たった今取り出した、体温計の示す温度は37度5分。 「………………」 爆は人情の欠片も感じられない(単なる機械なのだから仕方ないのだが)体温計をベットサイドの時計の横へと置いた。 本当だったら、今日は激と一緒に水族館へ行くつもりでいたのだ。 その予定が、この体調不良で全てお釈迦だ。 (----折角、電気ウナギのショーが見られると思ったのに) 普通ならイルカショーにでも思いを馳せる所だろうが、そこが爆が爆たる由縁だ。 このごろは天気も良く、ピクニックも兼ねて、と気合を入れてレピシを集めたりもした。 自分の服からお気に入りのコーディネイトもした。 ……今日を逃すと、激が考査期間に入ってしまう為、一ヶ月弱会えなくなるのだ。 コロン、と寝返りを打ち窓の外が見れるようにした。 皮肉な程いい天気だ。せめて、もう少し持ちこたえてくれてもよかったのに。 何を恨む訳もなく、爆はただ眉間に皺を寄せ、回復を願う身体は段々と眠って行った。
「ん…………」 爆は身じろぎ、なんだか誰かが居るような気がして目を開けた。 すると……其処には激が居て。 らしくなく穏やかな瞳をし、微笑を称えてベットの端に腰掛け自分を見ていた。 「なん……ッ!!」 危うく叫びかけた爆の口を、激の掌が覆う。 「元気な病人だな」 そう言って手を額にずらす。 より開けた視界一杯に激が映る。 かぁ、と頬が熱を持ったのが解った。 「げ、激………?」 何で、どうやって此処に居るのか、と訊ねる前に、 「……何か甘い匂いすんな、オメー……」 「……昨日、デザート用の菓子作った時の……リキュールかエッセンスだと……」 「やー、爆の匂いじゃねぇ?熱上がって強くなったんだって、きっと」 そんな会話をしている間にも、激の顔が近くなり、それに比例して爆の心拍数も上がる。 「げ、き……」 相手が何をしたいか、何をしようとしているかを察した。 「……うつるぞ……」 その言葉には、ふ、と軽く優しく笑っただけだった。 いよいよ2人の距離が近くなり、天井の明かりさえも入り込めなくなった。 激の顔を直視する事が出来なくなった爆は、振るえる瞼をそっと下ろした……
……と、いう所で爆は目を覚ました。 「!!!!!?」 ガバァ!とは病身の上では出来なかったが……確かに今までの出来事は全部夢だが、上がった心拍数は現実のものでもあった。 (な、な、なんだ今のは-------!!) 爆はこの場に居るのが自分一人だけで本当に良かったと思った。とにかく今は誰の顔も見れない。 よく、夢は深層意識の現われだと言うが…… だとしたら、今のが本当の自分の願望なのか? いつでも、どこでも激が居て欲しくて、そして…… (!!そんな訳無いそんな訳無いそんな訳無い--------!!) 爆はより顔を赤くし、ベットの中で身悶えた。 その時。 コンッコン! 「………?」 窓ガラスが、何か叩かれる音。 鳥が突付いているのだろうか。などと思ってそっと布団から顔を覗かせ窺うと。 なんと其処に居たのは。 「!!!!げげげげ激------!!?」 爆が叫んだのを見て、激が何か口をパクパク動かす。 このままでは何をやっても埒が明かないと思った爆は、とりあえず窓ガラスを明けた。 風と共に激の声が届く。 「爆!病気大丈夫か!?」 「その前に何をしているんだ貴様は!?」 「いやだって俺、この家出入り禁止だし」 だからと言って側の木を攀じ登るヤツが居るのだろうか……というか、今現実に目の前に居た。 「……オレがまだ見つけたからいいけどな、でなかったら通報されてたぞ」 「あー、やっぱそうかな?」 あっはっは、と木にしがみ付いたまま至って御気楽に笑う激だ。 「でもなんかこのシチュエーション、ロミオとジュリエットみたいで良くねぇ?」 爆の記憶によれば、ロミオは木に攀じ登ったりはしなかった。 「………貴様なぁ」 脱力して俯いた顔を再び上げると、すぐ至近距離に激の顔があった。 瞬時にして、先程の夢の内容がオーバーラップする。 「!!!」 「オメー、なんか甘い匂いしねぇ?」 す、と激の手が頬に触れる。 完全に、夢の激と現実の激が被った。 「!!!!!!!!!-----------!!!!」 「どうぇッ………!」 動揺してしまった爆は、目の前の激をドン!と突き飛ばした。 「…………あっ……」 ……ここは2階で、激は木の上、だという事も忘れ。
運良く激は足の捻挫だけで済んだ。さすがに松葉杖使用は免れなかったが。 ……それは良かったのだが、いきなり激が降って来た事でまた真とひと悶着があったりもした。 「なぁ、爆、所であの時、何をンなに慌てたんだ?」 「………別、に」 爆は精一杯平静を装った。 何があっても、あの夢の事だけは知られる訳にはいかない。 爆は固く心に決めたのだった。
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