例えチョコを贈られようと贈られまいと、今日はバレンタインディ、愛の日だ。
そう、例え隣に居るのがどんな人であれ。
「はー……今年のバレンタインはオラの周囲のみ仏滅だべ……」
「何か言いはりましたか顔だけの人」
その日。
ミヤギはアラシヤマと組で任務に就いていた。
どうしてこの2人になったのか……は誰も解らない。
真意は決めた総帥、シンタローの心内に在る。
一説によれば鉛筆サイコロで決めてるとか何とか。鉛筆サイコロとは六角形の鉛筆の尻尾に1から6を書いた大変お手軽な物だ。この噂が本当なら、せめてダイスを使って欲しいものだ。
それはさておき。隣の人物の存在は意識的に消去するとして、ミヤギは何回目か解らない溜息と、
(トットリ……何してっかな)
それに伴い、こんな事を思っていた。
思ってはいるが、口には出さない。アラシヤマに訊かれたくないからである。
その、ミヤギの何回目は解らない溜息の後、顔を思いっきりしかめたアラシヤマが言った。
「忍者はんの事が気になるんでしたら、通信でも何でもしたらええやないですか。
全く、溜息がうざ過ぎまっせ」
その発言で、ドガシャァッ!とミヤギが椅子から落下した。
「んなっ、なっ、なっ、なっ!
オ、オラ一言もトットリだなんて言ってねーべ?!!」
「おたくが溜息吐く理由でそれ以外に何がありますかいな」
スパ!という音が聴こえそうなくらい小気味いい切り落としだ。
「オオオオ、オラだって色々考えることはあんだ!」
「へぇ?例えば?」
「……自衛隊の派遣とか、年金制度の事とか………」
「…………………」
へっ。
おわ思いっきり見下して鼻で笑いやがったぁぁぁぁぁぁぁ!!!
ミヤギは旧パプワ島で特選部隊と対峙した時以上の殺気にかられた(そこまでかい)。
殺ってしまってもいいだろうか。
ガンマ団には組織にありがりな組合員同士の切った張ったはご法度ではない……筈だ!
あぁでもここでコイツを葬るのはいいが、全くいいが、それで返り血を浴びてしまったら、そんな身体でトットリに触れる事は出来ない……
そうだ、トットリだ。
今、どうしてるかなぁ。
ごく小規模な戦争を起こせそうな程だったミヤギの思考は、ぐるっと一周して元に戻った。
そんなミヤギの様子が手に取れるように伺えたアラシヤマは、ひょいと肩を竦めた。
「外の空気でも浴びてきますわ」
あぁ、行って来い。空気でも放射能でもスカラー波でも浴びて来い!(スカラー波って何?っていうヤツはパナウェーブを思いだせ☆)
ガー、ガー、プシューと自動ドアの開閉する音で、アラシヤマが外で出たのを知る。見送ってなんかやるものか。
室内は、ミヤギ一人のみとなった。まぁ、さっきと大差ないのだが。
四角に区切られた、窓の向こうの空を見やる。
この流れる雲は、トットリも見たのだろうか。それとも、これからトットリの方へ行くのだろうか。
普段はこれ程感傷的でもないのだが、そうなってしまうのはやはり今日のイベントのせいだろう。
士官学校時代、チョコをたくさん貰った。何故か、貰った。教室へ行くと、机の上にあった。女子が居ないはずなのに、あった。……少し、いやかなり怖かった。
その、(入手経路不明)のチョコの山を見て、「うわー、ミヤギくんってモテるっちゃねー!」と自分のようにはしゃぐトットリが可愛かった。
あんまり嬉しがるから、少しくらい妬いてもいいのに、と思ったくらいだった。
(あん時は……約束もしないで、毎日会えたのにな)
最後に会ったのは……4ヶ月?半年前だっただろうか。
身体は離れても心は傍にあるよ、なんて全くの綺麗事だ。傍に居なければ何も出来ない。顔も見れない。
また、ミヤギの口から溜息が出そうになった、瞬間。
ビー、ビー、と不躾なブザー音が鳴る。ドアを開けてくれ、と外に居る者が頼んでいるのだ。
誰だべ、と考えを巡らせ、一番可能性が高いのはアラシヤマなのに、違う意味での溜息が出る。
あいつの為なんかに動くのは癪だが、ここで開けてやらないと後々まで祟られる勢いで文句を言われそうだ。
「あーもう、今開けっから」
ピ、とドアの横にあるボタンを押す動作一つで、簡単にドアが開いた。
が。
そこから、が問題で。
部屋に入ってきたのはアラシヤマではなかった。
勿論、他の組織が放った刺客でもない。
「----ミヤギくーん!!」
ミヤギが一番、一番会いたがってた人で。
「ト、トットリィ!!?」
だった。
とりあえずはその身体を抱きとめた。
再会の抱擁……ではなく、トットリが床のドアのスライド部分に足を引っ掛けて躓いたからだ。
「へへ、コケちゃったわいや」
胸元から顔を上げ、にか、と眩く笑う。
「ったく、何しとんだべ。いい歳こいて」
それにミヤギはニヒルな笑みで返した。彼は自分がこういうキャラでいて欲しいようだ。少なくとも、トットリの中で。
「うん、久しぶりにミヤギくんの顔見たら、それしか見えなくって」
が、そんな折角のキャラ作りも、こうした明け透けなセリフの前では剥がれざるを得なかったりするのだが。今だってにやけた赤面顔を堪えるのに必死だ。
「……でー?何しに来ただ?」
平静、の2文字を思い浮かべて言う。
ミヤギの質問を聞いて、さっきから浮かべっぱなしのトットリの笑みが、一層眩しさを増した。それにつられてヘニャリ、とだらしなく弛緩しそうな顔の筋肉を、ミヤギは懸命に制御した。
「今日ね、ボク休みなんだっちゃ」
「休み………」
それなら、事前に連絡くれれば……と思ったが、くれた所で調節出来るのかと言えば、無理だ。
来てくれただけでもよしとしなければ。
「そっか。んだら適当に見て廻れや。オラは行けないけどー……って、トットリ?」
ミヤギの言う事を聞いているのかいないのか、トットリはドアを正反対の方向へ進む。
そして机の上の書類の束を見つけた。
「あ、これ今回の資料だらぁか?見ていい?」
「いや、構わんけど……オメー休みだべ?だったら遊びにでも……」
「ミヤギくん、此処、一応戦場だっちゃ?」
遊ぶ所なんて無い、と暗に言う。笑みは絶やさずに。
あぁ、そうだった、とバツが悪そうに頭を掻く。
ミヤギだって、薄っすら感づいてはいるのだ。トットリがここに来た理由なんて。
ただ、違った時に辛いから避けているだけ。
ミヤギが勝手に悶々としていると、トットリが言い出した。
「今日はボク、ミヤギくんを手伝いに来たんだっちゃ。
命令には背けないけど、プライベートをどう過ごすかは個人の勝手だし。
あ、でも、邪魔だっていうなら…………」
「ンな事ねぇだ!!!」
ミヤギ、アラシヤマの師匠もびっくりな即答ぶりだった。
後日。
無事、任務を果たし、その経過と結果を報告する為、ミヤギは本部を訪れた。
歩く足取りがとても軽く、ともすればスキップになりかねないくらいなのは、見逃して欲しい。
何せ、彼が今持っている報告書は、トットリが手伝って出来たものなのである。
トットリが手伝って出来たものなのである。
トットリが手伝って出来たものなのである(3回目)。
ミヤギは本部で一番厳重なドアを潜った。もちろん、そのドアのある部屋と言えば、
「よぉ、ミヤギ」
総帥----シンタローの部屋である。
真紅のブレザーを着、長髪を垂らしている姿を見て、ちょっと遅れてそれがシンタローなのだと脳が認める。
はやり、あの島での、白のタンクトップに項で一括りにされた髪型の彼の印象の方が強い為だろう。
「ほい、報告書だべ」
「よーし、ご苦労。……何かご機嫌みたいだけど、いい事でもあったか?」
ニヤリ、なんていう擬音語が聴こえそうな笑みだ。
同じ笑いという表情なのに、トットリのとどうしてこう違うのか。
自分たちの休みを決めているのは他ならぬシンタローだ。当然、トットリの休みが何時だったのかも知っている。
思う所があるだろうに、わざわざ訊いているのだ。
「いや、まぁ、色々と」
オメーにゃ関係ねぇ!とそのまま帰ってしまいたいのだが、ぐっと堪える。
何せこれから大切な事を控えているのだ。その為に!
ミヤギはワンテンポ置いて、さりえげなく切り出した。
「そう言えば、オラ、ここ暫く休みさ取ってねぇんだけど」
そう言えば、相手が「あれ?そうだっけ?」と言うだろう。
暫く休みが無かったのは本当なので、調べられても何の不都合は無い。
そうして話を進めて言って、休みを貰い、出来れば、そう、ホワイトディに同じ事をするのはどうだろう。中々粋では無いだろうか。
ミヤギの脳内ではすでに一ヵ月後、唐突に訪れた自分に「ミヤギくん……!」と感激に涙を潤ませているトットリが居た。ピンク一色で、鼻血を流さないのが奇跡なくらいだ。
しかし、現実はそうはいかない。
「は?休みなんて最近くれてやっただろ?」
なんて言われた自分の方こそ、は?である。
「休みなんてオラ貰ってねぇど!調べてみれ!」
声を荒げるななんて無理だ。意地でも主張せねば。
「えー、だってこの前、トットリお前の所に行っただろ?」
やっぱり解ってたんかいこの男。
「……来たべ」
悪態をつく代わりに答えた。
「それだ」
……………へ?
「それ……って?」
「トットリが来たのが、オマエの休暇なんだ」
「え、何で…………」
「リフレッシュ出来ただろ?癒えただろ?」
「まぁ、確かに………」
「日々の疲れを癒す事……それ以外に休暇の意義はあるか?」
「そうだけども……」
「じゃあ、オマエは立派に休暇を取った訳だ。めでたしめでたし。
あ、これ次の任務な」
パサ、と差し出された書類を脊髄反射で受け取ってしまった。
「お、っと。こんな時間か。遅れたらキンタロー煩いしなぁ」
そうして時計を見て、シンタローは出て行った。
後にはただ、言いたい事を山ほど抱えたミヤギだけが佇んでいた。
ミヤギだけがいつまでも、いつまでも…………
いつまでも………
<完>
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