うーん、と爆は唸っていた。
目の前に、服を翳して。
それは極普通のキャミソールなのだが。
この前、ピンクと出かけた先にサマーセールが催されていて、衣料品が50%オフになっていた。
この値段ならば、中学生の小遣いでも十分に買える。
「わー、安!ちょっと買いに行こう?」
そう言って腕を引っ張るピンクに、爆は困惑気味。
「……何?お金無いの?」
「いや、そうじゃないけど……」
乗り気でないような爆に、ピンクが質問。
「あんた、服ってどうしてる?」
「母さんと一緒に買い物行った時に………」
やっぱり、と肩を落とすピンク。
「全く、お嬢様なんだから……」
「だ、誰がお嬢様だ誰が!!」
すかさず、その単語に爆が噛み付く。
そんな爆にビシッと。
「自分の服くらい、自分で買いなさい!
近くに親が居たら、欲しい服買えないじゃない!」
ピンクの言い分に、そうか?と首を捻る爆である。少なくとも、爆は服選びで母親とトラブルを起こした事は無い。
まぁ、爆があまりお洒落というか、着飾る事に興味が薄いのかもしれないが。
「だいたい、服買うのも文房具買いのも一緒よ。何を気負いされてるんだか」
「別に、気負いなんかしてないぞ。ただ、買う気がないだけだ」
お嬢様、という言葉を気にし、反論する爆であった。
「じゃ、この機会に買っちゃいましょv爆のお買い物デビューだわーvv」
そう言って、改めて腕を引っ張り、店内に入るピンク。
「て言うかさ、あんた、カイとデートする時には、買い物とかしないの?」
カイ相手にデート、という単語を使うのは甚だ腹立たしいが、カイと爆が恋人なのは覆せない事実なのだった。
「買い物は……あまり無いな」
「じゃ、何してるの?」
という質問に、爆は少し止まり、その後凄い勢いで真っ赤になったので、ピンクは今度カイに会ったら思いっきり殴り飛ばそうと決めたのだった。
さて、バーゲンなのだが。
やはり安くされるのには訳があるというか、あまりいい物が見当たらない。
それでも、自分の趣味に合う柄を見つけたのだが。
「……………」
手にしたそれはキャミソール。紐みたいな肩掛けが特徴だ。
「あ、それにするの?爆に似合いそう。可愛いじゃない」
ピンクが顔を出し、そう言う。
「似合う、か?」
「うん、ばっちり」
第三者の意見を参考にし、爆は初めて服を自分で買った。
で、目の前にあるのがその服な訳だ。
明日はカイとデート。
着ていくか否か。
今まで夏の服はTシャツやタンクトップ。キャミソールは初めてだ。
初めてというのは、何でも緊張するものである。
散々迷った挙句、爆は「ばっちり」と言ったピンクの言葉を思い出し、着る事にした。
ピンクがこの場に居たら、自分の発言を心底悔やむ事だろう。
今日の待ち合わせは駅で。
波、いやもうゴミの様になだれ込む人ごみの中でも、カイは一発で爆を判別出来る自信がある。
爆殿、まだかな〜と暢気に柱に凭れて待つカイ。
(あ、来た……て、え?)
カイはわが目を疑った。
爆殿がキャミソール着てる………
一瞬、自分の希望(他人から見れば妄想)が見せた幻覚かと思ったが、思いっきり実体だった。
(えーと)
こんな時どんな顔すればいいのか解らない、みたいな顔をして、カイは立ち尽くした。いつもなら、爆が見えた時点でその方向に迎えに出るのに。
「カイ、待たせたか?」
「爆殿……その格好………」
「……似合わないか?」
爆がしょげたような素振りを見せたので、カイは慌てふためいた。
「い、いえ!今までと随分印象変えたなーと……あ、だから似合わないって事じゃないんですよ!?
むしろ、凄い似合う……あ、別にこれまでが似合わないって訳じゃ……」
目に見えて慌てるカイに、爆は冷静さを取り戻す。
「……解ったから、そんなに必死になるな。こっちが困る」
「す、すいません……」
ぺしょん、とへこむカイが何となく可笑しくて。
爆は、小さく笑った。
失敗したかもしれない。
デパートに入るなり、爆はそう思った。
べつにそれは、ファッション的な事ではない。いや、ある意味ではそうかもしれないが。
肩も鎖骨も殆ど出ているこの格好に、店内の冷房は容赦なく爆を冷やした。皆はどうして平気なんだ、と、似たような格好の人を見て、爆は不思議に思う。
(寒い………)
ついには、そう思うようになってしまった。上着を、もう一枚持ってくれば良かった。
身を縮込ませ、腕を摩っていると。
「爆殿、ちょっとこちらへ」
と、カイに人気の薄い方向へ移動させられる。人があまり来ない場所は、つまり冷房も薄い場所だ。ふ、と爆は知らず身体に入っていた力を抜く。
と、その身体にバサ、と布がかけられる。
カイが着ていた上着だった。
「あの、寒い、ですか?」
「え………」
「さっきから、腕を摩っていましたし………」
「……………」
「不恰好ですけど、良かったら」
確かに、20センチ以上差があるカイの服は、爆が着るとサイズが合わない所ではなかった。
でも。
「……ありがとう」
と、言って。
爆は、袖を通した。
やっぱり、今日この服で良かったかな、と、思って顔を赤くしながら。
帰宅後。洋服店のチラシを、爆は広げた。
それに乗っているファッションモデルの着こなしを、しげしげと見詰め、
(そうか、下に何か着てもいいんだな……)
今日、そんな人も見かけたし。
やっぱり、靴はサンダルの方がいんだろうか。今日、スニーカーで出かけた。
「爆?」
かなり集中していたのか、母親に声を掛けられるまでその存在に気づかなかった。
「あ、今片付けるから……」
わしゃわしゃ、とチラシをまとめる爆。
「………………」
その様子を見て、天は。
「ねぇ、爆?もう少し、お小遣い値上げした方が良いかしら?」
「へ?」
何を言い出すのか、と首を傾げる爆。
「ほら、爆も色々買いたい物もあるだろうし……
それに、彼氏さんも学生さんなんでしょう?あまり無理させても悪いし」
「………へ?」
にこにこと笑う母親。
真には内緒ね、と悪戯に唇に人差し指を当てて言った。
<おまけ>
「でね!ハヤテ殿!爆殿ったらキャミソールなんですよ、キャミソール!!
もう可愛らしいというかコケティッシュというかもうもうもう!
けれどですね!そんな素敵な格好にも思わぬ欠点が!!」
「……どーせ、跡が付けれないとか、素肌が他人にも見えるとかいう所だろ………」
「なッ……!ハヤテ殿にしては適切な意見…………!!」
「とりあえず、その幸せそうな顔一発殴らせろ?」
「イヤですv」
<END>
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