「シンタロー、バレンタインだ!」
と言って、パプワからチョコレートを貰った。
この事実を処理するのに、俺は若干の時間を要した。
いや、言ってる事もやってる事も、何も可笑しかねぇんだけど。
「………何で……チョコがあるんだ?」
「ボクが作ったからに決まってるだろう」
「そーじゃなくて。どうしてパプワ島にチョコがあんのかと訊いてるんだ、俺は!」
「え、前のパプワ島ってチョコ無かったんスか?」
疑問に答えたのはリキッドだった。
「此処にはカカオの木があるか「どーしてそれを教えなかった!!」ガキ!「ぐへぁ!」
セリフ途中のリキッドの横面を思いっきり殴る。
土曜8時のヒーロー番組に出ている怪人が見たら文句が来そうな行動だが、俺は怪人じゃないのでヨシ!
あーあ、それにしても、あると知ってたら俺も作ってやったってのによ……
………もう一発殴っとこうかな、リキッドのヤツ……(なんて思った途端、ヒィ、なんて呻きやがった。心でも読めんのか?)
「シンタロー、早く食わんと溶けるぞ」
むぅ、と僅かに眉間に皺を寄せて言う。こう表情すると、まだまだ幼いな、て思う。
言ったら顎の下を的確に狙ったパンチや蹴りが飛ぶから、あまり言いたくないけど。
俺としてはもう少し余韻に浸っていたいところなんだが、パプワの言う事は正論だ。
南国のチョコの寿命は短い。折角なんだから、完璧な状態で食べたいじゃないか。
バレンタインだ、と差し出されたチョコは綺麗なラッピングに包まれる事も無く、ただ皿の上に転がっている。
味気ない、と思うより先にコイツらしい。
くれるチョコはトリュフで、ココアパウダーが塗してある。口に放り込めば、最初、外側のチョコがカリ、と歯応えを残して、中のトロリとしたチョコが舌に溶ける。
……美味い。
マジで、美味い。
こいつ、料理も出来たんか……?(作って貰った事なんて、ただの一度もないから)
感動してるのか呆然としてるのか、自分でも解らない状態に陥ってる前で、リキッドがパプワに笑いながら言う。
「やったな、今年はちゃんと渡せられて」
「今年”は”?」
「毎年作ってたんですよ」
顔を傾け、な、と呼びかける。それにパプワは頷きを返した。
そんなリキッドに、てぇんめーアイコンタクトなんざ交わすなぁ!と右ストレートをかっ飛ばす事もせず、今度は素直に感動した。
そっか……作ってくれてたんだ……
「無駄骨折らせたな、3年分」
「そんな事はないぞ、シンタロー」
パプワは得意げに言う。
「オマエが居なかった時でも、ちゃーんとオマエの写真の前に飾ってやったからな!」
「………………」
何かそれ、ビジュアル的にもの凄い不吉なのでは…………
でもまぁ、いい事にするか。
2つ目のチョコを手にする。
と、パプワの視線をひしひしと感じた。
何だ?まさか変なのが混じってるとか……
………あぁ、そうか。
「すげー美味いぜ。ありがとな」
「当然だ、ボクが作った」
居丈高にそう言う前に、少し息を吐き出していたのを、俺は見逃さなかった。
「パプワ、一ヵ月後楽しみにしてろよ?」
散歩の途中、浜辺に腰を降ろして、隣のパプワにそう言う。
しかし、パプワはきょとんとしていて。
「一ヵ月後に何があるんだ?」
「は?だってホワイトデー……」
と、言いかけて、俺は思い出した。
2月14日に聖バレンチヌス司祭が殉職して、その1ヵ月後に男女が永遠の愛を誓った事が、この2つのイベントの基になっているが、ホワイトデーは全くの日本オリジナルの文化だ。欧米諸国じゃフラワーデーとかポピーデーとか言って、単純に贈り物をする日だから、リキッドが知らないもの無理はねぇ。
「日本はな、バレンタインデーのお返しをする日があるんだよ。1ヵ月後にな。
その日にはクッキーとかキャンディとかを相手にやるんだ」
「そうなのか」
いつも通りの短い返事。
そう言えば、最初のパプワ島の時、俺はしょっちゅう何かにつけて日本のイベントをやってたな。
そしてまたこうして、日本の行事をパプワに教えて……時間が戻ったみてぇ。
いや、戻ったというものしっくり来ない。
何て言うか……何だろう。
まるで、今までずっとこんな事をしていたみたいな、むしろ離れていたのが嘘みたいに思える。
そんな感じ。
つらつらとそんな物思いにふけっていたら、横から「シンタロー」と声がかかった。
何だよ、と横を向けば、パプワは嬉しそうな笑顔を乗せていた。
「ボクは別に離れている間、寂しくなんか無かったぞ。また会えるんだからな。
……寂しくはなかったけど」
………けど?
「やっぱり、シンタローが居ると、楽しい」
俺は考えに考えて、「まぁ、俺も退屈はしねぇよ」とだけしか言えなかった。
よく、お返しは3倍返し、て言うけどよ。
これの3倍返して……どーすりゃいいのよ。
俺は、嬉しくて困った。
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