ふと、パプワがきょろきょろとあたりを見渡した。なんだか小動物じみた動きだな、と思っていると、パプワがこちらを向いた。
「シンタロー、なんか外でどんどんと音が鳴っているぞ」
「へ?マジで?」
その言葉に耳を澄ませてみるが、シンタローには聴こえない。
しかし、ここで空耳なんじゃねぇの、とかは言わない。言ったら絶対飛び蹴りを貰うだろうし、五感が優れているパプワが聴こえ間違いなどするはずもない。
ベランダに出て、改めて音を探す。
どこかの家のテレビの音、車の音などの向こうに、確かにパプワの言った、”どんどん”と聴こえる音がした。
ちょっと聴けば、まるで車が追突したような音だが、これは。
「あぁ、花火の音だな。どこかで祭りでもしてんだろ」
「ハナビ………」
と、言ってパプワは黙り込む。
そして、シンタローの服の裾を引いて。
「シンタロー、”ハナビ”って何だ?」
「……え?」
「そぉかー、パプワ君は花火を知らなんだったべかー」
ぼりぼりばりぼり。
「意外とも言えるし、納得も出来るっちゃね」
がさごそぱりぽり。
「………お前ら、話すか食うかどっちかにしろよ」
と、シンタローに言われたミヤギとトットリは、顔を見合わせ。
ばりぼりむしゃむしゃばりぼりり。
食べることを選んだ。
それを見て、今度同じ事したらぶん殴ってやる、と決めたシンタローだ。
「ほんで、次の日曜わざわざ遠くの花火大会行くんか?シンタローとあろうものが健気じゃのー」
がっはっはと豪快に笑うコージだった。手にした炭酸印象水が、どうしても発泡酒に見えてしかたない。
「これくらいの、何が健気なんだよ」
「じゃかしーわ。前の彼女の去り際のセリフが「どうせわたしだけが特別って訳じゃないんでしょ」だったくせに。それを踏まえりゃ甘やかしもいい所じゃ」
「うるせーな!あれはお前らがブラコンブラコン煩いから形だけ付き合ってただけなんだよ!だからそれとこれとは別問題だろ!」
「うわー、シンタロー酷い男だべ」
「黙れ」
ごきん、とミヤギの頭にとても痛い拳骨が落ちた。すかさず、トットリが「あぁっ!ミヤギくん!」と駆け寄る。
と、なんだか手を組んでアラシヤマがうっとしりている。
「シンタローはんと花火……どすか。えぇどすなぁ……風流で……なぁ、シンタローはん、」
「ついて来ようとしたら、見掛けしだい闇に葬る」
アラシヤマにそう言ったシンタローの目は、間違いなく本気だった。
そんな訳で行く事にしたのだが、一応、予習(?)という事で花火についてレクチャーする事にした。
「えー、花火と言うのはだなー………あー、でっかい火花というか、なんというか……」
「ヒバナってなんだ」
すかさず質問するパプワ。
「火花ってのは、小さい火のようなもの……で、いいのか?」
意外と説明に難しいな、と早速言葉につまるシンタロー。
「絵にすると、こんなだ」
適当な紙に、ささっとエンピツで描いてみる。
「……………」
「……………」
放射線だけのそれは、描いたシンタロー本人でさえ、なんだか首を捻ってしまう。
「……ま、見れば解るから」
今までの数分を無意味にするようなセリフを吐いたシンタローだ。
「そうか」
パプワが言う。
「シンタローが見せたいって思うくらいなんだから、きっといい物なんだな」
いつもは生意気な事しか言わないくせに、不意に素直になるんだから。
疚しい事があるでもないのに、そっぽを向いてしまった。
さて、当日。
電車を乗り継いでやって来た其処は、小さいながらもちゃんと祭りになっていた。
適当にヤキソバやタコヤキを買い与え、時間を潰す。食べ物を与えればパプワは大人しいものだ。食べる事に集中するから。
「もうすぐだからな」
「ん」
その声はタコヤキを食べた時についもれた声なのか、返事なのか。
ともあれ、芝生の広場に出る。皆が座っているので、自分達も習う事にした。
シンタローが座ると、パプワが当然みたいに膝に乗り上げる。
「まだまだ、軽いな」
「その内追い越してやるから、覚悟しとけ」
ふん、と居丈高に言う。膝に乗っている癖に。
そうしている間、人は更に増え、設置されたスピーカーからアナウンスが流れる。
そして。
「来るぞ」
ひゅるるる、と空気を切るような音。
そして、すぐにどーん、と大砲のような音が夜空を震わせた。
シンタローにすればまだ宵の口だが、パプワにすれば夜遅くだったのだろう。
家に帰り、寝る為の身支度を整えベットに潜ると、すぐに寝息が聴こえてきた。
試しに、額の髪をかき上げてみたが、瞼が開ける事は無い。
「…………」
帰り道。
花火はパプワを大いに満足させたようで、すごかったな、綺麗だったな、と目を輝かせて何度もその感動を口にしていた。
が。
来年もまた見に行こう。
このセリフだけは、出てこなかった。いつまで待っていても。
その理由は解る。来年もここに居る保証なんて何処にもないからだ。
そもそも自分がパプワと居るのだって、本来の身元引受人のジャンがうっかり交通事故に遭った為に、成り立っているだけの事だ。プレハブみたいに脆い。
「…………」
今はこんな、寝顔を見れて髪に触れるくらい近いのに、いつか、遠くない未来、もっと言ってしまえば明日にでも、声すら届かない場所へ行ってしまう。
-----甘やかして何が悪い。どうせ、すぐにどこか行ってしまうんだ。少しでも、自分の記憶を残そうとして何がいけない。いろんな所連れていって、沢山遊んで、そうして別れるその時に、わんわん泣いてしまえばいいんだ。こんな可愛くないガキなんか。
ずっと自分と居たいと、言ってくれないパプワなんか。
ばふ、とまくらに顔を埋める。当然、視界は真っ暗になり、シンタローは夜空を連想した。
あれだけ華やかに煌びやかに咲いたくせに、あっさり散ってしまった花火と、そんな花火を何個も描いておきながら、今はただ静かに広がるばかりの空と。
どっちに、パプワが似ているだろうか、と。
<了>
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