今日は風邪引き日和





 とてとてと小さな歩幅でヒーローが歩く。
 土鍋を持って。
「お粥が出来たゾ〜」
「い〜つもすまないねぇ〜」
 なんてもの凄いベタな会話を繰り広げているのは、自由人親子だ。
 状況を説明するなら、一言で片付く。
 パーパが風邪を引いた。
「大丈夫ですか、パーパさん。あ、お粥お口に合いますか?」
 気遣い、そう言うのはぷるるだ。
「うん、美味しいよ。来て貰って悪いね」
「……本当ッスね、本当、そうッスよね」
 ほのぼのとした展開にめちゃくちゃそぐわない沈んだ声の発信源はキリーだった。
「今日は……ッ!今日は、今日こそはデート出来ると思ったのにぃぃぃぃぃぃい!!!
 どうして皆して俺のデート邪魔するんだッツ!!」
「そう言うなよ。俺だって風邪引きたくて引いてる訳じゃないんだから」
「引きたい時に風邪が引けたら、持久走大会の小学生大助かりじゃないッスか!
 つーか、何で俺達の所にやって来させたんスか」
 蟲人界にて。待ち合わせ時刻ほぼその時にヒーローがやって来て、パーパが風邪を引いた!と喚くのであった。
 心根の優しいぷるるは、相手が命の恩人と言う事もあってむしろ是非に、と看病を名乗り出た。
 ぷるるの好きなキリーは、それをやめろとは言えなかった。
 で、2人は此処に居る。
「ヒーローの奥さんとか、居るんじゃないんスか?」
「アマゾネスと一緒に昨日から2泊3日の温泉旅行に行ってる」
「じゃ、バードさんとか、タイガーさん」
「あいつらはパトロールに行かせた」
「リュウさん」
「酒の肴にされるだけだっつーの」
「サクラ」
「看病してくれると思うか?」
「クラー………いや、無理ですね、無理。
 あ!そうだ人王様は!!」
「ヒーローに伝染るからって連れて行くだろうな。俺が逆の立場だったら間違いなくそうする」
「…………………」
「自分に白羽の矢が立った事に何か質問は」
「……無いッス」
 しかし、改めて凄いメンバーと関わっていると自覚してしまったキリーだ。
「ヒーロー君、あとは何をすればいいの?」
 せめてもの慰めは、エプロン姿のぷるるが凄く可愛いって事だろうか。
 今はフツーな紺色のエプロンだが、やっぱぷるるにはフリル一杯のふわふわした感じのヤツが似合うよな、んで色は白!薄く色付いててもいいかな。
「んー、後は買出しと洗濯だぞー」
 ぷるるには、ワンピースが一番似合うなぁ、やっぱふんわりしてるのがいいよな、ふんわり。
「そっかぁ。それじゃ、わたしが洗濯するから、ヒーロー君は………」
 んで、花畑で花冠被って裾広げてくるりん、とか回って貰ったしとかして。くぁー、溜まらん!!
「ちょっとちょっとちょっと待ったストップ!!」
 自分の嗜好を再確認していた(単に妄想していたと言い切れない事も無い)キリーは、我に返った。
 洗濯って事はあれだ。
 ぷるるが他のヤローの服を洗うって事だ!!
 そんな事は未来の旦那(物凄く不確定)が許さん!!
「俺!俺が洗濯行ってくっから!ぷるるはヒーローと一緒に買出し頼むぜ!」
 そうして、あー、これ洗濯物だよなー?と返事も待たず、勝手に籠を持ち出し、河へ向かうキリー。
「……何なんだろうね?」
「うーん?」
 そんなキリーの行動の意味がさっぱり解らなくて首を傾げるぷるるとヒーロー。
 事情の解ったその場唯一の大人は、知らん顔していた。
 大人なんて、勝手なものさ。




 ざばざばざ。
「ぷるる〜の為ならぁ、おっ洗っ濯〜♪」
 なんてよく解らん鼻歌を口ずさみながら、キリーは洗濯を進めていく。
 やっぱり、これからの夫婦は家事も平等に分担しなきゃな、と頭の中の未来予想図も進めて(これもやっぱり妄想と言い切れなくも無い)。
「ふぃー、これで終わりか。家事も真剣にやると疲れるなー」
 んー、としゃがみ込んだままの姿勢が続いた為、少し固まった身体を伸ばす。
「シンタローさん、まさか家事疲れじゃねぇかな」
 なんてな、とあははと笑う。
「あー?誰が家事疲れだって?」
「だから、シンタローさん…………」
 キリーの言葉が途切れた。顔は、あははと笑ったときのままだが、当然中身までもがそのままである筈が無い。
 今、いきなり自分の独り言に参入してきた相手は。
 自分の予想が外れなければ、凶暴な意味で7世界ナンバーワンの男。
「……ア、アラ、シ…………ッツ!」
 思わず呼び捨てにしてしまったが、呼気に紛れた微かな声だったので、聴こえなかったらしい。セーフ!
「シンちゃんがどうかしたかよ」
 癖のある金髪を靡かせ、立っているだけで全体から人のものは俺のもの、なジャイアニズム精神を放出させてるのはやっぱりアラシであった。
「なぁ、オイ」
 と、詰め寄るアラシ。固まるキリー。下にあるのは洗った洗濯物(だけ)。
 ピコーンピコーンと下っ端であるが故に精密さがピカイチの危険察知信号が鳴り響く。どうせなら、今度から危険予測信号も進化して欲しいと思った。
 ヤバい、とキリーは思った。
 ぷっ●マっぽく言うなら、「うわー、ツヨシ、もうだめだー」な感じだ。
 逃げなければ!
 でも、どうやって!!
 間隔は、腕の長さ分のリーチも無い。
「オイ、訊いてんのか?」
 あぁんコラいてまうぞワレ、という実際には言わなかったセリフが聴こえたような気がした。これも下っ端能力の1つか?
「シンちゃんが、どうかしたのか?」
 ここで風邪です。大変ッスね。と言うのは簡単だ。
 しかし、キリーはナンバー・ワン仲間として、天敵に仲間の不調を伝えていいものかと思うのだ。
 さぁ、どうする!!
「まー、町寄ったら自由人が風邪引いたって皆言ってたんだけどよ」
「知ってんなら訊かないで下さいよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
 確実にこの数分で寿命が縮んだキリーは、魂の咆哮を上げた。
「いや、お前があまりにビビるもんだから、面白くてつい」
 キリーはさほど付き合いがある訳じゃないが、この人は天性の苛めっ子だと思った。
「そ、そそそ、それで、えー、あの、何の御用で…………」
 キリーの脳裏で、風邪で寝込んでいるパーパをぐさりと殺っている目の前の男の光景が浮かぶ。ゲーム業界が吃驚する程、クオリティの高い緻密さで。
「別に。渡したいモンがあってな。コレ」
 と、ぽーんと投げ寄越されたものを、思わずキャッチ。
 取ったのは、コルクで栓をされた瓶で。
 中に、面を取られた何かが砂糖漬けになっている。
(マロン・グラッセ………?)
 に、見える。一応。
「絶対渡せよ。じゃーな」
 手をひらひらさせながら、アラシは実にあっさり去って行った。




 ただいま、と帰れば、買出しはすでに終わっていた。そりゃそうだ、自分はとんだ予想外過ぎる出来事に遭遇していたのだから。
 それはそうと。
「……スッゲー食材の山だな……」
 なんて呟いてしまう程、果物穀物野菜肉などが、文字通り小山を作っていた。
「あのね、パーパさんの見舞いにって、皆がくれたの」
 にこにこと話すぷるる。
「パーパ、人気ものだぞぉー」
 いつの間にか抱っこされるヒーローも言う。
「あぁ、人の温かさって、いいなぁ……」
 ぐすんと鼻を啜るパーパ。
「シンタローさん、嬉しいでしょう。歳を取ると人の親切が身に染みぐほへぁッ!!」
 いらん事を言って、ぶん殴られたキリーだった。
 と、その時。
「ん?お前何か落としたぜ?」
 殴った本人が言った。
「あ、これ、アラシ……さんがシンタローさんに、って」
 色々考えたが、一応敬称付けた方がいいかな、と思ったキリーだ。礼がなってねぇと皆にヤキを入れられたのは、そう遠い昔じゃない。
「アラっちが………」
 そう、呟き、ふ、と目を細めた。
「自分で渡せってのによぉ、ったく」
 苦笑するパーパ。
 そんな表情を見て、キリーは。
(あれ………)
 2人は顔を見れば此処であったが百年目と殺しあう仲だったんじゃないだろうか、と思った。
 やっぱり、当人同士にしかわからない事が、色々あるんだろうか。
 俺にしてみりゃ、オメーなんか目も開いてねぇひよっこだぜ。蟲だけど。といつぞやの飲み会で言ってたリュウの言葉を思い出す。
「キリー」
「あ、はい」
「アラシ来て、吃驚したろ?」
「え、いや、えぇ、まぁ、はい、凄く」
 言葉を濁そうとして結局素直に言ってしまっているキリーだ。
「それ、先に食っていいぜ」
「いいんですか?」
「いいって。色々してくれたし、アラシが掛けた迷惑料代わりで」
 自分がアラシのしでかした後始末をするのを、さも当然と言うように話すパーパ。
 何か、いいなぁ、そういう関係。キリーは思った。
「じゃ、遠慮なく……」
 キリーは本当に遠慮無く、一番大きいのを口に頬張った。
 そして。




 あれ、とツナミはその人物に気づく。
「隊長、もう帰ってらしてたんですか?」
「何だよ、俺が居ちゃ困るってのか?」
「い、いぇ、決してそのとような意味合いでは!!」
「自由人が風邪を引いたと訊いて帰って来て、また行って……何をしてるんです?」
 本当は、何を企んでいるんです?と訊きたいイサナだ。
「ん〜、もうそろそろだな………」
 何が、と皆が聞く前に。
「5,4,……」
 何故だか、カウントダウンを始めるアラシ。
「………3,2………」
「隊長?」
 ツナミが問う。
「1」
 ゼロ。
 -----ドッグァッシャァワワワワアアアァァァァァァアアン!!!
 突如、壁の一部が吹っ飛んだ。
 其処まではまぁ良かったのかもしれないが、問題なのは其処が丁度ツナミの立場所だったて事だ。
 ツナミ、声も聞かれず吹っ飛ぶ。
 そして、壁を(当人は知りもしないだろうがツナミも)ぶっ飛ばした相手は。
「アラッチぃィィィィィィィッィィィィィィィイ!!」
「いよう、ご機嫌如何、シンちゅわぁ〜ん」
 僕らが地球の王者、自由人・シンタローであった。
「てめ、お前、何て物を寄越しやがった!!」
「あっれぇ〜?気に入ってくれなかった?生姜のグラッセv」
「馬鹿やろう!それ食ったキリー、どうなったと思う!?今も声も出ない状態なんだぞ!!!」
「お前後輩に毒見させたのかよ。ヤな奴」
「それの発端を持ち込んだお前はどうなるお前は!!」
「ってシンちゃん、海人界まで乗り込んで風邪はどうなったよ。
 あ、心配しないでも「世界で初めて風邪を引いた馬鹿」って事でギネスに申請しといたからなv」
「…………殺ス」
 かくして、この一室は戦場と化した。
 ドカバキスゴーンと破壊音が交錯する室内の隅っこに避難した面々。
「………隊長ってさぁ……」
 ナギが言う。
「あぁ………」
 ハロウが返す。
「…………」
 イサナは沈黙。
「てか、自由人の方もさぁ……」
「あぁ………」
「…………」
「そう言えば、ツナミ回収した?」
「…………」
「…………」
「シンちゃーんこっちへおいでー♪あ、ごめん、あんまり離れると迷子になっちゃうねv」
「くたばれこの我田引水男--------!!!!」
 2人の攻撃は、まだ止まない。


 とりあえず。
 とりあえずパーパの風邪は無事回復したと思われる。
 しかしこの代償はデカかった。
 この為に、全壊した部屋、入院2ヶ月の負傷のツナミ。
 そしてキリーの初デート失敗&3日分の声を代償にしたのだから。
 『仲良きことは美しき哉』
 そんな言葉に霞がかかける面々だった。




<END>





わーい、供物じゃない初のアラパー小説だーいv
……アラパーなんだよ!ちゃんと出てるでしょう2人!!

しかし。
ワタシの小説は、必ず誰か可哀想な人が出てしまうなぁ……
薄々思ってたけど、自由人じゃキリーとツナミに白羽の矢がずぶりと立ちました。
あときっとこれにバードも加わるんだと思います。
これだけ居れば、寂しくないよね(何が)

あとキリぷるキリぷる〜vv
ぶっちゃけ好きですとも!きっとワタシが書く分にはキリーちっとも報われないんだろうけどネ!