手を翳しただけで、その風圧ですら軌道を変えてしまうだろう、薄い花弁を。
まるで茶の葉でも摘むみたいにひょいひょい掴みとるこの同僚は、やはりというか一般レベルでは収まらない技量の持ち主なんだろう。
(顔は幼いどすけど)
と、こっそり心で加える。言い訳よろしく。
「アラシヤマ?」
気配を悟られた事に舌を打つ。このまま、また何も見なかったように戻るつもりだったのに。
仲間との花見。
ふと気づいてみればいつも突っかかるヤツの姿は見えなくて。
ベストフレンドだ、とほざいている片割れは、酒で潰れてた。潰されていた、というのが正解かもしれないが。
居ないからどうしたのだ、と自分に言い聞かせたが、どうも気になり、いくら酒を飲んでも酔いが回らない。
ついに自分に痺れを切らし、用を足しに行くと言い訳、こうして見つけた。
そうして、そう、そのまま帰るつもりだったのに。
「こんな所で何してるっちゃ」
確かに、「こんな所」だ。
花見をするには此処は急斜面で、子供にはあまり踏み込ませたくない場所である。トットリ本人は、平地にでも居るみたいに、平然と立っているが。
「……あんさんこそ、何してはるんどす」
もちろん本当の事など言える筈が無いので、誤魔化す為に質問を質問で対した。
まぁ、まるっきりのはぐらかしでもないが。
宙を舞う淡い花びらを掴み、袋に入れている意図が掴めない。
「あぁ、これ?後で塩漬けにするんだっちゃ」
ミヤギくんも好きなんだわいやーと嬉しそうに語る。
「……………」
「何だらぁか。この沈黙」
「いや……やけにあっさり教えはったな思うて」
てっきりオマエには関係ないと切り捨てられるかと思ったのだが。
「訊かれた事には答えるっちゃよ。
それに、ギャラリーおらんところで喧嘩してもつまらんし」
「ほー」
ケロリ、と吐かれたセリフの内容に、無感動に相槌を打つアラシヤマ。
「はーぁ、桜ももう終わりっちゃねー」
殺気を膨らみ始めたアラシヤマを他所に、桜を見上げ、寂しげに呟く。
ちらりちらりと、思い出したかのように散る桜。これから、もっと散っていくのだろう。
他の花ならば、こんな感傷には浸らないだろうな、とトットリは思った。
「わては、散る時が一番好きですけどな」
ぽつん、と落ちる花弁に紛れるくらいの音量で、アラシヤマが言う。
「……やっぱりオマエって変わってるっちゃ」
セリフの内容はいつも通りだったが、顔には柔らかい笑みが浮かんでいた。
月や雪には魔力がある。
桜には無かっただろうか、と思うアラシヤマだ。
「まぁ、桜の花って大抵自分より高い所にありますやろ?
それが散ったら……何か、自分に向かって来ているようで、それが」
いいのだと。
全部言い切る前に、そのセリフはトットリの大爆笑で掻き消えた。
「ぶぁははははははははあははははははは!!!
だ、誰も自分に寄りつかんからっちゃ!?花びらもえぇ迷惑や--------!!!」
ばしばしと自分の膝を叩いて笑う。どーやら何かのツボに嵌ったらしい。
「……あんさん……あんまし笑うと………」
折角この雰囲気を壊すまいとした自分の努力を。
場所も弁えずに火炎出したろか、と手に熱が篭ったのを感じた時。
「ホラ、アラシヤマ!
あげるっちゃ!!」
ぶわり、とそれが落ちた。
視界一面の花びら。
地面に疎らに散る花弁。
アラシヤマの周囲だけ、その密度が濃くなった。
「……全部放るヤツがありますかいな」
トットリが先ほどから集めた花弁は、今ので全部地面へ散った。
「また集めればいいがや」
まだ咲いているのだから、と再び空中に手を伸ばした。
それを見て、アラシヤマは。
桜は散る時が一番好きだ。それはこらからも変わらない。
ただ、その理由が少し変わるかもしれないと。
桜を見る度に花弁の濁流の向こうの彼を思い出すのだろうと、つらつらと思った。
<了>
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