう。全て、天馬だからだ。
向かい合わせに座って。
天馬はくったりと、帝月に凭れている。
その2人の間に、帝月の手が動く。片方は背中に回すために使われているが、もう片方は。
「…………っ、ふ」
「痛いか?」
息のあがる天馬に、気遣うように言う。
「ううん………」
ふるふると首を振る。
痛いどころか、力が抜けて溶けてるようで。
プールで、思いっきり泳いだ後みたい。だけど、それとは全然違う。
ちょっと視線を下に下げると、繊細で長い指が、やんわりと自分の胸を包んでいるのが見える。
(あ………)
触られてるんだ、と自覚して、体の奥がざわめく。
「ミッチー………」
ぎゅぅ、と首に回している手に力を込める。
溺れてしまいそうだと、思ったから。
でも相手が帝月なら、それもいいかと思いながら。
「全く今日は半日も符に閉じ込められるなんて!厄日かしら!?」
妖怪が厄日を気にするものか、と他3名は思ったが、口にはしなかった。
「とりあえず、飯にしようぜ、飯ー」
火生が言う。
「帝月は要るのかしら。ちょっと訊いてきてよ」
と、静流に言われ、火生は階段を上がり天馬の部屋に向かう。
帝月が自分の前に居ないのなら、かなりの確実で天馬の部屋に居るのだ。
カラ、と襖を開けながら、問う。
「ぼっちゃーん。晩飯はごはぶふ!?」
襖を開けた火生に、何か固い物が顔面を直撃した。
「いてててて……」
「何の用だ」
何か物凄い気迫の帝月に凄まれた。仁王立ちにへたり込んだ火生の前に立ちふさがる。
「あ、あの、メシ……」
「あぁ、そんな時間か」
「て、天馬は……?」
「勿論、要る。……少し、遅れるかもしれんが……」
ぼそ、と。そう付け足した帝月だった。
<END>
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