特に用は無いけど。
折角来たのだから、顔でも覗いて行こうと思う。
総帥になって、業務上は上司になっても、やっぱり仲間なのだから。
正確には、仲間だと思いたいから、かもしれないが。
「シンタロー?」
ノックをしたが、返事は無い。
なので、名前を呼びつつ入ってみると、椅子の背に凭れ、目に冷却シートを当てているシンタローの姿。
(……お休みの所だったっちゃね……)
間が悪いなぁ、とぽりぽり頭を掻きながら立ち去ろうとすると。
「挨拶も無ぇのかよ。冷てーなぁ」
弾かれたように振り向けば、シンタローがにやりとした顔でこっちを見ていた。
「いつの間に起きたっちゃ!?」
「ンなもん、ノックする前から気ぃ付いてたっての。入ってくるだろうと思ってたのに、そのまま帰っちまうんだもんなぁ」
「だ……って、シンタロー寝てたっちゃ!!」
薄情なヤツ、と思われては堪らないと、トットリは必死の表情を浮かべて言う。その様子に、シンタローはぶは、と噴出した。
「本気でそう思ってるわけねーだろ?いーからちょっとこっち来い」
と、手招きどころか犬猫呼び寄せるみたいに、指をくいくいと曲げて言う。
その仕草が引っかかったが、あまり気にする事なくそのまま近寄る。
何だっちゃ?とか聞く前に、ぐいと引っ張られた。
「ぁわあああッ!?」
「声デけぇよ」
「って、ちょ、ちょ、ちょいこの格好!!」
トットリが赤面して訴えるこの格好とは。
シンタローの上に小さいお子様よろしく、横向きにちょこんと座らされているのだ。
もちろん、こちとら大の大人だ。そんな事をされては恥ずかしいに決まっている。
じたじたと降りようとするトットリを、シンタローはがっしりと片腕で閉じ込める。
「暴れるなよ。痛ぇだろ」
「だったら降ろせぇぇぇぇぇぇぇぇぇー!!」
「あのね。俺、今完徹3日目なの」
唐突な事を言い出すシンタロー。
「今にも眠そうなのに、これあと30分で片付けなきゃなんねーの。
て事で、そんな時に来たオマエは俺の眠気覚ましに付き合いな」
「何で横抱っこされる必要があるっちゃ」
「話してたら仕事出来ねーだろ」
なんていうシンタローの答えはあまり答えになってない。
ふと、トットリは普段の彼からは取れない香りを見つけた。
「……シンタロー、煙草吸っただらぁか?」
「んー、目が覚めるかなーと思ってな」
けどやっぱり自分には合わなかったそうだ。
それを訊いて、本当にシンタローは眠いのだと知った。
だとしたら、それに協力出来るなら、少しくらい理不尽な事でも我慢しようか……なんて思った矢先。
「……シンタロー。何処触ってるっちゃ………」
「腰」
やけにきっぱりした返事だった。
「触んなぁッ!気色悪ぃッ!!」
「うっせぇなぁ。ケツじゃないだけマシだろ」
「ケッ………!!!」
トットリはさっき意地でも手を振りほどいて逃げなかった事を、激しく後悔した。
ミヤギくんも、(ついでに)アラシヤマも、こんな勝手なヤツの何処がいいのか。
確かに頭もよくで、腕も立つ。オプションとして料理も上手い。
しかし性格が俺様過ぎる。あまりにも過ぎる。
その後、「オマエ本当に俺とタメか。ぷにぷにしてんなオイ」などと言われながら頬を抓られたり、気まぐれに腰を擽られたりと、散々な時間をトットリは過ごした。
一通りトットリを弄くって満足したのか、シンタローの目は書類のみに集中した。
それに胸を撫で下ろしながら、早く時が過ぎるか、シンタローが飽きるのをひたすらまった。まだ、膝の上に居るのだ。
ややって。
ばさ。
「シンタロー?」
書類に目を通していた姿勢のまま、目だけが綴じていた。
あぁ、眠っているな、と思う。
とうとう意思が本能に負けたらしい。
シンタローでもそんな事があるんだ、とトットリは興味深けに顔を覗き込む。
実は結構長い前髪を、そっと退けて見る顔は、端正なものだ。
(ふーん、睫結構あるっちゃね)
思えば、こうしてこんなに近くでシンタローの顔を拝むだなんて、初めてだ。
その隙に、と思ったが、片腕を自分に若干凭れかけさせている状態で自分が抜けたら、シンタローはバランスを崩し、机に頭を打ち付けてしまうのではないか。
可愛そうだが、起こそう。机にぶつかるよりかはマシだろう。
「シンタロー。起きるっちゃ」
肩をゆさゆさと揺さぶる。
しかし、こうして改めて見ると。
見てみると。
(………何か………結構………)
逞しさを感じられる顔つきであるものの、寝ているその様は何処か幼い。
そのちぐはぐさが、惹きつける。
何だか、自分がその顔を見ているのが、ものすごく申し訳ない事に思えてきた。それと同時に、どんどん鼓動も早くなる。寝息をこぼしている唇を、妙に意識してしまう。おまえにそれは、自分のすぐ近くだ。
(ど、ど、ど、どーしよー!!)
どうしようもなにも、どうもなってないのだが。
何かきっかけかはおそらく本人にも解らない、軽い混乱状態にトットリはあっている。
そんなトットリに、とどめ。
「………ンなに人の顔じっと見て。何だ、惚れたか」
「まっ……!起きたっちゃ!?」
「トットリの心臓の音が煩くてなー」
「う、嘘ッ!!」
「お?本当なのか?」
はったりだったらしい。
振り回されっぱなしだ、とトットリは唸る。
「……シンタロー、僕からかって面白いっちゃ?」
「あぁ、楽しいねー。オマエからかうと、オマケで他2人のリアクションも見れるしな」
他2人て誰だろう、とトットリは首を捻る。
シンタローは先ほど落ちてしまった書類の処理を終えた。
「終ー了ー。さて、俺は今から仮眠を取るが、オマエはどうする?」
「どうする……て」
「いや、俺はな。身体1つで寝るより、ちょっと重さがあった方が寝やすいんだけど?」
にやり。
なんていう音が聴こえそうな笑みだ。
トットリだってそんなに馬鹿じゃないのだ。
「ぼ、ぼ、僕ぁもう戻らんと!!じゃぁな!シンタロー!!」
「そんなに慌てなくても、取って食ったりしねーよ」
嘘だ。絶対嘘だ。
カラカラと笑うシンタローを、悔しくも思いながら。
衣服に染み付いてしまった煙草の香りに、今だ抱きしめられているような錯覚に陥り、トットリはまた早くなった鼓動に困った。
<了>
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