「シンタロー!起きろー!!」 ドゴズ! 俺の目覚めに”快適”の2文字はまず、無い。 今日も今日とて声と同時に(もしかしたら声が後かも)全体重の掛かったエルボーだのニードロップだのが腹にかかった衝撃で眼を覚ます。 ……正直……いくら自分の膝も無いガキがやってる、っつても加速と重力がかかったそれらを喰らった日にゃ、 「どぐはぁぁぁぁぁぁぁぁッ!?」 さすがのガンマ団ナンバー・ワンの俺でも痛いですよ。えぇ、痛いですとも。 「シンタロー、朝だぞ。 腹が減ったぞ、メシ!」 「お……お前ねぇ、メシ作る人にダメージ与えていいと思って…………」 どーせ言っても聞いてくれないだろーなー、と思いつつ、腹の上のパプワを退かして、ベットから降りた。 …………ベット? ベット!!? パプワハウスにはベットは無い!断じて無い!!! 「な、な、なっ………!?」 「どーした、シンタロー」 メシは?と強請るパプワの前で、俺は壊れたテープレコーダーみたいに「な」しか発音出来ない。 ぎこちなく、目をベット際の窓へ向ける。 「………………」 そこにあったのは、”自然”では無く、”機械”。 そうだ、此処はガンマ団本部。 俺は、総帥になったんだ………… で。 「何でオマエ此処に居るんだよ!?」 ゴ! 当たり前の疑問を口にした俺の、額に置時計が直撃した。 「キサマ、召使の分際で主人にそんな口聞いていいと思ってるのか」 「……すいませぇ〜ん」 こいつの側で培ってきた使用人根性は、頭からの怪我より血で汚れるシーツを気にしていた。……せめて自分くらい、自分の身体を気遣えよ、俺。 「なかなかオマエが新生活に馴染めんだろうと気にかけて、わざわざ様子を見に来てやったんだ」 さも偉いだろ、という物言いに、あー、そうっすね、とかお座なりに返したら、今度は自由の女神像の模型が飛んできた(何でこんなモンがあるんだ、俺の部屋!)。 「って、一体どうやって此処まで……」 俺の質問を途中で遮ったのは、コール音。 緊急用のものだったので、無視する訳にもいかない。 「俺だ。どうした?」 オペレータは受話器の向こうではっきり解る程動揺していた。 「そそそそそそそ、総帥!! ただいま北北東上空にて未確認飛行物体……いや、生体を発見しました! 一見ニワトリのよーですが、大きさが半端じゃありません!!!」 …………………… 「……ダイジョーブだ。ものすごく不審だが、とりあえず害はない。とりあえず」 「そそそそそそ、それで、どどどどどどど、どうしたら!!」 「……”ソレ”に攻撃しないよう、指示して、他所からミサイルでも飛んできたら迎撃しておけ。いいな」 「ララララララララ、ラジャー!!」 ガチャリガチャガチャ、と置いた音まで震えていた。(可哀相に、このオペレーターも……) 「……まさか他にも色々連れて来ましたとか、そんなステキな展開じゃないだろうな!!?」 「皆来たがってたけどな。長距離の飛行はさすがにクボタ君も大変だから、ボク1人で来た」 よし!天はまだ我を見捨ててはいなかった!! 「シンタロー、メシ!メシ!!」 「はーいはいはい」 とりあえずあの2匹さえ居なけりゃ、なんとかなる(と、思いたい。思わせてくれ!)。 普段以上にに腹を空かしているだろうパプワに何か作るため、冷蔵庫を開ける。 ………うーん、見事に食材と呼べる物が無いな…… 入っている物は缶ビール等のアルコールが大半。後はそれのつまみにする為のものばかりだ。 仕方ないと言えば仕方ない。 料理なんてこっち帰ってから、ただの一度もしてないんだから。 「貧弱な中身だな」 「返す言葉もねぇな」 冷蔵庫の扉を開けた腕に、ぶらん、とぶらさがるパプワ。俺の腕は鉄棒か、ての。 と、またコール音。 今度は業務用だ。 これはこれで無視したら、後々煩いので取る。 「何だ」 かけてきたのはティラミスだった。 「お早う御座います、総帥。 では、本日の予定を………」 しまった……… 羅列される時刻と名詞を頭に入れながら、俺は困った。 そう、今の俺は、ガンマ団総帥なんだ。 「あー………パプワ?」 これだけの俺のセリフで、パプワはある程度を把握したらしかった。 「キサマ、折角訊ねた主人を蔑ろにするつもりか?」 いえ、決してそんな恐ろしい真似は。 だったらこっちを…… 「その予定……全部キャンセル、て訳には?」 「そういった件はキンタロー様に直にお伝えください」 うぅ………前門のパプワに後門のキンタロー……… 「………シンタロー」 頭上に圧し掛かったパプワの恨めしそうな声が脳内を直撃する。 …………… ………はぁ〜あ。 仕方ない……(て朝から何回目だよ、このセリフ)
この運転手は有能だ。 無口で、かといって車内の雰囲気を悪くはしない。 何より。 「シンタロー、茶!」 「ほれ」 「シンタロー、服派手だな」 「それは言わないで」 ……いつもと明らかに違う乗客が居ても、関心を示さない。 あのまま部屋に置いておいてもな……うっかり誰か(最悪親父かハーレム)に見つかりでもしたら、えらい事だ。 明日のガンスプ(団内社報”ガンマ団スクープ”の略)、見出しは「驚愕!新総帥に隠し子発覚!」に決まりだ。 はっはっは、笑えねぇ……… 隣で、パプワはズー、と茶を啜る。 その小さな膝に乗るのは広島名物もみじまんじゅう。 そういえば、支部へ飛ばした仲間から、何か送られて来たっけ、というのを思い出し、幸い賞味期限内だったので、それをパプワに与えた。 コージから、今食ってるもみじまんじゅう。ミヤギからは笹かまぼこ。で、トットリがナシのパウダーケーキ。 あ、アラシヤマの生八橋はパスな。だって何入ってっか解らねーし。 どーでもいいけどあいつら、各国に飛ばしたってのに、どーして地元の名産品寄越すんだ。ていうか何処で手に入れた。 パプワには制服のSSサイズの更に丈を詰めたのを着せた。さすがに腰蓑オンリーじゃマズイだろ。 最初は俺の上着だけ着せてみたけど…… あー、何だ。 俺、そこまで堕ちてねーし。 「シンタロー、どうした。目が泳いでいるぞ」 「……何でもねーよ」 俺が少しでも動くと、パプワも身じろぐ。 束ねてない髪がかかって、くすぐったいんだろう。
さすがに。 さすがにいくらなんでも冷戦状態にある相手国の本部にコイツを連れ込む訳にはいかない。俺と世界の平和の為にも! 「いいか、頼むからここで待っててくれよ、頼むから!」 俺の必死さ(プラス、買って来た食物)が伝わったのか、パプワは解った、と言ってくれた。 ………さて。 いっちょ、”総帥”してきましょうかね!
あ゛------------------------------------!! 胸クソ悪ぃ!! どいつもこいつもあいつもそいつも! 言いたい事があるんだったらはっきり言いやがれ! ていうか言わなくても解るけどな!どーせ「お父上は……」で始まるよーな、中身も意味もない誹謗中傷に決まってるけどな! 俺は俺!親父は親父! 俺は親父になれねーし、親父も俺になれねーんだ!! ったく……危うく眼魔砲ぶっ放す所だったぜ…… それにしても、時間の割りにゃ進展のない会議だったな……(ま、だいたいこんなもんだけどな) パプワ、待ちくたびれてんだろうな。 ………車内には凶器になるような物はないと思ったが……… この車の硝子は特別製で、中からは普通に外が拝めるが、外から見ると黒いガラスにしか見えない。そして勿論、防弾性。近距離爆発の衝撃にも耐えるっつー一品だ。 唯一の欠点は、高松が開発したって点だけどな。 「パプワ、戻ったぜ」 何か投げられるとヤバいので、最初は外から声を掛けた。 が、返事なし。 「……パプワー?どうした、寂しくて拗ねたか?」 ンな訳ないよなー、なんていいながらドアを開けると。 ………………………。 25秒の凝固の末、俺の頭は”車内にパプワが居ない”という結論に至った。 パプワ--------------------!!?と脳内で叫び、ついで運転手の存在を思い出す! 急いで回り込み、ドアを開けるとハンドルに身をぐったり預けた運転手。 ……あ、当身食らわせてやがる……… 仮にもガンマ団総帥運転手だ。それなりに技に覚えがあるというのに……!! 「おい、起きろ」 首筋にとん、と軽く手刀を叩き込み、意識を取り戻させる。 僅かなうめき声と共に目を開ける。 「………申し訳……御座いません。不覚でした……!」 「いや、恥じなくてもいい。あいつが特殊すぎるんだから。 で、何処に行った!?」 「それが……」 言葉を切り、目を伏せた。その事で何より語っていた。 「………パプワ……!」 こんな都会、しかも此処は軍基地で…… オマエにだって、どうにもならない事も、あるんだろう? いくらあの島で………… ------! 「なあ!」 俺は運転手に尋ねる。 「この辺に、自然公園とかは無いか!?」
本来、この惑星には緑と海だけのはずだった。 其処にヒトが勝手にコンクリートの異物を立てて。 しかし、ビルの合間にひっそりとある小さな森は、随分と肩身狭そうにそこに在った。 そして、その樹の下に---- 「パプワ!!」 これだけ必死に、誰かを呼んだのは、久しぶりだ。 最近は専ら、呼ばれる立場にあって。 樹を見上げていたパプワは、俺の声に振り向く。 「大きな声で煩いぞ、シン----……」 パプワの声が途中で途切れる。 俺が胸倉掴んだせいだ。 「馬鹿野郎!待ってろって言っただろう!!なにほっつき回ってんだ!!」 「……………」 ……は! 俺ってばこんな事しちゃって言っちゃって、あうあうあうあう!! こ……殺される!!? 「パパパパ、パプワ?すま……」 「…………」 「……え?」 悪かったな、と。 パプワのものとはとても思えないような、小さな声だった。
気まずい……… 非常〜に気まずい…… あれから他にも回って、けれどそれからはパプワは本当に大人しく車内で待っていた。 ”毎日毎日俺を困らせやがって!少しは大人しくしろー!” なんて、思ったときもあったっけ。いや、思ったときの方が多かったような気さえする。 でも。 「………………………」 「………………………」 エンジンの微かな音が耳に付く。 なぁ、パプワ。 パプワ。 大人しくなんてならくていいから。
お前らしく居てくれよ
部屋に戻った。 夕飯は出前を取って(出前つってもラーメンじゃねーぞ。何処ぞの高級レストランのデリバリーだぞ)、今はシャワー。パプワは先に浴びさせた。 「…………」 いつまでこうしていても、埒があかない。 シャワーの中にため息を忍ばせ、どこか緊張して俺は浴室のドアを開ける。 「………パプワ」 呼ぶつもりなんて全然なかったのに、つい出た名前。 この言葉を紡ぐ時の呼吸、喉、舌。 全部、染み付いている。 どちらかと言えば、普通より小さい声で、しかし静かな室内には響いた。 のだが、返事は無い。 「パプワ?」 まさか、また居なくなったのだろうか。 今度、パプワがそうする理由はあり過ぎる。 むしろ、そう取った方が自然じゃないかとも思えて。 一番最初に覗いた部屋に、パプワは居た。 キングサイグのベットのど真ん中で。 寝巻きに、と渡した俺の上着を羽織ってる。(うるせーよ!そういう意味じゃねーんだよ!!) 寝ているパプワに、妙だと自分で自覚できるくらい安堵して、物音を立てないように、慎重にベットに腰掛けた。 キィ、と軋んだが、それだけだった。 ………なんかな。 ベットが大きくて、パプワがやたらちみっこく見える。 いや、これが本当なんだよな。 こいつ、まだ子供なんだよ。 そうだよ、ガキなんだ……… 身を屈め、パプワに近づくと、潮の香りと、きっとどんな図鑑にも載って居ない植物の香りがした。 パプワ島の、香りだ。 こいつの、香りだ。 「…………シンタロー?」 一体何がいけなかったのか、パプワが目を覚ましてしまった。 「悪ぃ、起こした?」 半分以上寝惚けているのか、パプワの焦点は定まらない。 珍しい。寝惚けるなんて。 ”起きている”と”寝ている”がそれはもうはっきりしているヤツなのに…… まさか。 ざ、と血が引く。 以前パプワが病気になった時言われた事だ。 俺が不浄な物を持ち込んだからだ、と。 だったら此処に来るなんて………! 「パプ……!」 「……シンタローだ」 俺を見上げて、言う。 シャワー上がりの俺は、張り付いて鬱陶しい髪を束ねて、寝巻き代わりのタンクトップを着ている。 「……嬉しかったんだ」 ぽつり、と言った。 「オマエが居る所で、島と似たような場所があって……」 ボクとオマエの間を、繋げているようで。 「………………」 俺は、思ったんだ。 パプワが居なくなって、浮かんだのは自然のある所。 そう、考えもせずに、思ったんだ。 「……バーカ」 指で小突くと、パプワがむ、とした。 「ちゃんと確かめなくても、あるだろ」 俺の中にも、オマエの中にも。 「……………」 ぼんやりとした双眸が、ただ俺を見る。 何だか急に居た堪れなくなって、ちょっと不自然な動作でベットに潜り込んだ。 「さ!寝ようぜ!明日は俺が何か作ってやるからよ!」 「変な物、作ったら承知せんぞ」 あー、可愛くない、可愛くない。 このベットのマクラも大きくて、パプワくらいの頭1つ増えたってどーって事ないんだけど。 知らないウチに、退かされて、俺の腕にパプワの頭が乗っかってた。 チャッピー、居ないな、なんて。 どちらのものとも思えないセリフを聞いて。
……………。 ………何か、鳴ってる……… うるせーな……… 騒音の元凶は電話のコール音だった。 「何だよ」 「お早う御座います、総帥。お目覚めの時間です」 チョコロマのモーニングコール……そんな時間か……… 「おーい、パプ………」 振り返り。 居ない。 誰も、居ない。 「…………」 総帥?と離した受話器から聴こえた声で、我に返る。 またどっかに行ったかと思ったけど……この部屋にさっきまで誰かが居た気配が、無さ過ぎる。 ベットの凹みは1つ分。 綺麗に全部掛けられた上着……… ………今までのは、全部、全部。 夢? 「あー………一つ聞くが」 はい、と返事。 「付近上空に、やたらデカいニワトリを確認しなかったか?」 「……………」 沈黙。 「総帥………疲れているのでしたら、」 「いや、いいんだ。すまねぇ、訳の解んねー事言っちまって」 はぁ、と気の無い返事を返して今日のスケジュールが上げられる。 ………何か。 俺、そんな夢に出るまでアイツに会いたいんかね あの島での事が全部終わって。 パプワが居なくて。 でも”いつか”会える、”また”会えるなんて思って。 だってアイツ、さよなら、て言わなかったし。
大人はずるくて卑怯でとても弱くて すぐまた”いつか”とか”また”とか使っちゃって
でも”その日”を創るのに毎日一生懸命だから
だから
だから
なぁ
ホラ、 会えた。
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