本日の修行はずっと書簡室でお勉強でした。 何だよチクショウ、修行っつたら合法的に人殴れるのと違うのかよ!と心の中で100万回程文句をぶーたれながらも、何とか課題を終えて、今はベットの上。 精神的な疲れには慣れていなかったせいで、寝つきが普段よりやや悪かったものの、アラシの意識は眠りに向けて沈んでいった。 のだが。 「………アラッチ、アラッチって!」 「………んぁ〜………?」 思いっきり寝惚けていたアラシは、すっかり自宅だと思い込み、なんでシンタローが居るのだろう、などと疑問に思ったりした。 (あー……そういや、俺修行中で………) 同年代だからなのか他にも理由があるのか、人王嫡男シンタローと一緒に修行をする羽目になった。 今日はそれの一環で、他の世界も知るべし、とか言われ、強制的に龍人界に送り込まれた。 だから、今、自分の寝ている場所は龍人界の城のベットだ。 そして、自分の頭を横から覗き込むような姿勢のシンタロー。 「……んだよ、るせーな………」 俺は眠いんだよ!だから話かけんなボケェ!という雰囲気まるだしの声に、 「……アラッチ………」 シンタローは何か必死で話しかける。 が、中々話し出さない。 これでは、気になって眠れない、と、アラシは先を促すつもりで、 「便所かよ」 あくまで促すだけのセリフだったのだが。 「うん」 大ビンゴ、だったようだ。 ………………………………… 「オヤスミナサイ」 「アラッチィィィィィィィィィィィ!!!」 素直に無視を選択したアラシをガクガクと揺さぶり、それを阻止するシンタロー。 ばっちり覚めてしまったアラシは、当然の如く怒鳴った。 「オマエなぁぁぁぁ!!ンな理由で人起こすな!!」 「だって限界が!!」 近いのか。 アラシはペイペイッと虫を避けるような仕草で。 「だったらリュウのおっさんにでも連れてってもらえよ」 「酒飲んで寝てた」 どーしよーもねぇな、あのオッサン。 2人はああいう大人になりたくないリストの一番目に、リュウの名を連ねた。 「だからアラッチ!頼む!付いてきてくれ!!」 「ヤーだよ。1人で行くか徹夜で我慢しな」 ごそり、と戻りかけた布団を、シンタローも掴む。 「オマエ……!」 「ふふふ、限界だって言ったろ?」 シンタロー、心なしか目が据わってる。 「……バラすぞ。リュウの秘蔵酒こっそり飲んだの」 う。と固まったアラシ。 この場合、問題なのは内容よりも相手だ。リュウが、相手が子供だからと言って許したりゲンコツ一つで済ますような出来た人種ではないのはここ数日で嫌というほど身に染みている。 「だったら、こっちもシンちゃんが皿割ったのバラすぞ」 「望む所」 ち、とアラシは舌打ちした。 条件が平等なら、不利なのは自分なのだ。 理由。普段の素行。理由終わり。 「さっと行って、さっと帰ろう」 ドアを開け、一歩踏み出すシンタローの首根っこを、アラシがぐわし!と掴んだ。 何すんだ、という前に言う。 「逆」
「シンちゃん手ぇ洗ったか」 「洗ったよ!」 なんてやりとりをしながら、2人は廊下を歩く。 外見からして物々しいこの城は、中身もそれ相応しく厳かで、深夜、子供なのに出歩いてる自分たちを窘めてる雰囲気すら感じる。 そんな中、2人はテクテクと歩く。 歩く。 歩く。 まだ歩く。 ……これはどー考えても来た時以上に時間がかかってる、と判断したシンタローは、一つの可能性をアラシに述べてみる。 「なぁ、アラッチ……」 「何だよ」 「もしかして……迷った?」 「バカ言えオマエじゃあるまいし!! だたちょっと……どっちが部屋だったかな、と判断しかねているだけで!!」 「迷ったんじゃないかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」 「煩ーよ!シンちゃんと違って、俺は途中までは覚えていたんだ途中までは!」 「意味無い。辿りつかなきゃ意味ないだろぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」 「黙れ!最初から迷ってたヤツは!!」 ぎゃんぎゃんと言い争う。 でないと、容赦なく城内を満たしている闇に飲み込まれそうだったからだ。 唐突に、やや強めの風が樹を揺らした。
ザザ…………ザザザザザザァァ!!
『!!!!!』 お互いの胸倉を掴んでいた手も止まる。 「……さっさと帰るぞ!」 「うん!」 「歩いていればその内着くだろう!」 「うん!!」 「しっあわせはぁ〜あーるいってこっない♪!」 「だぁ〜からあっるいって行くんだねー♪!!」 暗い城内、2人の子供はまだ歩く。景気付けに歌なんか歌ったりして。腕なんか振ったりして。
……一体どれくらいの広さなんだ、此処は…… 歩き始めて早20数分。 そろそろ2人には、暗闇の恐怖より、徒歩の疲労の方が勝ってきた。 龍人は、変化をしたら、デカくなる。 だからそのままでも入れるよう、他の世界より大きい作りになっているのだろうが…… ……このまま廊下で寝転がっても、野宿って言うんかな…… 疲れにより、睡魔が引き出されてきたアラシはふと思った。 「なぁ〜、シンちゃぁ〜ん………」 「何………」 眠たさ限界なのは、シンタローも同じ。返事にタイムラグがあり、声の程度は囁くほどで。 「こーなりゃ、もうその辺で寝ちまおうぜ………」 「ん………」 そうして、無意識2人は少しでも寝心地のよさそうな場所を探す。 その辺で、とは言ったが、埃や土にまみれて寝たくはない。 場所は庭に面した大廊下で、何処かの部屋のドアも、はるか前方。あるいは後方。 とりあえず、この廊下渡り切るか…… 眠さの為か、目をごしごし擦るアラシ。 ふと。 「あ」 なんて、横のシンタローが声を上げた。 「何」 「月」 単語だけの会話。 でも、通じるべき事が相手に解っている。 月、と言葉で指されたそれは、何とも見事な蒼白をしていた。 昼間のような、頼りない儚げなものではなく、皓皓と自身の色で周りを染めてしまえるくらいの。 至高の、蒼。 「…………」 どちらが言うでも無く、2人は月を眺めたまま、それこそ夢遊病者よろしく庭に出た。 涼しげな夜の空気に、2人が踏んだ草が香る。 「海人界は……たまに赤い月が見えるんだぜ」 「……そうなんだ………」 そう言って、草の感触が腰に当たり、顔に当たった。 寝そべって、月だけを目に入れて。 だと言うのに、その月より、隣の相手の方の存在感の方が、強く感じれた。
そして2人はそのまま寝てしまい、後日、真面目に修行している自分たちが、酒飲んで寝ていた大人に怒られるという理不尽を、たっぷり味わった。
「んでぇ、何か俺が言いたいか、つーとぉ」 「はぁ………」 がっちりと腕にホールドされてるツナミは、逃げたくても逃げれなかった。 セリフを途中で区切ったアラシは、グビ!とブランデーを空けた。これでめでたく10本目だ。 「1人で便所にも行けないヤツの、ぬぁ〜にが地球の王者自由人だっつー話なんだよ!!すでにモウロクしたかあのジジィ!!」 なぁ、オマエもそう思うだろ?と意見を求められたツナミは、はぃぃ、と悲鳴みたいな声を上げた。 何せ、酔ったアラシは普段以上に見境が無くなる。酩酊したアラシに最も相応しい単語は、”壊滅”の2文字のみ。 このままでは、一番近くに居る自分が被害最大なのは必須。 そんなツナミの必死に放った”誰か助けてくれよ視線ビーム”は他の仲間たちの”わが身可愛さバリアー”にあっさり打ち砕かれた。 所詮、人は孤独だ。 「た、隊ぉ〜。そんなにあの自由人がお気に入りなら、会いに行ったらいいじゃないですか〜」 ツナミはほのかな可能性に賭けてみた。 だが。 「あぁ?何ふざけた事ぬかしてんだよ。 俺ぁシンちゃんなんか大ッキライだぜぇ〜」 相変わらず無自覚だしこの人は。 大嫌いな相手の事を、そう繰り返し繰り返し言えるものかどうか、少し考えれば解るのに。 しかし、だ。 アラシがちゃんと自覚したとして、この状況が改善されるだろうか? ((((無理)))) 皆の心がシンクロした。
「あ〜〜〜…………」 「どーしたパーパ。寝不足か?」 気の無いため息だか声だかを発するシンタローに、バードが声を掛けた。 「いや、疲れる夢で、あんま寝た気がしないだけだ………」
「そ、それにしても隊長、今日はご機嫌ですね?」 アラシの意識が破壊活動に向かわないよう、ツナミは話題を振る。 「んん〜? 夢見たんだよ、夢」
あんなヤツ、大嫌いの一言で、 一時期は命を狙いあって今でも出会ったりしおうものなら、必殺技の1つや2つ、遠慮なくぶちかますんだろうけど
昔、暗い廊下を2人で歩く あの日の事を、夢に見る
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