カンゴールとヘリオドールの囁き





「うひゃー、いい風だなー」
 帝月には夜風は身体に障ると言われるが、気持ちよいのだから仕方ない。
 特に、風呂上りの火照った身体には。
 自分が夏が好きなのは、「涼しむ事」が出来るからだろうか、と思う。
 タンクトップ1枚で、自分の部屋で気ままに過ごす。
 前は上半身裸だったのだが、もの凄く真剣な顔で1時間弱ほど帝月にそれは止めろと説教されて以来、最低1枚はつけるようにした。
 本当は、布との間に湿気が篭るようで、完全に熱が引くまでは着たくないのだが、そうした度に帝月に説教くらうので、今ではすっかり習慣づけられてしまった。帝月がその場に居なくても解るのだから、不思議だ。
(ミッチーも、そこまで叱らなくてもいいのに)
 昔を思い出してちょっとむくれる。
 天馬は、帝月が自分を窘めるのはだらしないから故だと思っているが、第三者からすれば帝月の事情の為なのだと、誰もが解るだろう。
 ふぃーと天馬が涼しんで居ると。
「たっでぇーまぁー!!」
 ”ただいま”という発音を、これでもかと噛み砕いた言い方で、窓からバイクに跨った火生帰宅。
「火生!ちゃんと玄関から入れよな!」
「んぁ〜?いいじゃねぇか、入れる所から入れば。入る時。入れ」
 意味不明な事を言っては、ぎゃっはっはと笑う。
 天馬は直感した。酔ってる。つーかその前に酒臭い。
「火生、まーたどっかで飲み比べしてきやがったな?」
 どっかと言うが、その範囲が国内とは限らない。
 ふにゃふにゃした発泡酒が主流になってしまったこの国で、火生を満足させるのは沖縄の古酒くらいで、さらに刺激と好敵手(つまり、飲兵衛)を求め、火生は世界へと足を伸ばした。
 この前はベルギーで、さらにその前はメキシコだった。お国がら、昼からビールは当たり前、という所ばかり選んでいる。フランスとかに行かないのが火生らしい。
「おうよ!完勝だぜ!ちなみに本日はドイツに行ってまいりました!」
 びし!と理由は不明に軍人みたいな敬礼をした。
「そんなビールばっか飲んでちゃだめだろ」
 天馬がそう忠告すると、火生もうむぅ、と唸る。
「だよなぁ。俺もそう思ってるんだ。そもそも俺、焼酎の方が好きだし」
 飲むなと言ってるんだ、火生。
 しかしそれは言うだけ無駄と知っている天馬は、黙っておいた。腐っても妖怪だ。酒の飲みすぎて肝硬変になる事も無いだろうし。
「布団敷くからさ、下に行けよ」
 よりによって、部屋のど真ん中に鎮座している火生。
 退け〜とどかそうとしても、ビクともしなかった。
 飛天か凶門でも呼ぼうか、と思っていたら。
「……天馬ちゃん、いい格好ね?」
「んぇ?……わ!」
 天馬が驚いたのは、火生の両手が遠慮もへったくれも無く、胸をつかんだからだ。
「なななな、何!」
 いきなりな事で、怒りとか恥ずかしいとかより、ただ驚く。
「前から言いたかったんだけど、お前、胸の大きさ左右で違うのな」
「え、そうなの?」
「そーだって、ほれ」
 べろ、と無作法にタンクトップを捲る。
 天馬が、自分に何が起こったかを把握する前に。
 ぼひしゅ!
 火生が、煙となって消えた。したのではなく、させられたのだ。
 帝月が、火生を符に戻した。
 開けた襖に、帝月は立っていた。
「……天馬」
 危機一髪、というか何と言うか。
 2階の天馬の部屋が騒がしくて、火生が帰ったのは気配でわかったから、騒がしい原因は、2人が話し合っているという事だ。
 それが面白くなくて、向かってみると。
 火生が、天馬の服を捲っている。正面から。
 考えるのではなく、反射的、本能で動いた。あれだけの衝撃、久しぶりだ。
 天馬は、危うく他人に胸を見られかけたという事と、それを帝月が食い止めてくれたという事がようやく解って、頬を真っ赤にした。
「……え、と………あぅ………
 ………ぅー………
 そ、そんな所たってないて、こっち来いよ!」
 特に意図した訳でなく、沈黙が嫌だから言った事なのだか、よく思えばこの状況で帝月と居るのは気まずい。ちょっと気まずい。
(……ありがとう、って言うのもなんだかアレだしなぁ……あーもう!どうすりゃいいんだ!!)
「……天馬」
 頭の中で悶々としていた天馬は、自分を呼ぶ声で我に戻る。相手は、当然帝月。
「え、あ!何?!」
 過敏な反応してしまった、と自分で恥じた。
 帝月は、だから、と、ちょっと口篭りながら。
「………見られた、か?」
「……へ?」
 帝月は、顔を背けた。
「いや、何でもない。何も言ってない」
 ちょっと早口だから、動揺してるんだろうか。
 天馬は答えるべきか迷って。
「………見られてない」
 答えた。
 思いっきり顔を背けている帝月が、けれど「そうか」と安心したように呟いた。
(----うわぁ………)
 天馬は、熱くなった頬を摩った。
 帝月は、格好良くて、それより綺麗と言った方がよくて。
 不断な冷たい口調で憎まれ口ばっかりだけど、殆ど不意打ちで優しい表情をしたり、柔らかい声を出されたりすると、ダイレクトに何か感じる。
 そわそわして落ち着かなくて、けど絶対嫌なものでなくて。
 でも、慣れなくて。
「……あのさー!」
 天馬はあえて愉快そうに声を張り上げて言った。
「さっき火生から、胸の大きさ右左で違うって言われたんだけどさ!やっぱ違うんかなー!」
「………………」
 失敗だ。
 帝月がぎょっとした顔でこっちを見ている。
 そりゃそうだ。言うに欠いてなんて話題だ。
 アホ!オレのアホ!と叫びだしたい天馬だ。
「……なのか?」
「え」
「……本当に、違うものなのか………」
 帝月も、自分で言ってしまった事を恥じ入るように、口を手で隠した。
 帝月も自分と同じなんだ、と思ったら、何かがふ、と消えうせた。
「………見る?」
 気づけば、そんな事を言っていた。
 何を、という問いは帝月から出なかった。
 ただ、小さく、首を縦に振っただけで。
「……………」
 帝月が拒まなかった事で、ふるり、と肩を震わす。
 ぎゅ、とタンクトップの裾を握り、そろそろと上へあげた。
 顔は下に向けているけど、帝月が自分を見ているのが解る。
(…………変態かな、オレ………)
 裸見てもらいたい、なんて。
 でも。
 帝月には、全部見せたいし、見てもらいたい。
(何でだろう……)
 何を見せたいかは、まだ解らない。まだ。
 たくし上げたタンクトップは臍まで捲れて、胸のふくらみがそろそろ見える頃だ。
 ど、ど、ど、と鼓動が大きい。
「………………」
 帝月だけが見る中、いよいよ、と行った時。
「おーい!入るぜー!!」
 2人、その場で跳ね上がるくらい吃驚した。
 天馬は慌ててタンクトップを戻し、帝月は壁に凭れて、平静を繕った。
「何だよ、飛天!いきなり!!」
「いきなりじゃねーだろ、声かけてんじゃねーか」
 から、と襖を開けながら言う。
「火生についでに酒かっぱらって来い、って言ったんだけどよ。アイツ何処」
「……火生なら、今符に戻してある」
「……ふーん」
 何でそんな事を、と訊かれたらどうしようと思ってた天馬は、ほっと胸を撫で下ろした。
「……じゃぁ、下で戻してやる……」
 呟くように言って、腰を上げる帝月。一瞬、天馬と眼が合った。
「……………」
 何も言わず、そのまま言った。
 残った天馬は、布団を被ってさっさと寝ようと。
 したが、寝れる訳も無かった。




 階段を下る帝月と飛天。
「がっつくなよ。アイツはお前と違って外見通りの年齢なんだからな」
「…………」
 帝月は、答えない。
 だいたい妖怪なんてものは視覚なんてものはない。全ては感じとっているのだから、室内の状況がわからない為に、中に居る人に一声、なんてしないのだ。
「我慢しろよ。会うまでの時間に比べりゃ、あと数年訳ないだろ」
「……………」
 勝手に言う飛天に、煩い、とも黙れ、とも。
 何も言えない帝月だった。




<END>





原作設定で女の子てっちん。
こっちはおいそれと手が出せなさそうだ……外野も一杯居るし。
こっちもこっちでちょぼちょぼ増えそうですな。

とりあえず、時間軸はミッチー帰還後かな。