卵とじうどん。



「シンちゃん、今日はパパが料理を教えてあげるよ」
 にっこりそう言われたのは、10歳のとある日。



 パプワが病気になった。
 事実だけを取り上げたら、たったこれだけなんだけどな。勿論、最中も含めてそれだけでは済まない事が沢山あったが。
 そんなこんなで、今、パプワは意識を回復している。
 一見普通そうに見えるけど、こんな事は初めてだし、大事を取って今日は大人しくさせる事にしよう。
「シンタロー」
「何ー?外に出たらだめだぞ」
「言ってもないのに、答えるな」
 下半身だけ起こした格好で、むくれて言う。
「ボクは、もう大丈夫だ!」
「あのな。何度も言っただろ。
 大丈夫そうに見えて、見えない部分でまだ治ってない所もあるんだ。また熱とかぶり返してきたら、嫌だろ」
 じ、と怒るように(というか多分怒っていたんだろうけど)俺を見て、つまらん、と一言ぼそりと言った。
 それでまた何か文句を言われたり、物を投げつけられるかと思えば、意外と大人しくなった。近寄ったチャッピーのおかげもあるだろうが、事情を説明してないにしても、俺は負い目を感じているとなんとなく解ったんだろう。
 そして俺は、こんな時はいつも通りに振舞うのが一番、とせっせと昼飯の準備に勤しんだ。
 本日のメニューは、病み上がりのパプワの為に卵とじうどん。
「ほら、メシだぜ」
 丼を差し出せば、伸びる手。
 いくらパワフルでチャンピオンと言っても、まだまだ子供だ。
 料理を手にした時、顔がぱっと輝く。
 いただきます、と手を合わせ、凄い勢いでうどんを啜る。
 一口で全部いけちまうんじゃねーかなーと思って見ていたら、パプワがうどんを食うのを止めた。
「どうした?」
 食ったら食い終わるまで止まらないのが普段のパプワ。
 やっぱり、何処か不調でも残ってるのだろうか、と胸の辺りが少し重くなった。
「ん〜………」
 パプワはもくもくと口を動かし、咀嚼し、
「何か、いつもと味が違うな」
「え?……あぁ、そりゃそうだろ、何せ………」
 と、言いかけてしまった俺は、慌てて言いなおす。
「気のせいじゃねぇの?いつも通りだって!」
 しかし、それで誤魔化せるパプワでないのは承知の通り。
 逃がさない、と、真正面から俺をひた、と見据える。
「シンタロー。言いかけた事を途中で止めるな」
「う…………」
 このパプワには逆らってはいけない。
 観念した俺は話す事にした。
「あー、何だ……いつも作ってるのは、俺が勝手に覚えたヤツなんだけど……」
 その、卵とじうどんだけは。
「……親父に、教えてもらったんだよ」



「料理って何を作るの?カレー?カレー?」
 下手に外食をするより、親父のカレーの方がよっぽど美味く感じた俺は、多分それなのだろと期待に胸を躍らせた。
 しかし、違っていて。
「んー、カレーもいつか一緒に作りたいね。でも、今日は卵とじうどんを作ろう」
「……?おれ、病気じゃないよ?」
 風邪を引いた時、それを作ってくれたのを覚えていた。
 親父は俺の頭をわしゃわしゃと撫でて、
「これから先、シンちゃんの大事な人が出来て、その人が病気になった時、作ってあげられるようにね。
 そんな時、買った物しか用意できないなんて、寂しいだろう?
 パパはシンちゃんに、そんな思いしてもらいたくないんだ」
「ふーん……?」
 親父の言った事を、完璧に理解出来るには、俺はまだ幼くて。
 しばらくの間は、それをパパと一緒に料理作っただけの楽しい思い出として記憶に残った。
 そして作り終わった後、「だったら、パパが病気になったら作ってあげるね!」と言って、「シンちゃんったら、パパを喜ばせ上手------!!!」と滅茶苦茶に抱きしめられたんだっけ。
 あー、嫌な事まで思い出した。
 ……そういえば、そのすぐ近くの日に親父のヤツ、風邪引いたとか言ったような……
 ……仮病、だな。間違いない。
「そうだったのか」
 ずぞぞぞーと残りのうどんを啜るパプワ。
「マジックは、オマエの事が大好きなんだな」
 ぶっ!とうどんを噴出す俺。
「なっ……げほがほぐはッ!!」
「だって、このうどん美味いぞ」
 何故に”うどん美味い”=”親父が俺を大好き”に繋がる!!
 そう言いたかったが、その前にパプワが丼を突き出し、おかわりと言った。
 仮にも病人食を大量に与えてもいいものかと一瞬悩んだが、あげる事にした。こいつはきっと、病気を食べて治すタイプだ。
 うどんをよそいながら、ふと思う。
 俺が料理をそれなりに出来るようになったのは、叔父さんとの修行の副産物だ。あれがなかったら、俺は今どうしていただろうか。料理が出来ないかもしれない俺は。
 しかし、その俺でも、きっと卵とじうどんだけは作れたんだろう。
 その時の親父の顔が頭を過ぎって、軽く振る事でそれを追い払った。
 けれど、親父に教わったうどんを、パプワが食べているという事実までは、追い払いようがなかった。



 ある日、ふと尋ねてみた。
「パプワ。オマエはマジックの事をどう思うんだ?」
「うん?好きだぞ!お菓子もくれたし、チャッピーを可愛がってくれたしな!」
「……………」
 俺なんかそれ毎日してるんですけど。
 なーんか、例のうどん以来、パプワの中で親父の株が上がってるように思えてならない。
 ………恨むぜ、親父…………






シンパプ。マジシンじゃないですよ、お嬢さん。

パプワくんの中でマジックさんのお株が上がったのはシンちゃんを大事にしているからだという理由なんですが、
シンちゃんはそれに気付かないといういオチで。
……やっぱりヘタレだなぁ、うちのシンちゃんは……

そしてタイトル真剣に考えようぜ、自分。