ここはとある呉服店。しかしごく普通の、とはあまり言えないくらい繁盛している。
店は儲かっているが店内にそんなに人が犇いていないのは、顧客単価が高いのと、店と契約しているから。三河屋が料亭に酒やお酢でなく、服を届けているもんだと思っていい。
で。
「あ?何だって?」
長い髪を束ねながら、シンタローが言う。
「だけぇ、今夜御用聞きに行くっちゃろ?そん時、シンタローも」
一緒に行こうとトットリが言う。言ったのはトットリだが、横に並んでミヤギも居るしコージも居るからアラシヤマも居た。
「あほか。ガキの使いじゃねぇんだから、皆で一緒にぞろぞろ行ったって仕様がねぇだろ。お前らだけで十分すぎるくらいだ」
「シンタローはん。あんさんの為にもこうして誘うとるんでっせ」
「何でだよ」
「ぬしゃぁ影でこっそりこう言われとるんじゃ」
皆は声を合わせて、
『シンタローは最近稚児を囲っているので女に手を出さない』
「よし!今夜何時出発だ!」
行く事にしたという。
そして出発の時刻なのだが。
「シンタロー」
「…………」
名前を呼ばれ、沈黙をする。
行くとパプワに言った所、何処へ行くんだ、と当たり前の質問をされ、かなり困っている。
何せこれから行く「酒処・十二番館」という店は可愛い女の子が酒をお酌してくれるというナイスなサービスをしてくれる店なのだ。そういう所なので、身の潔白を証明するために同行を決めたのだが。
しかしそれを年端もいかない子供に率直に説明するとなると、何だか不信感を抱かれそうな気がする。
とは言え、はっきり説明しない事には納得しれくれないだろうし……
あぁ。どうしたものか。
と、そこへ。
「やほー。シンちゃーん!」
「うわぁ……親父だ………!!」
「そんなに深刻な顔で頭抱えられると、いっそ「とっとと帰れ!」って壷投げられた頃が恋しいね」
シンタローに当主の座を譲ってすっかり隠居になったマジックなのだが、暇を見ては、というか無理やりでも暇を作ってシンタローに会いに来ている。
その度に何処か壊れるわ騒音はするわで店にとっていい事は何一つ無いのだが、仮にも前店主に2度と来るなとも言えず、そんな従業員一同の縋るような目線を受けて今日もシンタローはマジックを撃退する。
「今日は何しに来たんだよ。言っとくけど、俺は今から出かけるんだ」
「知ってるよ」
と、けろりとした顔で言う。そしてアイコンタクトで。
『パプワくんは私が上手い事言いくるめておくから、さぁ行きなさい』
と言った。
そして、シンタローもアイコンタクトで。
『サンキュウ、親父。助かったぜ』
『何言ってるんだい。父親として当然だよ』
ウィンクひとつ。
さぁ、と声を掛けながらパプワをひょぃ、と肩に乗せる。親父。それはしなくていいよ。それは。ちょっと突っ込んでみるシンタロー。
「パプワくん、今夜は私の家で晩御飯にしよう。コタローも待ってるよ」
毎日毎日邪魔ばっかりしてくれる父親だけど、やっぱり父親なのだ。こうして、影ながら手助けしてくれるではないか。
しみじみと父親のありがたさを身に染み込ませながら、戸を潜るシンタロー。
パプワの声が聴こえた。
「なぁ、シンタローは何処へ行くんだ?」
「お金払ってお酒飲んで、女の子にちやほやされる所だよ。シンちゃんも男だからねぇ、はっはっは」
親父殺ス。
固めた決意は大きい。
で。店。
閉まった店内は、それでも従業員は全員居た。5人が着いた途端、キャー!と黄色い歓声があがる。
「すっごい!金髪よ、金髪ー!!」
「やぁんめっちゃ肌綺麗ー!!」
「髪さらさらー!!!」
「え、いや、ちょっ……わ………どうわあぁぁぁああああッツ!?」
「わー!服脱がさんで欲しいっちゃー!!!」
「……シ、……シンタロー………!!」
ずるずると匍匐前進で、どうにか(一旦)抜け出せて来れたミヤギ。
「こういう所って、お客がおなごからサービスされるもんでなかったか……?」
「客はな。いい目が見たかったら自腹で来い」
「そ、そげな……!」
「うわーん!ミヤギ君助けてー!!」
「あきまへんて!あー!それはあきまへんってー!!」
何だか凄い事になってるみたいだ。
「……いいのか。連れ、オモチャにされてるぜ?」
この店の番頭である、何だかとても眠たげな表情の青年が、どうでもいいんだけどやっぱり言っておいた方がいいかな的に言ってみる。
「いいって。こっちも贔屓にしてもらってるしな。まぁ、おまけみたいなもん?」
シンタローは事も無げに言う。
「それより、今期の予定だけどよ」
「あぁ、まとめたのはこれだ」
「あ!1人逃げたわよ!」
「追えー!!」
襖隔てた廊下がとても騒がしい。
肝心な実印を押す権限は店主にあり、特別な例外でなければ覆せない。そして店主はちょっと外出中だった。
それでもすぐに戻って来ることもあり、パプワもマジックに預けたので、待たせてもらう事になった。
のだが。
「…………あー、」
窓の桟に、ぐったりと身を預ける。
「おー?どうした、シンタロー?」
コージが声を掛けてきた。大物らしくてオモチャには出来なかったようで、完全ノー・マークである。
「いやな、どうもこの匂いが……」
「匂い?」
「化粧のだよ。白粉やら紅やら。もう、鼻の粘膜に絡みつくっつーか……」
これなら来なければ良かった、と思う程で。
あーぁ。早く帰って。
パプワに会いたい。
(………ん?)
今ふと思ってしまったのだが、何でまた会いたいだなんて。別に会いたくない訳じゃないけど率先して会いたい訳でもないぞ。そんな事は無いぞ。あぁ俺は誰にいい訳しているのか。
そんな風にぐるぐるしているシンタローを、コージはブハっと噴出した後、盛大に笑った。
「シンタローも子供じゃのー!夜の女より昼間の子供がいいとは!」
「別にパプワがいいって言ってねぇだろ!」
「あぁ、ワシも言うとらん」
「っ!」
墓穴を掘ってしまったシンタローであった。
それまで酒瓶片手に突っ立って居たコージだが、どっかりと隣に腰を降ろす。
「まぁ、ワシも昔は原っぱで寝転がっとるのが好きじゃったがのぅ。今も無論それもいいが、それだけじゃもう物足りん」
と、ぐび、と酒を飲み。
「主ぁ果報者じゃ。子供の頃見えとった大事なモンを、今も見えるように見え方教えてくれるヤツが側におる」
「……それってもしかして、あの万年欠食最強児童の事か?」
ジト目で睨みながら、シンタローが言う。
その言い回しが気に入ったのか、また大口で笑った。
「まぁいいじゃろうて。大事なもんなんて、他のやつか、無くさないと気づかんもんと相場が決まっとるもんじゃけぇの」
「そんなに欲しけりゃ、譲ってやってもいいけど?」
そう言いながら、何故か身体が冷えるような心地だった。もし、コージがそうすると答えたら。
しかしコージは無理無理、といわんばかりに手をひらひらさせた。
「馬に蹴られて死にとうないわい」
「だから、そういう言い方は、」
言いかけ、相手にするのも馬鹿らしい、と再び窓の外へ半身を覗きだす。
夜の風が髪を靡かせた。この風はパプワの元でも吹いたのだろうか?
あー、ちくしょう。飲んだ飲んだ。
そんな気は全く無かったのだが、薦められるままに酒を飲んでしまった。
皆もだいぶへろへろだったが、無事に帰っただろうか。散々遊ばれぐったりもしていたが。
部屋に戻って、着替えて……パプワ起こさないように……
……居ないかな。親父の所に泊まってるかも。コタローも絶対引き止めるだろうし。
そう思ったら、もっと身体が重くなったみたいだ。もう、早く寝よう。
そして襖を開けると。
「…………」
大人用の布団に、埋もれるように眠るパプワ。
ふらふらとした足どりて近づく。うん、やっぱりパプワだ。
待っててくれたのだろうか。ぎりぎりまで。よく見れば、布団の中央より右にずれて寝ている。自分のスペースが空けられている。
そこに掛け布団の上から寝そべる。勝気な目が綴じられている寝顔は、とても幼い。
字を書いた半紙が散らばっていた。
(字の練習、してたんだな……)
一枚を手に取り、ぼんやりと眺める。微かに、墨の匂いがした。
もっと顔を近づけてみると、果実の薫りがした。何を食べたのだろう。
散々昼に表で遊んだパプワの髪からは、日向の薫りがする。草や花。無いはずの川の薫りまでも。
小さな身体を抱き留めて、目を綴じて吸い込むと、その光景が瞼の裏に浮かぶ。
あぁ、
とても
いい
匂い
<END>
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