(な〜んか結局居つく事になっちまったなぁ)
俺は総帥だ、と決意を新たにした矢先の事なので、少し拍子抜けもいい所なのだが。
パプワ曰くの”重たい服”からかつて島で過ごした南国ルック(笑)に着替え終わったシンタローは、そんな事をつらつらと考えていた。
「着替えたか、シンタロー!」
んば、と扇子を広げ、パプワが目の前に立っていた。
「その格好が一番似合うな」
「バーカ。俺みたいないい男は、何着たって似合うんだよ」
何だかそのセリフさえ、自分を歓迎しているように思えるのは、やはり気のせいなんだろうか。
少し考え、シンタローはパプワをひょいこらと抱き上げた。
「シンタロー?」
「んー……」
ぽすり、と頬を肩に預ける。長い前髪がくすぐったいのか、パプワが身じろいだ。
「もうちょっとこのまま……」
ぎゅ、と更に抱き寄せ、空白が無いくらいに密着させる。
何だかやたら甘い雰囲気になってきたので、リキッド(←居た)は大変居た堪れない。
「あー………」
うっとりとしてシンタローは、言葉にはならない呟きを漏らした。
そして、言った。
「コタローの匂いがする…………」
「………………………………………………………………………………………」
ピシリ。
空気に皹が入った。
「どー見てもシンタローさんがいけないッスよ」
応急セットを片付けながら、リキッドは言った。同時に、これくらいの応急セットでよく治療が間に合ったな、とも思ったが。
「いや……悪気は無かったんだよ。つーかあの後「なーんてなv」とか言ってかっ飛ばすつもりだったんだが……」
気付いたら目の前が真っ暗で気絶していた。
「そりゃー、凄いいいポイント入りましたもん。パプワの蹴り、こめかみ直撃でしたよ」
「……そうか……
んで、パプワ何処行った?」
「さぁ、蹴った後そのまま外出ちまって……」
それでリキッドはパプワを追いかけるか、シンンタローの治療をするかを考え、その流血量が尋常でなかったので後者を選んだ。何で、この人生きてるんだろう。
「じゃ、ちょっくら探しに行ってくるわ」
ひらひらと手を振り、軽く言うシンタロー。
「もうちょっと間を置いた方がいいんじゃないですか?また蹴られるかもしれませんよ」
その言葉には、ニヤリ、と笑みを深くして。
「慣れてる」
それだけ言って、シンタローは外に出た。
それを見て、何だかんだでお互いが大切なんだなぁ、とリキッドは思った。仮死状態に陥らせる蹴りを浴びせた割には。
最初の島は、その雰囲気につられ、自分はのこのこ出て来てしまったくらい居心地が良かった。後の獅子舞の仕打ちの事も考えず。
そんな、穏やかで優しい空気の一番の真ん中には、あの2人が居たのだと思う。
それはさておき。
「……もしかして、体よくメシ作り押し付けられた?」
もしかしてではない。
明らかに押し付けられたのだ。
それに気付いたリキッドは、がっくりと肩を落とした。
さて時間は少し戻る。
シンタローに強烈な蹴りを浴びせ、「こんな流血在り得ねぇー!」と叫ぶリキッドを後に、パプワは闇雲に森の中へ入った。
適当な樹に背を預け、荒れている心を落ち着かそうとしている。
「……シンタローの、馬鹿者」
でも口を出るのはそんな言葉で。
それに反応して、付いてきたチャッピーが鼻を鳴らして擦り寄る。
「別に気にしてないぞ、チャッピー。
あいつはああいうヤツだからな」
見限れられてますよ、シンタローさん。
別に、どころか全く構わないのだ。本当は。自分より弟を優先しても。
だって家族なんだから。家族は大事にしなくちゃいけない。
自分にだって家族は居るから、そう思う。
でも。
自分の家族は種族が違っていて、身体の構成は全く似ても似つかない。
同じ作りの身体で、腕で、抱きしめられたり触れられたりするのは、シンタローが初めてだった。
傍で見るだけでも、一緒に寝るのも。
手を繋いでくれたりなんかしたらもっと嬉しい。
それだと言うのに、あのセリフは無いんじゃないだろうか。
まぁ、自分の内を打ち明けた事が無いので、仕方ないと言えば仕方ないのかもしれないが。
「……馬鹿者」
言うつもりなんてまるでないのに、また出た言葉。
それは今度は、第三者に自分の居場所を知らせる役割も果たした。
「おう、パプワくんじゃねーか」
紐に吊り下げた魚数匹を持って現れたのはトシゾーだった。魚は大方リキッドにでもくれてやるのだろう。
「どうした。こんな所で」
本当にどうした、である。
いつもなら、そこいらの人間の何倍も存在感があるというのに、今はさっきの呟きが聴こえなかったら、自分はそのまま通り過ぎてしまったに違いない。何だかこんなパプワを見るのは、朝の歯磨きをし忘れたみたいな気分になる(どんな気分なんだか)。
「誰かと喧嘩でもしたか……?」
まさかそんな筈はないだろう、というニュアンスを籠めたセリフに、けれどパプワは少しの反応をみせた。
それで、少し考えてみる。
この島のチャンピオンであるパプワに、島民達が喧嘩をするとは在り得ない。
次にリキッドだが、それも無いだろう。
消去法で、というかそれをするまでもなく、一番可能性があるのはシンタローである。
大人気ない、と言いたい所だが、何やらこの2人は自分が立ち込めないようなものがあるので、きっとそれが原因だろう、と勝手に結論付けた。
「もうすぐリキッドがおやつ作ってる頃なんじゃないのか?」
「ん、そうだな。帰るか、チャッピー」
あおん、と一声鳴いて後ろを付くチャッピー。
の後に、トシゾーも続く。
振り返るパプワにこれを届ける為だ、と言う代わりに魚を軽く持ち上げる。
納得したパプワはそれ以上は何も言わなかった。
いつも通りにもとれる仕草だが、今はそれがとても頼りない、歳相応の子供の寂しさが見えるようで、トシゾーは軽く頭に手を乗せた。
それはあっさり振りほどかれてしまったのだが、拒まれたよいうより、違う、と言われたような気がした。
魚の土産はトシゾーの予想以上に喜ばれた。
「うっわー!トシさんどうもすみません!
あ、今茶でも入れますから、座っていて下さい。血溜りは避けて下さいね」
地面に広がる生生しい血痕に、とても詳しい事情を聞く気にはなれなかった。
「今日は焼き魚だな」
ポン、と扇子を広げてパプワが言った。
「シンタローさんと丁度すれ違いになっちまったなー。つい2,3分前に探しに行っちゃって」
魚の下ごしらえをしつつ、リキッドは言う。
「探しに行くか?」
トシゾーは同意を求めた。
それにパプワはまた扇子を広げた。
「探さしておこう」
「ま、それがいいだろうな。
あ、トシさん甘いもの食います?おやつ」
「貰おうか」
「リキッド!解っていると思うが、ボクは大盛りだぞ!」
「はーいよ」
ザザァッ!
靴の底が地面を摩擦する音が、少し離れた距離でも聴こえ取れた。
「な……!パプ……!此処………!!」
ゼイハァゼイハァと荒い息の合間に、途切れ途切れのセリフが聴こえた。
「あ、シンタローさんお帰りッス」
「遅いぞシンタロー!」
「わうわう!」
「邪魔してるぞ」
「テメーらひと括りに何してんだぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
不規則呼吸から復活したシンタローは、力の一杯叫んだ。で、再び軽い酸欠になった。
「見て解らんか。しるこ食ってる」
「冷やし白玉ぜんざいですよ。食べます?」
「チキショー、人が島駆けずり回ってる時に甘味タイムを満喫しやがって………!!」
『お前が悪いんだろう』
3人にハモられて、シンタローはぐうの音も出ない。事実そうなのもあるが。
呼吸を整えたシンタローは、ぐしゃぐしゃ!と髪をかき混ぜた。
それから、少し恐る恐るといった感じに、パプワの隣に座る。
パプワは、気にするでもないように、ぜんざいをかっ込んでいる。
「あーと、パプワ?」
「リキッド、おかわり」
いきなり無視されてシンタローのガックリと肩が落ちる。何だか冷や冷やしてきてしまうリキッドだ(でもおかわりはよそった)
「さっきのはなー、何つーか、冗談ていうか。
ちょっとまだ久しぶりに会って照れくさい所もあった、て言うかー………」
ぽりぽり、と頬をかいて、バツが悪そうに言う。
「冗談でも言っていい事と悪い事があるよな。ごめん。
お前にまた会えて、俺はすっごく嬉しいよ」
自分には後頭部を向けて、ぜんざいを食べるパプワに、素直な心内を曝け出してみる。
取り繕った大人の部分を見せても、振り向いてはくれないのだから。
「……………」
ずぞーと最後の一滴まで飲み干したパプワは、其処でシンタローの方を向いた。
見られているのが痛くなるくらいの、真っ直ぐな瞳。
「パプワ」
「……………」
パプワは呼びかけにも何も応えなくて、ただ、黙って。
その首に、手を廻した。
「パプワ………」
自分の腕では持て余してしまうくらいの小さな身体を、抱きすくめた。
良かった、めでたしめでたし、とリッキドは涙しながら小さな拍手を送り、トシゾーは鼻を掻く振りをしてこっそり啜った。
パプワは首に廻した手に、力を込める。
ぎゅう。
更に籠める。
ぎゅうぎゅう。
「はは、パプワ、ちょっと苦しいって」
まだ籠める。
ぎゅうぎゅうぎゅう。
「ちょ、パプ…………」
まだまだ籠める。
ぎゅうぎゅうぎゅうぎゅぐぐぐー。
「や、マジで……お………さ、酸素がぁ…………!!」
「お、おい!ありゃー抱擁じゃなくてヘッドロックかけてんじゃねーんか!?
うわ頚動脈入ってやがる!!」
「パプワ、ストップストップー!!あぁ、シンタローさんの顔がいい感じにチアノーゼ-------!!」
結局許してもらうまで2週間ほどかかったそうです。
教訓:言うセリフはTPOを弁えて。
<終わり>
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