その日は、自分だけが特別な日。つまり、誕生日という日だ。
「おいシンタロー!」
「あ?なんだよ」
洗濯は今してるし、メシはさっき食ったばっかりだし、と、文句を言われそうな事柄を、返事をしながら思い浮かべては消去法で考えてみる。
「今日はお前の誕生日らしいな」
「あー……そうか、そうだったな」
視線を宙に彷徨わせ、呟くように言う。
「て言うか、なんでオメーが知ってんだよ」
自分は教えた覚えは無い。
「タンノくんやイトウくんが教えてくれたぞ」
と、言われて思い出した。そうだ、そうだった。いつだったか、あまりにもしつこいから教えてやったんだった。
じゃぁ、絶対今日、両方が勢いを増してやってくるぞ……今から疲れるシンタローだ。
「それで、だ」
パプワは扇子を広げ。
「それのプレゼントとして、一個だけ何でも願い事を叶えてやろう」
「マジで!!?」
思っても無かった言葉に、手を泡だらけのまま立ち上がる。
「本当に、本当に何でもいいんだな!?」
「もちろん」
「じゃぁ日本に帰、」
「それはいかん」
セリフを全部言い終わらずに切捨てられ、ずどーんと落ち込むシンタロー。
(だよなぁ、そうに決まってるよなぁ……何をはしゃいでいたんださっきまでの俺)
「さぁ、何でも言え」
「何でもってねぇ……」
一番の願い事を却下されて、何でもも何もあるだろうか。
「皆、協力は惜しまんからな、大抵の事は出来るぞ」
だから日本に帰してってば。言っても無駄だからもう言わないけど。
「うーん……じゃ、ちょっと考えてみるわ」
折角の子供の無邪気な申し出だ。ンなもん無ぇよで終わらせてしまっては、大人が廃るってもんだ。
軽く返事をし、とりあえずは洗濯の続きをする。
「そうか。ちなみに日没まで言わんと、その後言っても叶えてやらんからな」
「はぁ!?何だよソレ!せめて夜まで待ってくれないのかよ!」
「夜更かしはお肌に悪い」
「俺の誕生日よりお前のスキンケアが大事か!!」
チックショウ絶対とびきりの願い事叶えさせてやる!と、早速大人気無いシンタローだった。
で、家事を一通りこなし、さて考えようか、と思ったのだが、そうもいかなかった。
パプワから言伝されるのか、島の住人皆が来ては願い事決めた?と訊いてくるのだ。それも、ひっきりなしで頻繁に。行為でしてくるのだから、無下には出来ない。まぁ、2名を覗くだが。
それから逃げるように人気の無いところを探しながら歩き、いい具合の丘に出たので休憩する事にした。腰を降ろした時、座った拍子に擦れた草の香りがする。
(誕生日のプレゼント……か)
だからと言って金目のものを強請るのもなぁ……っていうか、それ要求したら金気のものが来たってオチになりそうだし。
昔は一杯貰ったもんだ。クマのぬいぐるみやら自転車やら。
今一番欲しいものと言えば弟との生活なのだが、それはいかんと言うし、秘石はもともと自分の物だし。
そう言えば何でパプワはああも秘石に固執するのか。あまり、物欲が強そうにも思えないんだが。
自分が嫌いだから意地悪してるんだろうか。いや、それはどうでもいいけど。
どうでもいいけど。
ちょっと、それは。
知りたいかも、な。
なぁパプワ!いい加減返せよ!
「だめだ」
何で!
「だって返したら、お前、帰っちゃうだろ」
………え?
「ボクは、一緒に居たいんだ」
お前はこの島の住人じゃなくて、「来た」ヤツだから、帰らなくちゃならないんだろうけど
それでも一緒に居たいんだ
ゴス!!
「どぇあっ!?」
頭をサッカーボールよろしく蹴られ、その拍子に眼が覚める。
眼が、覚める。
自分は寝ていたんだろうか。なら、さっきのは。
(………夢?)
「呑気に寝てなんかいるな。もうすぐ日が沈むぞ」
「え?……げっ!本当だ!!」
太陽は半分沈み、水平線を赤くしていた。
「皆、ウチに来て飾りつけしてくれているぞ。あとは料理だけだ」
「……それって、やっぱり俺が作るわけ?」
「当然だろう」
当然なんだ……と遠い眼をして夕日を眺める。
「で、何か決めたか?」
「いや…………」
何も決めてないといえば、何も決めてない。
でも。
「……なあ、パプワ」
「何だ?」
「どうして、秘石返してくんねーんだよ」
夢(仮)でした質問をそのまま言ってみる。何故だか、緊張してるみたいに鼓動が速くなる。
「そんなもん」
パプワは言う。
「あれは拾ったんだからボクの物だからに決まってるだろーが」
「………はいはい、そうですね。そーでしたね………」
だから、俺は何を期待してるんだよ、と己を省みる。
いや、でも。
あれが本当に、パプワの心境であったのだとしたら。
こう、言えば。
「パプワ」
帰っても、何度でも会いに来るから、
だから、秘石を、
「シンタロー」
パプワが言う。
「日が暮れた」
そう言った通り、日は落ちて海の下に沈んでしまった。もっとも、直後だからなのか、あまり暗くは無い。
「帰るぞ。みんなが待ってる」
「……ああ」
立ち上がる。
歩きながらシンタローは思う。今、パプワが言ったタイミングは、何だか自分のセリフを遮るようだったな、と。さっきみたいに。
そうしたのは、やっぱり、そう言われれば頷かざるを得ないからなんだろうか、と。それが嫌だったからなのだろうか、と。
しかしそれが成り立つのは、パプワが自分の心を読めたのが前提だ。いくら最強ちみっ子でも、それは出来まい。
でも。
あのパプワとの会話がただの夢でなく、本当だとしたら、自分の心の中も今はパプワは読めてるんじゃないだろうか。相互干渉、とかいうヤツで。自分は、そういう超常現象に詳しくないからよく解らないけど。
解らない事だらけだ。夢なのか、そうでないのか。
本音だったとして、それが知れたのが、とても嬉しいように思えるのも。
<終わり>
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